第14話 いちいち面倒な準備段階※イザベラ視点
最初の打ち合わせから、数日後。
「イザベラ様、大変申し訳ございません。至急、ご報告しなければならないことがございまして……」
申し訳なさそうに私の部屋を訪ねてきた担当者たち。ノックの音さえ、遠慮がちで弱々しい。その表情は明らかに困惑しており、額には冷や汗が浮かんでいる。
「何?」
私は鏡の前で髪を整えながら、仕方なく答えた。
今度のパーティーに向けて新しいヘアスタイルを試しているところなのに、邪魔しないでほしいわ。この巻き方が完璧かどうか、まだ確認している最中なのに。メイドに手伝わせて、ようやく理想の形になってきたところだったのに。
「予算が……予算が足りないのですが……」
声を震わせながら報告してくる。私を怒らせることを、明らかに恐れている。
「は? 足りない? そんなわけ、ないじゃない」
私は振り返って、そんな馬鹿げた報告を持ってきた担当者を睨みつけた。
ロデリック様から、たっぷりと予算は出してもらっている。公爵家の威光にかけて、惜しみなく資金を提供してもらったはず。金に糸目をつけるなと言われたくらいよ。それなのに、足りないなんて、どういうこと? 計算が間違っているんじゃないの?
「噴水の設置費用が、予想以上にかかりまして……」
手に持った書類が、わずかに震えている。
「大広間の床は、もともと噴水を設置する想定で作られておりません。防水処理を施し、配管を引き、排水システムを構築し、さらに専門の業者を呼ばなければならず……その費用が、当初の見積もりの三倍近くに膨れ上がってしまいました」
「三倍?」
私は眉をひそめた。
そんなにかかるの? でも、だからといって私の計画を中止にするという考えなんて微塵もない。噴水こそが、今回の目玉になるはずなのだから。
ならどうするべきか。簡単なことよ。
「じゃあ、他を削ればいいでしょ。削れるところを探しなさい。料理とか」
私は軽く手を振った。
お金が足りないなら、別のところから持ってくればいいだけの話。単純明快。何をそんなに悩んでいるのかしら。
「他を削るとなりますと、全体の質が低下して……」
「大丈夫よ。質が低下しても見た目が華やかなら、皆喜ぶわ」
私は、自信を持って答えた。どうすればいいか、考えて答えを出す。
「料理なんて、味より見た目が大事なのよ。華やかな盛り付けにすればいいの。食べられさえすれば、多少味が落ちても問題ないでしょ」
とりあえず、上手くやって。それだけお願いして、私は話を終わらせようとした。だけど、まだ何か言いたいらしい。
「それから……装飾費も、かなりの額になっておりまして……」
また別のスタッフが、手に持った資料に視線を落としながらおずおずと口を開いた。
「噴水以外にも、異国風の装飾品、特注の花々、照明の追加工事……全て合わせますと、予算を大幅に超過してしまいます。このままですと、パーティー全体の質が大幅に低下する可能性が……」
「じゃあ、音楽隊を安いところにすれば?」
私は、イライラする感情を抑えながら言った。
お金が必要なのはわかったから。もうちょっと、そっちで工夫してよ。私は大きな方針を決めるのが仕事なんだから、細かい調整はスタッフの仕事でしょう。
「多少クオリティーが下がっても、音楽なんて優先度は低いでしょ。会場で演奏してくれるのなら、誰でもいいから。名の知れた楽団じゃなくても、音さえ出せれば問題ないわ」
「ですが、イザベラ様……」
私を怒らせないようにしているのか、必死に説得しようとする担当者。怒らせるような問題を持ってきたのは、そっちなのに。
「これは格式のあるパーティーでございます。ヴァンデルディング公爵家の威信をかけた催しでございます。格落ちの音楽隊では、参加者の方々に失礼にあたりますし、公爵家の名誉にも関わります。音楽の質は決して軽視できません。それを避けるためには、やはり――」
「流行の曲を演奏できればいいのよ。最初から、そういう方針を決めたでしょ」
私は担当者の言葉を遮った。
「そうしておけば結局、盛り上がるでしょ。格式とか、そういう古臭いのは別にいいから。参加者たちが楽しめれば、それで成功よ。若い貴族たちが喜んで踊り出すような、そういうパーティーにするの」
本当に、この人は細かいことばかり気にする。お姉様の補助をしていた執事も、かなり細かい性格をしているようだった。会場を準備するスタッフって、みんなこういうものなのかしら。ちょっと――いえ、かなり面倒。
「とにかく、私の指示通りに進めなさい」
「……かしこまりました」
担当者は、複雑な表情で頭を下げた。
それから、似たような報告が続いた。
異国料理の食材が手に入らない。調理法を知っている料理人が見つからない。装飾品の一部が納期に間に合わない。照明工事が予定より遅れている――
次から次へと、問題が報告される。
「お嬢様、東方の香辛料が王都の市場では手に入らず……」
「南方の食材は、この季節では新鮮なものが……」
「装飾用の花々が、気候の関係で枯れてしまい……」
毎日のように、スタッフたちが問題を報告しにくる。その度に、私は対処する方法を考えて、答えた。
「じゃあ、似たようなもので代用すればいいでしょ」
「見た目が似ていれば、誰も気付かないわ」
「なんとかして、間に合わせなさい」
時間のかかる議論は、パーティーの開催予定日の直前まで続いた。
「お嬢様、最後に一度だけ……本当にこの計画で進めてよろしいのでしょうか」
最後の確認とばかりに私の部屋を訪ねてきた担当者たち。その表情は、とても真剣だった。目の下には隈ができており、疲労の色が濃い。
それなりに頑張っているみたいだけど、無駄に気を張りすぎているようにも思う。もっとリラックスすればいいのに。
「何? まだ文句があるの?」
もう時間もないのに、今更計画を変更なんて不可能でしょう。準備はほとんど終わっているんだから。前に進むしかないの。何を今更言っているのかしら。
「いえ、文句ではございません。ただ……」
担当者は慎重に言葉を選びながら続けた。
「噴水の設置、異国料理の統一、流行曲の選曲、イザベラ様の三度の衣装替え――全てが前例のないことばかりでございます。一つ一つは素晴らしいアイデアかもしれませんが、全て前例のないことなので。それを同時に行うというのは……」
「誰もやってない。だから良いんでしょ」
私は、これから起こるであろう出来事を予想しながら語った。
「前例がないからって、諦めるつもりはないわよ。必ず成功させるんだから。『ヴァンデルディング公爵家のイザベラが社交界に革命を起こした』って、後世に語り継がれるような素敵なパーティーにするの」
自信を持って答える。パーティーが終わった後、その大成功を見て彼らも理解するはず。私の判断が正しかったことを。私の才能を。
それでも理解しないのであれば、今後のためにスタッフたちの見直しも必要ね。もっと柔軟で、私の才能を理解できる人材に入れ替えないと。
「ですが、お嬢様……」
まだ何か言おうとする。
「もう、いいわ」
私は手を振って、彼の言葉を遮った。
「とにかく、予定日までに準備を完了させなさい。私が求めるのは、それだけ。完璧な状態で、パーティーを開催すること。それ以外は聞きたくないわ」
もう、準備が完了したという報告以外、聞くつもりはない。余計な問題は、持ってこないで。そういう態度を示す。
「……かしこまりました」
本当に、うるさいわね。今回のパーティーを指揮するのは私なんだから。私の指示が正解なんだから。お姉様みたいに、いちいち時間を無駄に浪費して悩む必要はない。細かいことを気にして、スタッフ全員と相談して、何度もしつこく確認して――そんな面倒なこと、する必要ないの。
やってみて、それでどうなるか見れば良い。ただ、それだけ。
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