兄貴キャラを演じたのに追放された

タラレバ

第1話『勇者パーティに選ばれたので断りたい』

 突然だが、俺は天才である。


 生まれは辺境の田舎村出身。ただの農家の息子として生まれた俺は、近所の木こりのオッサンから貸してもらった斧を素振りしている内に、いつの間にか地上に発生するモンスターを倒せるくらいに強くなっていた。

 

 素振りしていた理由は、ただ単に退屈だったから。だが、その退屈を埋めるためにやっていた趣味が仕事として活かせるのならば話は変わる。

 俺は、ますます斧を振り回し、遂に村を出て王都に足を踏み入れた。


 冒険者ギルドへとその日の内に訪れ、王都の冒険者となった俺は、安い戦斧を買ってモンスターの討伐依頼を片っ端から受けていった。

 ……うん。まぁ、毎日そんな事やってたらそりゃあ名前も広がるだろうなぁ。


 次第に、周囲の冒険者からパーティに誘われるようになった俺は、仕方なく臨時として誰かと行動することが増えた。自然とチームでの立ち回りや指示、判断能力が身についていった。

 そんな事をしている内に、俺は期待の新生だなんだと持て囃されるようになった。冒険者を初めて3年。ここ王都に来た時が15歳だったから、俺も今年で18歳になる。


 そんなこんなで、順風満帆に冒険者生活を送っていた俺は今――王城に居た。



 ◆



 いきなり王城へ呼ばれた時、当然ながら彼――ウェンズは戸惑った。


 田舎の平民生まれの俺が、どうして王城になんて呼ばれるのか。その疑問は至極自然で当然のものだったが、答えが出るものでもない。

 考えのまとまらぬまま王城へと向かった彼は、使用人に導かれるまま王城の廊下を歩き、やがて謁見の間の扉の前へ到着した。


 冷や汗、だらだらである。


 緊張で縮こまる身を無理矢理に大きく見せる。胸を張り、背筋を伸ばす。それから、大きく息を吸って、吐いた。


 緊張は解けない。だが、少し落ち着いた。

 少なくとも、王城に呼ばれた理由は断罪ではないだろう。冒険者活動をしている中で、何か気づかぬ内に勲章を貰えるような強力なモンスターを狩っていたのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。


 俺の力が、王城にまで届くような域に達したのだ――そう自分に言い聞かせて、ウェンズは使用人が開いた扉の先に目を細める。


 白い髭を蓄えた、王冠を被る老人――謁見の間の扉から対角に、最も遠い場所に位置する玉座に腰を落ち着ける彼が、この国の王だろう。そして、その周りには王子、王女と思われる若い金髪の気品溢れる若者が控え、さらには謁見の間を囲むように貴族のお偉いさん方が佇んでいた。


 圧巻の光景である。足が竦むような空間である。


 だが、なけなしの意地を張り、虚勢を張ってウェンズは謁見の間の中心へと堂々と歩き、粛々と王へ向けて跪いた。


「我が王国の王――ランペルド国王陛下であると存じます。御呼びに従い、御身の前に」


 今のウェンズができる全力の礼儀を尽くしたつもりであった。


 ふむ、と国王が息を漏らし、口を開く。


「面を上げよ」

「はっ」


 ゆっくりと、ウェンズは顔を上げる。


 国王の蒼い瞳が、真っ直ぐにウェンズを射抜いていた。その事に気づいて身体が硬直するのも束の間、国王の傍に身内とは思えない、それこそ自身と同じように庶民であると思われる黒髪の少年が不安気に立っている事に気づき、ウェンズは内心で首を傾げた。


「汝に問う。貴殿こそが、冒険者ギルドの誇る筆頭戦士――『豪壮』ウェンズで間違いないか」

「……そのような大仰な肩書を持った覚えはありませんが、ウェンズという名を持つ冒険者は私の事で間違いありません」


 一応、謙虚な姿勢を見せておく。


 ピクリ、と国王の眉が上がり、静かに一人の騎士の名を呼んだ。


「ギルベルト」

「はっ」

「この者を殺せ」


 ざわっ、と謁見の間が騒ぎ立つ。国王の突然の命令に、貴族達も、黒髪の少年も状況が受け止めきれていないようだ。平然としているのは、命令を出した国王とその身内である王子と王女、そして命令を受け前に出た騎士ギルベルトのみである。


 ――そして、当のウェンズであるが。


「……私に、剣を向けると?」

「悪く思うな。これも、陛下の御命令である」

「――成程」


 悪く思うな、じゃねーよ!? 意味わかんないんですけど!?


 っと、叫び出したいところだった。


 処刑の命令にしては突然過ぎるし、そもそも罪に問われるようなことをした覚えはない。何も分からずに殺されるなどまっぴらごめんである。

 王命に逆らう事が重罪なのは知っている。だが、抵抗もせずに殺される事はできない。


 故に、


「この私を簡単に殺すことが出来ると――そう思ってんだな、お前」


 意識を、冒険者のウェンズのものへ切り替える。


 王に礼儀は尽くすとも。だが、理不尽に対しての礼儀など微塵も持ち合わせてはいない。なぜなら、理不尽とは得てして人が抗うべきものなのだから。

 

 ウェンズの身から強烈な闘気が放たれる。その気は謁見の間を満たし、その場にいる全ての者の心身を軋ませた。

 そして、


「素手で勘弁してやるよ。来いっ!」

「その意気や良し! 参る!」


 ギルベルトが疾走する。瞬く間にウェンズとの距離を詰めた彼は、容赦なく抜剣し一閃を放った。


「流石王城の騎士。良い太刀筋だ」


 だが、その剣筋を読み切り、刃を摘まむようにしてウェンズはギルベルトの振った剣を受け止めた。


「なにっ!?」

「正々堂々、騎士道らしい剣だ。ホント、読みやすかったぜ――!」


 皮肉と共に、ギルベルトの横面を思いきりぶん殴る。


 振り抜く拳が鳴らす鈍い音が響いた。向かいの壁まで吹っ飛んだギルベルトには目もくれず、ウェンズは国王に向き直る。どことなく、敵意を宿した瞳を向けて。


「先の王命の真意。余すことなく聞かせてもらいたい」

「不敬だぞ貴様っ! 跪け!」


 仁王立ちで国王に向き合うウェンズに、どこからか野次が飛ぶ。しかし、国王自らが手を掲げ、その声を制止した。


「よい――さて、ウェンズ殿。先の命令の真意であったな」

「はい。まさか、人を殺そうとしておいて何も考えが無かった訳じゃないでしょう?」


 怒気すら感じるウェンズの口調に、国王は愉快気に口元を歪めた。


「如何にも。なに、貴殿の受け答えがはっきりしなかったものでな。ウェンズ殿が『ウェンズ殿』であるという証明が欲しかった、ただそれだけの話である」

「……その証明の方法が、先の決闘であったと」

「如何にも」


 舐めるなよテメェ。


 と、言ってやりたかったが、取り敢えずウェンズは呑み込んだ。一応、このクソ爺は国王であるからにして、下手に敵に回しては人生が詰むからである。


 同時に、土煙から平然と現れたギルベルトにウェンズは目を剥いた。

 これでも名の知れた冒険者である。数多くのモンスターを屠ってきた己の筋力には自信があったし、相手の隙を突いた最高の一撃が打てた実感があったからだ。


 手加減はしたにしろ、暫くは立てない負傷を負わせたつもりだった。


「ギルベルト」

「はっ。この者こそ、『豪壮』ウェンズで間違いないと思われます」

「よろしい。大義であった」


 大義じゃねーよ。


「ウェンズ殿。貴殿を此処に呼んだ理由は他でもない――貴殿に、勇者を補助してほしいのだ」

「……勇者?」


 疑問符が浮かぶ。


 勇者が現れた、という噂は聞いた事があった。しかし、その事とウェンズとの関連性が見えない。精々が、戦う者、というくらいだろう。

 

「……恐れながら申し上げます」

「なんだ、その口調に戻るのか」

「――私は、勇者様と面識がある訳ではありません。私が勇者様の補助に選ばれた理由を、ご教示願います」


 正直に言って、勇者の補助など面倒臭いというのがウェンズの本音である。


 ウェンズは決して英雄などのような物語のヒーローに憧れていた訳ではない。子供時代は楽して稼ぎたいと思っていたし、その上で何か楽しい事をして生きたいと思っていた。

 楽観的でありながら、刺激的な生活。それこそがウェンズの求める生き方であった――つまりは、冒険である。


 冒険こそがウェンズの求める道。その為の時間を、魔王を倒す為だけの旅に費やす気にはなれなかった。


「安心しろ。この世界において勇者との面識がある者など、今この場に居る者達以外には存在せん」

「……それは一体、どういう――」

「なに、百聞は一見にしかずだ。まずは実際に、勇者との邂逅を果たしてもらおう」


 自分勝手に物事を進めやがって、と思わなくもないが、とりあえず勇者の実物にはウェンズも興味があった。


 特に目くじらも立てず、ウェンズは勇者が訪れるのを待つ。おそらくは筋骨隆々の、血気盛んな勇者像を浮かべて、ウェンズは勇者の訪れを待った。


 そして、国王が近くに控える黒髪の少年に、ウェンズの前へ行くように促す姿を見て、暫し唖然とした。


「まさか、その少年が――」

「如何にも。彼こそが我が国の救世主、勇者カトウ・ケント殿である」


 若い。それが、最初の第一印象だった。


 年齢としては、おそらく15、16といったところだろう。戦士の端くれとして生きるには充分な歳だが、世界を背負うにしてはあまりに若すぎる。

 さらに、一見したところ彼は命を懸けた戦いを経験していない。それどころか、武器すら手に持ったことがあるのかどうか。


 その、あまりに小奇麗な少年の両手を見て、ウェンズは目を眩ませた。


「……まさか、転移の陣。あの儀式を行ったのですか!?」


 転移の陣。それは、異世界から勇者に相応しき者を強制的に呼び出すという、一種の召喚術。だが、この術は大昔から禁忌に指定されていた儀式だった。


 というのも、あまりに召喚者側に無理を強いる召喚術だからである。

 この儀式によって呼び出された者は、もう二度と元居た世界へは帰れない。そして、儀式を使用した側へ召喚者が抵抗しようものなら、その者はこの世界で行き場を失くし行き倒れる事となる。


 つまり、この儀式は奴隷を作り出す術なのではないか? そう判断した過去の偉人が、この儀式を禁忌指定したのだ。人道、道徳、倫理。思慮を慮る人としての心を思い遣った決定であった。


 その禁忌を、今代の国王を破ったのだ。


「正気ですか!? 禁忌を破るなど、魔に堕ちた者の証! その少年に、勇者という名の奴隷の任を課す気か!?」


 怒鳴るウェンズに、国王が揺れた様子はない。真正面から、至極真っ当な意見を受けて尚、国王は微塵も悪気無く断言した。


「これこそが、我が国のとれる最良の策だと判断した」

「――ふざけるな! 異世界の人間を無理矢理巻き込むことが、最良であってたまるものかッ!!」


 ……正直、ウェンズはそこまでこの黒髪の少年に同情している訳ではない。


 この世界の問題に巻き込まれた少年ではあるものの、勇者としての使命を果たせば彼は名誉と栄光、そして絶対の地位を手に入れることが出来るのだから、しくじらなければ彼の人生はそれはそれは確定した幸福の未来へと続いているのだ。

 ぶっちゃけ、嫉妬の方が大きい。


 だが、このような如何にもな禁忌破りを行われては激昂しない訳にもいかない。それも、それを定めた筈の王族、貴族の前で、である。


 つまるところ、これはパフォーマンス――私は法を重んじていますよ、という意志をこの場のお偉いさまへ示しているに過ぎない。


「……ふむ。貴殿の訴え、尤もである。それでも尚断言しよう。これこそが、我が国のとれる最良の策である」

「――一体、何があったのですか」


 怒りを呑み込んだ、ふりをする。所詮パフォーマンスであるのだから、元々怒りなどないのだ。無いものを鎮めることなど、容易と表現する事すら生ぬるい。


 国王は落ち着きを取り戻したウェンズを見て、思案するように顎に手を添えた後、再び言葉を紡いだ。


「貴殿も察しているだろう。この頃、自然発生するモンスターが強力になってきているのだ」


 気づかんかった――などというと侮られるので、ウェンズはあたかも認知していたかのように頷いた。


 その反応に満足気に頷き、国王は続ける。


「その原因を、数日前に預言者が言い当てたのだ。曰く、魔王の復活。遥か太古、我が国を苦しめた最悪の魔の王が、今この時代に顕現したのだと」


 うさんくせっ。


 と、ウェンズは思った。


「……魔王の復活。確かに、それは勇者を呼び出すに値する事件かもしれません。しかし、この世界の人員では解決し得ない程の異変なのですか?」

「魔王を甘く見るな。そも、この転移の陣が作り出されたのも、この魔王打倒の為なのだ。転移の陣が完成するまで、我が国の歴史は魔王に蹂躙される歴史しかなかった。その暗雲の歴史を振り払う為に生み出された苦肉の策が、転移の陣――ひいては、異世界の勇者の召喚だ。魔王とは、それだけ次元の違う存在なのだ」


 この時点で、ウェンズは勇者の補助に就くやる気を失くしていた。


 そんな怪物に立ち向かうなど御免である。歴史上、この世界の人類だけでは打倒し得なかった魔王? とんだ怪物ではないか。人知を超えた存在に挑戦しようなど、頭のイカれた狂人しか考え付かないだろう。

 

 その行為は冒険ではない。この世界の人類では敵わないというのなら、十中八九ウェンズは死ぬ。勇者は死なずとも、ウェンズは死ぬ。

 うん、嫌である。


「勇者様は、納得しておられるのですか」

「無論だ。召喚の際、既に勇者には承諾を得ている。彼は我が国の救済の為、遥か異世界より舞い降りたのだ」

「貴方には聞いていないっ! 勇者様に聞いている!」


 思い切って、そう思い切ってウェンズは声を張り上げた。


 狙いは不敬罪である。この申し出を断れば、ウェンズは王国の救済を断った反逆者として名が広がるだろう。そんな事になってしまえば、ウェンズは終わりだ。路頭に迷い、最後は飢えによって死を迎えるだろう。

 それに比べれば、罪に問われ牢獄にぶち込まれた方がマシである。


 しかし、何故か王へ向けて不敬としか思えない言動を取ったウェンズを咎める声は聞こえてこない。周囲の貴族へ、野次を飛ばすなら今だぞ、と目配せするが、効果は無かった。


 仕方なく、ウェンズは勇者へと歩み寄る。そして静かに、されど優しく諭すように言葉をかけた。


「勇者様――いえ、カトウ・ケント様でしたね。どうか、貴方自身のお考えをお聞きしたい」

「え、えと」

「貴方は異世界の人間です。この世界の問題に介入する必要も、その義務もない。我々は貴方を自分勝手な理由で救世主に仕立て上げようとしている悪です。断る理由も権利も、貴方は持ち合わせています」


 畳みかけるように続ける。


 ここで勇者が、やっぱり魔王倒すの辞めます、とか言ってくれたなら最高だ。ひとまず、今回の勇者の補助役の誘いは無かった事になる。

 そうなったなら、一度帰った後、荷物をまとめて雲隠れしよう。王都を離れ、どこか田舎で隠居しようと、ウェンズは既に決めていた。


「ぼ、僕は……」

「もしも、貴方がこの魔王討伐に恐怖を感じるのであれば――ぜひ、断ってください。私が、貴方を全力でお守りします。例えこの王国が敵に回ろうと、全身全霊であなたの身をお守りします」


 その宣言に、流石に貴族達はざわついた。


 今、ウェンズは口にしたのはまごう事無き王国への反逆宣言である。国王の言葉よりも、勇者の言葉を優先するその姿は、王国民とは思えぬ不敬であった。

 思わずウェンズへ怒号を上げようとした貴族達を、またしても国王が自ら制する。そして、国王は食い入るようにウェンズを、そして彼と向き合う勇者の姿を見つめていた。


 息の詰まるような沈黙の後、勇者はそれを破った。


「それでも、僕は――僕は、魔王を倒します」


 勇者の宣言に、とある貴族が安堵の息を漏らす。


 同時に、ウェンズは強く拳を握り締め、再度勇者に問うた。


「……良いのですか」

「うん。もう、決めたんです」

「死の危険すらある、命を懸ける旅ですよ?」

「関係ないよ。困ってる人が居たら、助ける。それって、当たり前のことでしょう?」


 類稀なる善性。その無垢にも思える純真に、貴族達は胸を癒され、心が純白に染められるようだった。

 日々権力闘争と権威獲得、そして人間の悪意溢れる政治に明け暮れる彼等彼女等だからこそ、勇者カトウ・ケントの誠なる優しさが胸に染みたのである。


 ――そう。この少年の包み込むような優しさに心打たれていないのは、正真正銘彼一人だけであった。


 このイイ子ちゃんがっ! 優等生気取りやがって!


 と、怒鳴り散らしてやりたい衝動を抑えて、降参するようにウェンズは本音を抑え、破顔した。


「……流石、勇者様ですね」


 ウェンズは今、勇者の補助役を断る大義名分を、失ったのである。

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