ベルベット・ナイトメア ~世話焼き黒豹とダメかわハッカーの都市防衛日誌~

ケモミミ神バステト様

第1話 闇に響く叫び声

--「ヴァーミリオンシティ。この街は、ネオンと影、そしてちょっとしたカオスでできている。誰もが秘密を抱え、誰もが何かを追い求める。だが、中には……二つの顔を持つ者もいる。そう、例えば彼女のようにね。」--


 午後7時、オフィスビルの明かりが一つ、また一つと消えていく。カイラ・ダークウィンド、27歳。今日は定時で退勤だ。地味なグレーのスーツに白いブラウス、カモフラージュ用の伊達メガネは今日も完璧にその役目を果たした。職場で彼女は「ええ、はい、承知いたしました」「コピー、すぐ取りますね」と、まるで空気のように控えめなOLを演じている。だが、それはあくまで昼の顔。



--「ご存知の通り、世の中には“出来る女”と“そうでない女”がいる。カイラは間違いなく前者、しかも全ジャンルで。特に、家のこととなると……まぁ、その完璧さは異常だ。」--


 自宅のマンションに帰ると、カイラは真っ先にエプロンをつけた。カジュアルなTシャツとジーンズ姿で髪をアップにすると、途端に生活感と、しかしどこか洗練されたオーラが漂う。夕食はオムライス。冷蔵庫から取り出した新鮮な卵を軽やかな手つきでかき混ぜ、フライパンの上で薄く、しかし絶妙な半熟加減に仕上げていく。その間にも、食卓には既にサラダが並び、洗濯機は静かに今日の汚れを洗い流している。部屋はピカピカに磨き上げられ、窓からはヴァーミリオンシティのギラついた夜景が広がる。


「ふふ、キッチンが綺麗だと気持ちがいいわね」


 キッチンをピカピカに磨き上げ、淹れたてのハーブティーを一口。至福の瞬間だ。スパイシーな激辛カレーも好きだが、たまにはこういう穏やかな夜も悪くない。彼女の生活は、まるで完璧にプログラムされたルーティンワークだ。


 その時だった。



--「完璧な日常には、必ずと言っていいほど想定外が忍び込む。それは、まるで熱いコーヒーをこぼした時のように……突然に、そして厄介に。」--


「――!」


 ハーブティーの香りに包まれていたはずのカイラの耳が、僅かにピクリと動いた。超人的な聴力――黒豹獣人の能力が、ノワールシティの喧騒の奥底に紛れた、か細い悲鳴を捉えたのだ。あれは、助けを求める声。弱者を虐げる者の気配。


「あぁあ……せっかくのオムライスが冷めちゃうじゃない。」


 小さくため息をつくと、カイラの表情が切り替わる。優しげだった瞳の奥に、獲物を狙う獣のような光が宿っていた。



--「さあ、OLタイムは終了。ここからが、本当の彼女の出番だ。コスチュームに着替えた途端に、彼女は街の守護者……そう、ベルベット・ナイトメア に変貌する。」--


 クローゼットの奥から取り出されたのは、漆黒と紫を基調としたボディスーツ。体に吸い付くようなタイトなデザインは、カイラの鍛え上げられたアスリート体型――しなやかで力強いB88/W60/H86の曲線美を惜しげもなく強調する。伸縮性に優れた生地が、胸元の谷間や引き締まったウエストラインを露わにし、その動き一つ一つにセクシーな躍動感を与える。指先には鋭い爪を模したグローブ、足元は機動性の高いブーツ。そして、顔の半分を覆う黒豹モチーフのマスクを装着し、漆黒のロングヘアをワイルドに解き放つ。背中には風になびくマント。まるで影そのものが具現化したかのような、威圧的かつ妖艶なヒーローの姿がそこにはあった。


「よし、出動よ!」


 窓から夜の闇へと飛び出すカイラ。高層ビルの壁面を黒豹のごとく駆け上がり、瞬く間に目的の場所へと到達する。現場はヴァーミリオンシティ中心部にある銀行。ネオンサインが煌めく夜の街に、パトカーのサイレンが遠く鳴り響いている。だが、すでに手遅れか、入り口は破壊され、警備システムはダウンしているようだった。



--「ネオン・ヴァイパー。最近ヴァーミリオンシティを荒らしまわっている、厄介なサイバーテロ集団だ。彼らが目指すのは、デジタル世界の破壊と……きっと、その先にあるカオスだ。」--


 銀行のロビーには、いかにも悪役といった風体のサイバーテロ集団「ネオン・ヴァイパー」の手下が数名、銃を構えながらサーバーをハッキングしていた。彼らの背後では、巨大なモニターに意味不明なコードが流れ、金庫の扉が既に開かれている。


「こんな夜中に……迷惑な話ね。」


 カイラは、彼らの存在に気づかれぬまま天井から音もなく降下した。彼女の足音は、猫よりも静かだ。


「さあ、お掃除の時間よ。」


 その一言を合図に、カイラはまるで黒い稲妻のように飛び出した。


「な、なんだ貴様!」


 ヴァイパーの一人が気づいた時には、既に遅い。カイラの放った鋭い爪の一撃が、彼が構えていた銃を真っ二つに切り裂く。超人的な敏捷性で敵の攻撃をかわし、跳躍力でロビーの巨大な柱を蹴り上げると、そのまま宙を舞いながら別の敵に回し蹴りを叩き込んだ。


「彼女の戦闘スタイルは、まるで優雅なバレエのようであり、同時に野生の獣の獰猛さそのものだ。正直、見ていて惚れ惚れするね。ただし、敵じゃなければ、だけど。」


「グアアア!」


 カイラが咆哮を上げると、ヴァイパーの手下たちは恐怖に顔を歪ませ、動きが鈍る。その隙を逃さず、カイラは次々と敵を無力化していく。黒と紫のボディスーツが、夜の闇に吸い込まれるように、しかし力強く躍動する。


「これで終わりよ!」


 最後のヴァイパーが倒れ、ロビーに静寂が訪れる。カイラは荒い息を整えながら、ふと自分のマントに付着した泥のような汚れに気づいた。


「ああ、もう!この血、洗濯で落ちるかしら……」



--「ヒーローも、時には人間だ。というか、カイラの場合は『主婦』だ。どんな大惨事も、最終的には洗濯物のシミになる。それが彼女の日常だ。」--



 その時、銀行の裏口から何かが飛び出していくのが見えた。小柄な人影……少女?


「待ちなさい!」


 カイラは即座に後を追う。路地裏に逃げ込んだ少女は、ネオンピンクのショートボブにオーバーサイズのフーディという、いかにもサイバーパンクな出で立ちだ。そして、手には…何かのデータチップらしきものを持っている。彼女はヴァイパーに追われていたのか?


 少女が逃げ惑う最中、ポケットから小さな袋が落ちた。パリパリと音を立てる、スナック菓子の袋だ。


「ちょっと!ゴミ捨てんな!」


 思わず口から出たのは、ヒーローの言葉ではなく、普段の彼女らしい小言だった。



--「こうして、ヴァーミリオンシティの夜はまた、新たな出会いを迎えた。一人は完璧主義者のヒーロー、もう一人は……見ての通り、ゴミも分別できないハッカーだ。この二人が、一体どんな騒動を巻き起こすのか?来週も乞うご期待!」--


 少女はカイラの突然のツッコミに目を丸くし、そのまま足を滑らせて転んでしまう。その顔には、恐怖と混乱が入り混じっていた。


「……助けて。」


 か細い声が、カイラの耳に届いた。

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