第5話 数字で変わる俺の朝
翌日の放課後、俺は迷わず外へ出た。
「……今日も稼ぐか」
小さく呟いただけなのに、不思議と足取りが軽い。
昨日までは重く感じていたカバンも、今日はそれほど気にならなかった。
最初に向かったのは昨日の公園。
掃除したばかりのベンチのまわりには、すでに落ち葉が山のように積もっている。
秋の風が吹き抜け、茶色い葉がくるくると舞い落ちた。
視界の隅で、淡い光がふわりと浮かぶ。
―
【クエスト発生】
・内容:落ち葉を片づけろ
・報酬:筋力+0.5 耐久+0.5 SP+1
―
しゃっ、しゃっ。
ビニール袋に落ち葉をかき集めるたび、乾いた音が響く。
土の匂いが鼻をくすぐり、風が頬を撫でた。
しゃがんだまま腰が痛くなるほど拾い集め、袋はどんどん膨らんでいく。
途中で通りかかった小さな子が、「頑張って!」と笑って手を振った。
胸の奥がくすぐったくなり、思わず口角が上がる。
袋をぎゅっと縛った瞬間、画面が淡く光った。
―
【クエスト達成/SP+1】
―
「……よし」
声は小さい。けれど、心の底にじんわりと温かさが広がった。
その足で商店街へ向かう。
掲示板の貼り紙が風にめくれていた。
ずれた画鋲を留め直し、埃を丁寧に拭き取る。
店主のおばさんが「助かったよ、ありがとね」と笑ってくれて、
俺は少し照れながら「いえ」と頭を下げた。
数字が確かに増えていく。
ただそれだけなのに、体が軽くなるような気がした。
昨日までの“無駄な時間”が、少しずつ“意味”に変わっていく感覚。
―
だが、その日の最後に現れたクエストは、ひときわ重かった。
―
【クエスト発生】
・内容:いじめっ子の命令を拒否しろ
・報酬:筋力+1 耐久+1 SP+3
―
廊下で、佐藤たちに呼び止められた。
「おい、カバン持て」
いつもの命令。反射的に体が強ばる。喉の奥が乾く。
……でも、もう逃げない。
「……嫌だ」
自分でも驚くほど、声は小さく、でも確かに震えていなかった。
一瞬、空気が凍りつく。
次の瞬間、拳が飛んできた。
頬に鈍い痛み。視界が歪み、床に叩きつけられる。
背中に焼けるような痛み。蹴りが飛ぶ。
それでも、頭の中では淡い光が揺らめいていた。
―
【クエスト達成/SP+3】
―
痛みで顔をしかめながらも、笑みがこぼれた。
数字が増える。それだけで、殴られた意味がある気がした。
誰も知らない、俺だけの報酬。
胸の奥で小さな炎が燃え上がった。
「……これでいい」
小さく呟いた声は、自分でも不思議なほど穏やかだった。
―
その日の夜までに、俺は小さなクエストをいくつも重ねた。
ゴミ拾い、忘れ物の届け、校門の掃除。
気づけばSPは【15】に到達していた。
―
【新機能解放:スキルショップ更新】
・身長アップ(+3cm)……SP10
・資産ブースト(日+2000円)……SP10
・魅力+1……SP5
・筋力+1……SP5
―
「……これは」
思わず息を呑んだ。
3センチ。たったそれだけの数字でも、俺には大きかった。
ずっと“チビ”と笑われてきたこの身体。
あと少し高くなれたら、きっと見える景色が違う。
そして“日+2000円”。
積み重なれば月6万。
バイトほどじゃないが、自分で使えるお金。
誰にも頼らず、自分の力で得た“資産”。
けれどSPは15。
どちらか片方しか買えない。
「……なら、やるしかないな」
画面を閉じ、拳を握った。
―
翌日も俺は走り回った。
教室の掃除を手伝い、体育館の椅子を運び、公園の草むしり。
とにかくがむしゃらに体を動かした。
きつい。でも、画面に「+1」「+2」と表示されるたびに、
疲労よりも先に“快感”が来る。
(もっと、もっと積み上げたい)
作業の合間、俺はスキルショップを眺めて妄想した。
「魅力+1……これで妹に嫌味言われなくなるかな」
「筋力+1なら、体育で笑われずに済むかも」
「未来予知……いつか絶対手に入れる」
画面を見ているだけで、未来が少しだけ明るく見えた。
そして夕方、目標に届いた。
―
【SP:20】
【スキル購入:身長アップ(+3cm)】
【スキル購入:資産ブースト(日+2000円)】
―
その文字を見た瞬間、胸が熱くなった。
「……よし」
声が震える。
布団に潜り込みながら、何度もステータスを開いた。
効果は“翌日反映”。
期待で胸がいっぱいになり、なかなか眠れなかった。
―
朝。
俺は飛び起き、鏡の前に立った。
「……高い」
視界が違う。昨日より、ほんの少し天井が近い。
制服のズボンの裾がわずかに短く、机に座れば天板との距離が近い。
背筋を伸ばすと、自然に胸が張る。
―
【身長:163.1cm】
―
3センチ。
数字にすればわずか。けれど俺にとっては――人生を変える一歩だった。
鏡の中の自分は、昨日よりほんの少し自信ありげに見える。
財布を開く。
入れた覚えのない千円札が二枚。
―
【資産:¥2400(+2000/日)】
―
「……本当に、増えてる」
呆然としながらも、笑みがこぼれた。
叫びたいほどの喜びなのに、不思議と静かだった。
心の奥でじわじわと熱が広がる。
「昨日までの俺じゃない」
鏡の中の自分にそう呟く。
数字が変わった。
そして――俺も、確かに変わった。
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