第6話
市場掌握からしばらくして、現地からの報告が届いた。
スクリーンに映し出されたのは、瓦礫と化した街並みだった。
焦げた市場の跡、転がる商品、泣き叫ぶ子供を抱えた母親。JUS発の大不況は経済の混乱を極め
大規模デモに発展していた。川沿いには衣服や家具が流され、濁った水に揺れていた。
幹部の声が静かに響いた。
「抵抗の芽は、我社の責任ではない」
「街は空洞となったが、すべては我々の支配下にある」
社員の多くは沈黙していた。
だがやがて誰かが小さく笑い、そして拍手が広がった。
「長い目でみれば効率的だ」
「未来のためには必要なことだ」
麗奈先輩は冷たい笑みを浮かべて言った。
「犠牲はつきものよ。勝者の手はいつだって血で濡れているもの」
光は立ち上がり、拳を震わせながら叫んだ。
「これは成果じゃない! 想像できただろ! JUSがこの惨状を呼び込んだ!
理想を掲げる者が、こんなことをしていいはずがない!」
だが、嘲笑と怒号が返ってきた。
「大げさだな」
「罪? 勝った者に罪などない!」
「お前こそ裏切り者だ!」
僕は胸の奥に鋭い痛みを感じながらも、口を開いていた。
「……必要な犠牲だ。未来のために」
その言葉は喉に刺さるように重かった。
だが周囲の拍手にかき消され、やがて僕自身の声まで熱に飲まれていった。
窓の外、血のような夕焼けが街を覆っていた。
濁流に浮かぶ瓦礫が赤く染まり、枯木は黒い影となって並んでいた。
それは勝利ではなく、ただの墓標の列にしか見えなかった。
現実では中国支社の数字は、連日うなぎ登りだった。
モニターに映るグラフは空を突くように伸び続け、
社員たちは毎朝その光景に拍手し、乾杯した。
「JUSの未来はここにある!」
石川部長の声が、鐘のように響きわたった。
街頭のホログラムには、不正AIの広告が踊り、
「未来を制御するのはJUSだ」というコピーが夜空を染めた。
僕もその渦中で、胸を張り、笑い、最初は上司に対しての感情で始まったのだが
いつの間にか率先して上司に好かれたい、仲間に評価されたい気持ちが先行して
「これが正義だ」とみんなを先導する勢いで叫んでいた。
麗奈先輩が僕の変化を誰よりも早く感づいていた。
そして僕に急接近してきた。
「君の会社に対する情熱が、私を興奮させるの」
ただの会話と言えばそれまでだが、僕は自分の選んだ行動を全て評価されて
素直に嬉しかった。
さらには「興奮」という言葉に他の意味も感じてしまい
「俺」は麗奈を先輩としてではなく、ひとりの女性として見てしまっていた。
──だが、快進撃は長くは続かなかった。
世界から置いて行かれるのは、あっという間だった。
世界の力を、まざまざと見せつけられた。
世界を敵に回すという事の意味、本当に回して初めて理解できたことだった。
ほどなくして、食堂の棚にパンが並ばなくなった。
「物流の遅れだろ」誰かが軽く言ったが、
次の週には照明が一列、また一列と消え、
オフィスはじわじわと暗闇に浸されていった。
「これはJUSに対する欧米によるABCD協約だ、日本に対して強固な措置をとってきたぞ」
広報担当が派手な身振りで叫んだ。
「アメリカ、イギリス、中国、オランダ!
奴らは資源もデータも市場も封じた!
だが安心せよ! 我らがJUSは必ず勝利する!」
その声に、社員たちは拍手した。
だが俺の耳には虚ろに響き、背筋を冷たい風が撫でた気がした。
でもその感覚を感じることを自分の意志で止めた。
社員が小さくつぶやいた。
「このままじゃ……本当にJUSは身動きがとれなくなるのではないか?」
止めたはずの俺の感情が、また胸に重石が落ちる感覚を感じた。
そのとき、麗奈が俺の肩を叩いた。
「弱音を吐かないで、屈したら終わり。私たちは外資と戦わななければならいのよ」
俺の麗奈に認められたい気持ちだけは揺ぎ無かった。
不思議なほど、俺の気持ちに芯が入り、迷う心はどこかに消えた。
その後も赤い警告ランプがオフィスを染めたが、
その声は鋭い刃のように、俺を縛ることはできなかった。
俺はJUSと麗奈のために尽くす覚悟ができた。
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