第2話「畑の野菜、国を揺らす」

 翌朝。

 目覚めて庭に出ると、王女エリシアが畑の前で正座していた。

 豪奢なドレスの裾は露に濡れ、王族の気品と庶民の健気さが妙に同居している。


「お、おい……王女殿下? まだいらっしゃったんですか」


 エリシアは顔を上げ、真剣な瞳で言った。

「勇者アルト様。あの人参を……王国へ分けていただけないでしょうか」


「……ただの人参ですよ?」


「いいえ。昨日ひと口かじった従者が、十年来の病から立ち直りました。

 これはもう“畑”ではなく“神域”です」


 アルトは頭を抱えた。

(俺はただ、のんびり耕したいだけなのに……)


 そのとき、畑の向こうから騒がしい足音が聞こえた。

 村の入り口に、武装した兵士たちが現れたのだ。

 鎧の紋章は隣国ヴァルドリア。


「勇者アルト殿! この土地は我が国の保護下に入る。畑ごと差し出していただこう!」


 剣を抜き、畑を囲む兵士たち。

 村人たちは悲鳴を上げて逃げ回る。


 エリシアが立ち上がり、冷ややかな声を放った。

「無礼者。ここは我が国の領土。勇者様の畑に指一本触れさせません」


 両国の兵が一触即発。

 アルトはため息をつき、鍬を肩に担いだ。


「……畑を荒らすのだけは許さねえぞ」


 兵士たちが動いた瞬間、アルトは地面に埋まっていた大根を引き抜いた。

 白く輝くそれは、まるで槍のように鋭い。

 彼が軽く振ると、風圧だけで兵士の剣が弾かれた。


「な、なんだあの野菜!?」

「槍より速いぞ!」


 さらにキャベツを投げると、地面に転がった瞬間——緑の結界が広がり、敵兵の動きを封じた。


 兵士たちは恐怖に震え、指揮官が声を張り上げる。

「撤退だ! あれは……人間が扱うものではない!」


 鎧の音を残して兵たちは退散した。


 静まり返る畑。

 エリシアは震える声で言った。

「……勇者様。やはり、これは国宝にすべき力です」


「やめてくれ。俺はただ、野菜を育てて食べたいだけなんだ」


「ですが、このままでは狙われ続けます。王宮に来ていただければ、安全は保障いたします」


「……王宮、ねえ」


 アルトは青空を見上げた。

(結局、戦いに巻き込まれるのか……? いや、俺が望んでるのは“のんびり”だ。それなのに……)


 その夜。

 村人たちが集まり、アルトに頭を下げた。


「勇者様、この村を守ってくださってありがとうございます」

「殿下もいらっしゃるし、もうここはただの村ではなくなりましたな」


 次々と差し出される感謝と食材。

 アルトは困惑しながらも、内心で気づいていた。

 ——自分の畑が、もう世界の平穏を左右し始めていることに。


 翌日。

 畑の端で、また新しい芽が顔を出していた。

 試しに収穫してみると、そこには黄金色に輝くとうもろこし。

 ひと粒口に含んだ瞬間、視界が明るく広がった。


「……未来視、だと?」


 数秒先の映像が脳裏に流れ込む。

 村の入り口に——再び隣国の兵士たちが迫る姿。


「……ったく。俺は平穏に生きたいだけなんだがな」

 アルトは鍬を握り、ため息をついた。

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