第3話 後始末

 私は深く息を吸って、冷静さを取り戻そうとした。

 

 会場に響く貴族たちのざわめき、困惑した表情で私を見つめる視線、得意満面のイザベラとロデリック様。この状況で彼らと話し合いを続けても、建設的な結論は出ないでしょうね。感情的になっても仕方がない。今は優先順位を明確にして、現実的に対処するしかない。


 何より、今夜のパーティーに招待した皆様への責任がある。だから、こんな無駄な話し合いなんてさっさと終わらせる。


「とりあえず、わかったから。婚約破棄は受け入れるし、妹から功績を奪ったことに関しても、私から何も言うことはない」


 私はできる限り平静な声でそう告げた。認めるとは言わなかったが、彼らは認めたと思ったらしい。言葉の選択を慎重にしたつもりだが、彼らの理解力では区別がつかないようね。


「やはり、そうだったか! ついに白状したな、セラフィナ!」

「お姉様、やっぱりね! これで皆様にも真実が伝わりました!」


 私の言葉を聞いて、イザベラとロデリック様、そして彼女の取り巻きたちは満足そうな表情を浮かべた。勝ち誇ったような笑顔を浮かべて、会場から去っていった。


 自分たちが起こした問題責任も、後片付けも全て押し付けるつもりらしい。自分たちは関係ないんだというように。一応、今回の主催者はロデリック様なんだけど。


 呆れるほどの無責任さ。自分たちが招いた混乱の尻拭いは一切せず、パーティーの後始末も参加者への対応も、全て私任せ。本当に、どこまでも身勝手な人たち。


 今は彼らのことより、このパーティーを可能な限り穏便に終わらせることが最優先。私は気持ちを切り替えて、参加者たちの方へ向き直った。


 会場に残った貴族の皆様は、困惑した表情でこちらを見ている。当然だろう。突然の騒動で、パーティーの雰囲気は完全に壊れてしまった。ハミルトン男爵夫人は扇子で顔を隠しながら隣の女性と何かを囁き合い、モンテヴェルディ伯爵は眉間に深いしわを寄せている。


「皆様、本日は貴重なお時間をいただいたにも関わらず、このような不快な騒動でご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」


 私は深々と頭を下げた。社交界で身につけた完璧な謝罪の所作で、心からの誠意を示すように。


「本日のパーティーは、誠に不本意ではございますが、これで終了とさせていただきます。皆様には楽しいひとときをお過ごしいただく予定でございましたのに、このような結果となってしまい、責任を痛感しております。後日、改めて正式にお詫びに伺わせていただきますので、どうぞお気をつけてお帰りください」


 会場からは失望のため息が漏れたが、非難の声は上がらなかった。少し救われた気持ちになる。


 主要な参加者には個別に謝罪して回った。一人ひとりに丁寧に事情を説明し、今後の賠償についても約束して、何とか皆様にお帰りいただく。


 色々と後処理をしているうちに夜が明けて、朝になっていた。会場の片付け、スタッフへの指示、明日以降の対応計画——それら終えて、何とか最低限は収めることに成功したと思う。けれど、これから始まる本当の後処理の方が、きっと大変になりそう。


「お嬢様、申し訳ございませんでした」

「申し訳ございません、あの者たちを会場に通してしまった責任は私にあります」


 会場の運営を任せていた執事長のアルバート・グレイソンと警備責任者が、申し訳無さそうに深々と頭を下げてくる。アルバートは四十代の中年男性で、長年我が家に仕えてくれている有能な執事。パーティー運営のプロとして、これまで数々の成功を共に成し遂げてきた心強い相棒でもある。


「今回の問題はロデリック様とイザベラにあります。あなた方に責任はありませんよ」


 私はきっぱりと言い切った。事態の詳細を確認した結果、スタッフたちに落ち度はないと判断した。彼らは職務に忠実で、私の指示に従って最善を尽くしてくれた。公爵家の嫡男からの強硬な要求を断るのは、立場上非常に難しかったでしょう。


「ロデリック様から『公爵家の権威』を持ち出して強要されれば、従わざるを得ません。事前に私に相談することも許されず、黙って従えと命じられてしまったら、どうすることもできませんから」


 実際、アルバートは可能な限り私に報告しようと努力してくれていた。しかし、ロデリック様から「余計な口出しをするな」と厳しく制止されていたらしい。


「お嬢様のお立場を傷つけることになってしまい……」


 アルバートの目に涙が浮かんだ。長年仕えてくれている彼にとって、私の評判が傷つけられることは、自分の失敗以上に辛いことなのでしょう。その忠誠心に、私は深く感謝している。


「この後も手伝ってくれる? まだまだ必要な後処理は山積みですから」

「もちろんです、お嬢様。最後まで責任を持ってお支えいたします」


 アルバートは力強く頷いてくれた。他のスタッフたちも同様で、私の周りには少なくとも信頼できる人たちがいることを実感した。

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