第6話 闇の罠
--「人生はフェアじゃない。最高のポーカーフェイスで勝負に挑んでも、相手がイカサマ師なら意味がない。今、カイラとリズは最悪のカードを掴まされた。だが、覚えておくといい。本当の勝負は、カードが配られた後から始まるんだ。」--
カウントダウンの無慈悲な数字が、サーバー室のモニターに赤く点滅している。残り、9分。
再起動したサイボーグガードたちが、包囲網を狭めながらカイラに迫る。ロックされた扉、沈黙したPC。まさに、絶体絶命。
『うそ……どうしよう、あたしのせいで……カイラが!』
インカムの向こうで、リズがパニックに陥っているのが分かった。自分のミスが招いた最悪の事態に、彼女は完全に打ちのめされていた。
だが、鋼鉄の敵に囲まれたカイラは、驚くほど冷静だった。
「リズ、泣いてる暇はないわよ!」
その力強い声に、リズはハッと顔を上げる。
「だって、PCが……!もう何もできない!」
「メインPCがダメなら、他のルートを探しなさい!あなたの脳はまだサイファーにロックされてないでしょ!」
カイラの言葉は、暗闇の中の一筋の光だった。リズは涙を乱暴に拭うと、ベッドの上に放り投げてあった自分のスマホとタブレットを掴んだ。そうだ、あたしはハッカーだ。道が一つしかないなんて、あり得ない。メイン回線がダメなら、裏口からこじ開けるまで。
その間にも、カイラはサイボーグたちの猛攻を凌ぎ続けていた。頑丈な装甲に爪を立て、関節部を狙って的確にダメージを与える。しかし、敵の数は多い。狭いサーバー室、逃げ場のない閉鎖空間。この状況は、カイラの心の奥底に眠る、忌まわしい記憶を呼び覚ましていた。
――冷たいコンクリートの壁。無機質な機械音。白い光。逃げられないという絶対的な恐怖。かつて実験施設に閉じ込められていた頃の、あの悪夢だ。
一瞬、動きが鈍ったカイラの肩を、サイボーグの腕が掠めた。スーツが少しだけ裂け、鋭い痛みが走る。
「……っ!」
だが、その痛みが、逆に彼女を覚醒させた。
(もう……誰かの言いなりにはならない!)
カイラはトラウマを振り払うように咆哮した。それは、ただの威嚇ではない。己を縛る過去の鎖を断ち切るための、魂の叫びだった。
『カイラ!見つけた!』
その時、リズの声がインカムに響いた。
『このビルの非常用管理システム!セキュリティに僅かな脆弱性がある!サーバー室のスプリンクラー、ハッキングできそう!』
「よくやったわ、リズ!合図して!」
カイラは迫りくるサイボーグを蹴り飛ばすと、天井に向かって高く跳躍した。
『今だ!』
リズの合図と同時に、カイラはスプリンクラーのヘッドを爪で破壊する。直後、リズが送り込んだ信号によって、天井から大量の水が豪雨のように降り注いだ。
--「どんなに屈強な機械にも、弱点はある。そして、サイボーグにとっての最大の弱点の一つが……そう、水だ。ずぶ濡れの電化製品がどうなるか、子供でも知っている。」--
水を浴びたサイボーグたちは、火花を散らしながら次々とショートし、機能を停止していく。カイラはびしょ濡れになりながらも、ロックされた扉に全力の蹴りを叩き込み、分厚い鋼鉄の扉を物理的にこじ開けた。データが完全に消去される、わずか数秒前のことだった。
しかし、安堵したのも束の間、街中に設置された巨大モニターが、一斉にジャックされた。そこに映し出されたのは、リーダー「サイファー」の蛇の紋章と、ヴァーミリオン・シティ中央広場で怯える、大勢の市民たちの姿だった。
『ベルベット・ナイトメア……』
冷たい合成音声が、街中に響き渡る。
『我々の計画を邪魔した罰だ。1時間以内にお前が姿を現さなければ、この市民たちの命はない』
「なんて卑劣な!」
カイラは迷わず、濡れたスーツのまま広場へと向かった。
「リズ、ヴァイパーの通信網をハックして。奴らの連携を乱すのよ」
『……任せて。あたしはもう、逃げない!』
インカム越しのリズの声には、もう迷いはなかった。
広場では、武装したネオン・ヴァイパーの兵士たちが、銃口を人質に向けていた。ビルの屋上から状況を把握するカイラの目に、兵士の一人が飲み終えたジュースのカップを床に投げ捨てるのが映った。その瞬間、カイラの眉がピクリと動く。
(人質を取るのも結構だけど、後片付けのことも考えなさいよね…ああもう、掃除しなきゃ……)
『カイラ、今それ気にする!?』
思考が漏れていたらしい。リズの的確なツッコミが飛んできた。
『ハッキング成功!通信網、ジャミング開始!』
リズの声と同時に、兵士たちのイヤホンから激しいノイズが流れ、彼らの連携が明らかに乱れた。
その一瞬を、カイラは見逃さない。
悪夢のように、しかし誰よりも速く、黒い影が広場に舞い降りた。獣の力を解放したカイラは、人質には指一本触れさせず、兵士たちを圧倒的なスピードとパワーで次々と無力化していく。その姿は、もはや人間のそれではない。美しく、そして恐ろしい、一頭の黒豹そのものだった。
遠く離れたマンションの一室。リズはモニターに映るその光景を、息をのんで見つめていた。自分の技術が、あの最強のヒーローを支えている。そして、人々を守っている。その確かな実感が、彼女の胸を熱くする。
『カイラって……ほんと、カッコいいよね』
誰に言うでもなく、リズはそう呟いた。その瞳には、恐怖ではなく、純粋な尊敬の光が宿っていた。
--「罠を破れば、また次の罠。サイファーのやり方は、とことん悪趣味だ。だが、絶望は二人を分かつ代わりに、その絆をより強く結びつけた。一人は過去の悪夢を振り払い、もう一人は無力な自分から卒業した。さあ、役者は揃った。クライマックスの舞台は、もうすぐそこだ。」
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