プロローグ

 二〇二六年九月五日(土)。

 ここは、北海道旭川市より西側にある小さな街。豪雪地帯でもある。その一角に、昔からある千歳書房と言う名の古書のみを取り扱っている古本屋があった。

 建物は、古本屋にしては大きく、造りも一風変わっていた。手前側に高さ約三メートルの外階段があり、そこを上った所にドアがある。つまり、二階部分が店の入口となり、雪が降っても中へ入れる構造になっていた。

 また、北欧にあるような鋭角の三角屋根をした木造二階建てをしていて、店内には一階へ下りる中階段も着いていた。

 現在は年齢不詳のご老人、御影龍之介が店長として営んでいた。何代目かも不明である。

 その風貌は、細めの体系に長めの白髪、口髭を生やし、ゴールドのメガネを掛けた紳士と言った感じである。いつも、白のワイシャツに茶かダーク系のベストとスラックスを愛用していた。

 時刻は、もうじき正午になる。御影店長は、シャッター開けて開店準備を始めた。ちなみに、十八時に閉店し、休業日は火曜日になる。

 店長は、入口のドアを開けて外へ出た。この時期は、まだ雪はない。

 二階から道路を見下ろしてから、一回深呼吸をした。人の往来は少ないけど、それでもこの時間帯は数人が行き来していた。

 それから、入口の横にある郵便ポストまで行って中を覗いた。ポスト内には、メール便が一つ入っていた。

 そのメール便を取り出して、宛名を見た、差出人は、不明だった。

「また、戻って来ましたか。」

 店長は独り言を言って、書店の中へ戻っていった。

 その後、受付の椅子に座り、メール便を開封した。中には、濃いワインレッド色で覆われた古そうな本が一冊入っていた。大きさは、B5サイズと言ったところだろうか。なお表紙には、シルバーで「探し物手帖」と言う文字が刻まれていた。

「お帰り。」

 それを見ながら、どこか悲しそうな表情で呟いた。実はこの手帖、今までに何度もこの書店に戻って来ている。

 店長はそれを持って立ち上がり、奥の方へ向かっていった。そして、脚立を持ち、いつもの本棚の所定の位置である一番上の段に置いた。その作業を終えて一息つくと、脚立を元の場所へ片付けてから受付に戻り、また椅子に座った。

 少しすると、お客が二人入ってきた。

 一人は、薄茶色のジャケットを身にまとい、無精ひげを生やした長身の中年男性。見たことのある顔だった。以前にも、何度かこの書店に来たことのある人のような気がした。

 思い出した。過去に探し物手帖を購入した経験のある人物だ。但し、名前の記載はない。

 もう一人は、ベージュのジャケットに白のパンツスタイルの若い女性だった。

「いらっしゃいませ。」

 御影店長は親子かな?と思ったが、そうは言わずに接客の言葉を述べた。

 その中年男性は、左胸の内ポケットから小さな手帳を取り出した。それを、こちらへ見えるようにして話し出した。

「店長、お久しぶりです。私は、十勝警察署特殊捜査課の美唄蒼一朗と申します。少しお話をさせていただきたいのですが。お時間、宜しいでしょうか。」

「こんにちは、美唄さん。お久しぶりですね。構いませんが、そちらの方は、どなたでしょうか?」

 すると、美唄警部補の後ろにいた若い女性が前に出て、隣へ並んでから答えた。

「高嶺希空巡査です。美唄警部補の下で働いています。」

 御影店長は二人を見て、ゆっくりした口調で問いかけた。

「こんにちは、高嶺さん。店長の御影と申します。それで、美唄さん。今日は、どんな御用でしょうか。」

「ちょっと、調査中のものがありまして。これは、警察内部の機密情報なので、他言無用でお願いします。」

「分かりました。」

「実は八月三十日に、夕張煌生と言う五十六歳の男性会社員が、自宅で亡くなりました。これは推測の範囲ですが、ゴルフの練習中に足を滑らせて転倒し、後頭部を台にぶつけたのが原因のようです。なので、事故死と考えています。」

「それは、ご愁傷様です。」

「夕張の部屋は、綺麗に整頓されていました。ゴルフ用品も片付けられていたのですが、床にはゴルフボールが三個落ちていました。」

「だから、ゴルフの練習中と言ったのですね。」

 美唄警部補は、御影店長を睨みつけるようにして言った。

「ええ。それと、探し物手帖も落ちていたんです。」

「ほう、探し物手帖ですか。」

「はい。その手帖ですが、以前は六人の名前が載っていたと記憶しています。しかし、今回発見した時は、夕張の名前が追加されていました。」

「今回…そうですか。確かこの前、中年の男性が購入していったように思います。多分、その方が夕張様ではないでしょうか。」

 ここで、高嶺巡査が話し出した。

「店長。夕張の所持品として、ゴルフ用品と落ちていたゴルフボール三個、それと探し物手帖を預かり、署内で保管していました。ところが、昨日確認したら、探し物手帖だけが紛失していたのです。何度も探したのですが、見当たりません。」

「それで、ここに戻って来てないかと思いまして。」

 美唄警部補が付け加えると、高嶺巡査は半信半疑と言った表情で、小声で追加した。

「そんなはず、ないと思うのですが…。」

「さすが警察の方ですね。見事なヨミです。今朝、その探し物手帖が郵送されて来ました。」

 店長がニコニコと楽しそうに返したので、高嶺巡査は驚きを隠せず、目を見開いていた。

 ただ、美唄警部補は逆だった。あたかも知っていたかのように、冷静にお願いした。

「その探し物手帖を拝見したいのですが、宜しいでしょうか。」

「どうぞ。あちらの本棚に置いてあります。」

 店長は、さも当たり前と言う感じで返して、手帖が置いてある方を指差した。二人は、その方向を見て歩き出した。

 美唄警部補は、本棚上部に置いてあった探し物手帖を手に取った。そして、一番後ろのページを開いた。そこには、人の名前が順番に書かれていた。また予想通り、七番目の記入欄には、先日亡くなった夕張の名前があった。

 少なくとも、美唄警部補にはそう見えた。

「やはりな。高嶺巡査、夕張の名前が載っていたよ。この手帖は、同一の物だろう。」

 高嶺巡査は怪訝な顔をした。口には出さなかったが、美唄警部補が探す仕草も見せず、まるでそこに手帖が置いてあるのを知っていたかのように迷わず手に取ったので、違和感を覚えた。

 それで背伸びをして、その手帖を覗いてみた。

 あれ?変ね。目の錯覚かしら?

 しかめ面をした。何故なら、その開かれたページに、人の名前などどこにも書かれていなかったからである。

 しかし、美唄警部補は気にもせず、そのままそれを持って受付に向かっていった。高嶺巡査も、慌ててその後ろを追いかけた。

 受付に戻ると、美唄警部補が店長に尋ねた。

「店長。どうして、この本がここにあるのですか?」

「今しがた届いたからです。それで、本棚に置きました。それが、どうかしましたか?」

 店長は、平然と答えた。続いて、ゴミ箱の中から使用済みのメール便の箱を取り出し、美唄警部補と高嶺巡査に見せた。

 二人はその箱を手に取り、差出人の欄を見た。だが、そこは未記入だった。なので、美唄警部補が申し出た。

「この探し物手帖は、夕張煌生が持っていたものです。亡くなってからは、警察で保管していました。どうして、ここに届いたのかは分かりませんが、返してもらえませんか。」

「申し訳ございません。例えそうであっても、この書店へ送られてきた以上、現在は千歳書房の所有物になります。お渡しすることはできません。仮にお渡ししても、またここへ戻って来ますよ。」

 店長は、意味不明な言葉で返した。

 これに対して、美唄警部補は何も言わなかった。黙って考えていた。けれど、横にいた高嶺巡査は、納得いかずに突っかかっていった。

「そんなの変です。警察で保管していた本が盗まれたのですから。」

「警察が盗まれるとは、世も末ですね。」

 店長は、ニヤッと笑った。

 高嶺巡査は顔を真っ赤にして、眉間にシワを寄せて、怒りを抑えていた。それを見て、美唄警部補は彼女を宥めるように話しかけた。

「高嶺巡査、ちょっと落ち着こうか。この本は、曰く付きなんだ。後で説明するから、今は抑えてもらえないかな。」

「曰く付きって、何ですか?」

「呪われた本なんだよ。」

「呪われたって、どう言う事ですか?」

「だから…話すと長くなるから、後で説明するよ。」

「分かりました。ちゃんと、解かるように説明をお願いします。」

 高嶺巡査は、渋々受け入れた。

 美唄警部補はため息をつき、受付台に探し物手帖を置いた。

「御影店長、ご迷惑をおかけしました。この本は結構です。」

「分かっていただけると助かります。」

「それで、こう言っては何ですが、次の購入者が現れたら連絡をもらえませんか?」

「購入者ですね。承知しました。その時は、お伝えします。」

 店長はそれを受け取り、やんわりと回答した。

 美唄警部補と高嶺巡査は、店長に名刺を差し出し、頭を下げてお願いした。

「では、こちらにお願いします。」

「ご連絡、お待ちしています。」

「これは、これは、ご丁寧に。では、その時は、こちらにご連絡いたします。」

 店長は丁寧に返し、二人の名刺を受け取った。

 美唄警部補は思った。

 見ての通り年季の入った探し物手帖は、昔から曰く付きで、呪われた本とされていた。

 現在は、最終ページに購入者の名前が七名分書かれている。それ以前のことは、店長以外で知る者はいない。

 ちなみに、どう言う理由かは不明だが、手帖の中身は見える人だけが見て読める。見えない人は、文字が見えない。もちろん、読めない。恐らく何らかの方法で、この手帖に選ばれた人だけが見える仕組みになっているのだろう。謎の多い手帖だと言うことは知っていた。

 ただ、今ここで問題としているのは、それではない。手帖の解明ではなく、その内の六名が死亡していることだった。

 受付の前で美唄警部補は、高嶺巡査に語りかけた。

「この探し物手帖に書かれている人物を、全員調べたい。」

「名前、分かるんですか?」

 高嶺巡査にはよく見えなかったので、聞き返してみた。

「控えてある。」

「そうですか。では、これからどうしますか?」

「一旦、署に戻ろうか。」

「分かりました。」

 二人は、顔を見合わせた。それから、店長に向き直って敬礼した。

「お時間を取らせていただき、ご迷惑をおかけしました。では、失礼します。」

「店長、ありがとうございました。」

「どういたしまして。では、気を付けてお帰り下さい。」

 こうして二人が書店を出ると、店長はおもむろに席を立ち上がった。そして、手帖を持って先ほど置いた本棚へ戻しにいった。

 戻した後、手が止まった。心なし、不敵な笑みを浮かべていた。

「また、繰り返すのでしょうか。」

 そう呟くと、しばしの間その薄い背表紙を見つめていた。

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