Seasons
橘 永佳
春:『イイコト』
坂の下から吹き上がる風が、校門前の桜並木を撫でて花びらを撒いていく。
「あっという間に三年生、か」
腐れ縁の圭太が、高校の校舎を見上げていた。
その目を私へと向ける。
「お前も部活引退だな、『女バスの王子様』?」
からかってくる圭太へ、意識して口角を上げて「やめろよなー」と言い返した。
背が高いだけなのにそう呼ばれているのが、自分としては非常に納得いかない。むしろ、こんな目つきの悪い王子様がいてたまるか、とさえ思う。
まあ、おかげさまでこの距離感なんだけれど。
可愛ければ、また違ったんだろうな。
「つーか、ケータだってバスケ引退――したんだっけ?」
あまり考えずに口に出して、その途中で、圭太が高二の終わりに自主的にバスケ部を引退したことを思い出した。
「おう、受験に全振りよ」
腕組みして気合を吐く圭太。
追いかけるために、全力を注ぐのだそうだ。
空を見上げて、唇をかむ。
青を背に、陽の光で白く輝いて見える花びらが、くるくると舞う。
その陽気が、どこかイラっとくる。
目線を戻すときに、顔つきも戻した。
いつもの気の置けない調子で、圭太へと声をかける。
「ふふん、そんなケータに、引退祝いにちょっとイイコトを教えてあげよう」
「ほう? 今日のイイコトは何かね?」
『イイコト』は、「知ってるかい?」とよく私が切り出す雑学で、たわいない会話のためのネタ達だ。翌日の天気から産業廃棄物とやらの法律上の定義まで、その守備範囲はかなり広い。
「とっておきさ。ねえ、知ってるかい?――」
喉が詰まる。
未練で。
「――しおちゃん、脈ありっぽいよ? ケータ」
空気が硬くなった。
「……マジか」
「多分ねー」
圭太が頭を掻いて、呟く。
「ありがとな」
「はいはい」
努めて軽く応える。
そして、顔を背けた。
坂下から、ひと際勢いよく春風が吹き、校門前で渦を巻く。
巻き取られた桜の花びらが舞う。
ねえ、知ってるかい?――
――『イイコト』って、無理やり用意してたんだよ?
君との話題のために。
――この距離感、ギリギリを測ってたんだよ?
君の隣にいるために。
――君のこと、好きだったんだよ?
ずっと。
振り撒かれる無数の花びらがあまりに綺麗で。
伝う涙はたった
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