第16話 女友達への告白

「――告白なんかして、ごめん」


 俺の唐突な謝罪に、清瀬きよせは目を丸くして息を呑む。


 思い出させてしまったか?


 それとも、辛い記憶が蘇ってショックを受けているのだろうか?


 わからないけれど、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 これは俺が謝って楽になりたいだけの、ただの自己満足でしかない。


 重さを増していく罪悪感に、俺はもう耐えられなかった。


「ここまで黙ってて、ずっと謝れなくてごめん」


 結局、隠し通すこともできなかったな……


 ただ余計に罪を重ねただけで、なんの意味もなかった。


 心底呆れ返るしかない。


 そんな俺に、彼女は果たして何を口にするだろうか?


「……それは、小学生のときのこと?」

「ああ」

「わ、私のこと覚えてたの!?」


 どうやら彼女も俺のことを覚えていたらしい。


 まぁ、そうだよな……


 あんな嫌な出来事、そう易々と忘れられるわけがない。


 それに、自ら積極的に触れたいものでもない。


 だから彼女もここまで覚えていないフリをしてきたんだろう。


 その傷口に触れると思うと、心苦しい。


「ずっと覚えてたし、ずっと謝りたかった。俺が告白なんかしたから、清瀬のこと困らせたよな?」


 突然の告白に逃げ出した清瀬の後ろ姿を思い出し、胸が痛んだ。


 この痛みを和らげたい一心で、謝罪を続ける。


「あのあと、クラスのみんなにバレててさ……からかわれて、恥ずかしい思いをさせて、泣かせたよな?」


 クラスメイトに取り囲まれ、涙を流す清瀬の姿を思い出す。


 俺も今、情けなくて泣いてしまいそうだ。


 我慢できたのは、この期に及んでまだ残っていた、ちっぽけなプライドがあったから。


「清瀬は傷ついて……だから不登校になったんだよな?」


 謝りたくて、ひたすら学校で待ち続けた日々を思い出す。


 しかしその日以降、彼女が学校に来ることはなかった。


 俺が告白なんてしなければ、彼女は今まで通り学校に通えた。


 友人たちと笑い合って、泣き合って、小学校を卒業できたんだ。


 本当に、取り返しがつかないことをしてしまった。


「謝ってすむことじゃない。許されるなんて思ってない。けど、謝らせてほしい……本当に、ごめん」


 深く頭を下げる。


 彼女は今、どんな顔をしているだろうか?

 とてもじゃないが、合わせる顔がない。


 このまま罵詈雑言を吐かれて、立ち去ってくれたら、どれだけ楽だろう。


「あ……ち、ちが……」


 聞こえて来たのは、彼女の震える声。


 まるで泣いているような息遣いに、思わず顔を上げる。


 そこには、涙をこぼす清瀬がいた。


 ……やっぱり、また悲しませてしまったか。


 もう1度謝罪の言葉を口にしかけたところで、清瀬が先につぶやいた。


「ちがう、ちがうの……」


 涙をぬぐい、声を絞り出す。


「謝らなきゃいけないのは、私のほう……たくさん、ある」

「……え?」


 言っている意味がわからなかった。


 なぜ、被害者の彼女が謝らなければいけないんだ?


 そんなこと、あるわけがない。


 そう反論したかったが、彼女の真意が気になり黙ってしまう。


「あのとき……ちゃんと返事できなくて、ごめんなさい。逃げ出して、ごめんなさい」


 なんだ、そんなことか。


「気にしなくていい。いきなりあんなことされたら、誰だってああなる……」

「それだけじゃなくて……クラスのみんなにからかわれたのは、私のせいだから……」


 清瀬の言葉に思わず耳を疑った。

 あれが自分のせいだって?


「いや、まさか……そんなわけ……」


 否定しかけたが、すぐに清瀬が首を横に振る。


「あのあと私、混乱しちゃって、どうすればいいのかわかんなくて……よく考えもせず、いろんな人に相談しちゃったの」

「い、いろんな人?」

「うん、クラスの仲良かった子たちにほとんど……だから、みんなが知っていたのは私のせい。私が、バラしちゃったの……」


 そ、そうだったのか!?


 てっきり、クラスの誰かに目撃されておもしろ半分に広められたとばかり思っていたが……


「だからあれは私のせいだし、悪いのはからかってきたクラスの皆の方だよ……苫谷とまやくんは、悪くない」


 確かに、からかってきたクラスの奴らにも非はあるだろう。


 その点に関しては、彼女の言う通りかもしれない。


 しかし、結局のところ全ての原因は俺に行きつく。


「いや、元をたどれば俺があんなことしなければよかったから……だから、清瀬が気に病むことは……」

「気にするよ。だって、私が泣いちゃったせいで……ま、守流まもるのこと、悪者にしちゃった……」


 守流。


 彼女にそう呼ばれるのは、小学生以来だ。


「……実際、俺だって悪者だろ?」


 クラスメイトたちのからかう声が脳内に反響する。


『あーあ、清瀬のやつ泣いちゃった』

『清瀬かわいそー!』

『あやまれよ苫谷ぁ!』


 彼らの言う通りだ。


 泣かせて、かわいそうな目にあわせたのは俺も同じ。


 しかも、そのことをずっと謝らずに知らないフリをしてきたんだから。


 それなのに、彼女は再三にわたって否定する。


「それに、本当に悪いのは私の方……守流はちゃんと謝ってくれたのに、私はなにも答えられなかった。謝れなかった……」

「今さら謝ったって遅すぎるだろこんなの……」


 もっと早く詫びれていれば、こんな結果にはならなかっただろうか?


 そんな俺の後悔に、清瀬は再びかぶりを振る。


「そうじゃない。守流はあのとき、ちゃんと謝ってくれた」

「あのとき……?」

「あのあと私がしばらく学校休んでたら……うちまで親と一緒に、謝りに来てくれたよね?」

「……ああ」


 清瀬はあの日から、学校に来なくなった。


 俺が告白したせいで困らせ、混乱させ、からかわれ、恥ずかしい思いをさせ、泣かせて、傷つけてしまった。


 そして、学校に行くことを恐れて不登校になってしまったのだ。


 俺はどう償えばいいのかわからず途方に暮れた。


 彼女に謝らなければいけない。

 けれど、どうすればいい?


 もしかしたら明日は学校に来るかもしれない。


 その気持ちだけで学校に通い続けたが、やはり清瀬の姿はない。


 授業もろくに聞けず、給食もほぼ食べられず、家に帰ったら自室に引きこもる。


 そんな生活を続けていれば、親に心配されるのも当然で……


 初めはみっともなくて言いたくなかったけど、いよいよそうも言ってられなくて。


 俺は恥を捨てて、すがる想いで両親に相談し、全てを話した。


 俺のせいで、清瀬が不登校になってしまった、と。


 事情を理解した親はすぐに清瀬の家族へ連絡を取ってくれた。


 そして親同士で話し合い、彼女の自宅まで赴き謝罪する機会を設けてくれたのだ。


 俺は覚悟して親と一緒に清瀬の家に行った。


 しかし、彼女が姿を見せることはなかった。


 できたのは、彼女の両親に泣いて頭を下げることだけ。


「知ってたんだな。俺が清瀬の家まで謝りに行ったこと……」


 その場にはいなかったが、親から事前に聞かされていれば知っていてもおかしくはない。


 しかし、次に発した彼女の言葉は、思いもよらぬものだった。


「本当はね、こっそり見てたの。守流が、私のママとパパに、謝ってるところ……」

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