神様、バイトしませんか?

 蝉の声が耳を劈く。

 学生が嫌う季節であり、待ち遠しかった季節───夏。

 半袖の衣替えがあったと言えど、暑さに変化はなく外に出るのが億劫になる。

 しかし、夏休みと言う大型イベントの為に暑さを乗り越える様はまさに青春そのもの。

 俺もその長期休暇を心待ちにしている生徒のうちの1人である。

 前回。生徒会室に呼び出され、気化された衝撃の事実と報酬の提示。

 ぶっちゃけ夏休みを全部投下して、鈴を真っ当な常識人にする覚悟があった。

 その夏休みまでまだ期間があったので、計画を練る為にも鈴の観察を行った。


「お兄ちゃ~ん」ガチャ───プライベート空間に無断入室。

「鈴ちゃん、お弁当よ」「はーい」───ありがとうを言わない。

 教師に仕事を任されても「嫌よ、自分でやりなさい」───目上に敬意を払わない。


 改めて鈴がとんでもない神だと理解した俺は、一つの解に導き出された。

 高校生の中でも、社会性のある者とない者がいる。

 これは俺の持論だが、それは働いたことがあるかどうかだ。


「つまりは、バイトだな」


 夏休みの長期休暇を利用し、鈴にも働いて社会の常識を身に持って実感してもらう作戦。

 早速生徒会にバイトの申請をし、鈴を誘ってみた。


「一緒にバイトしね?」


「いや」


 一蹴だった。

 もう少し興味を持ってくれると思っていたが、甘かった。


「なんでだよ、働いで得たお金の重みってすごいんだぞ!」


「そんなもの、無限に湧くから必要ない」


 社会性のない者にはそもそも働きたくない考えがある。

 そりゃそうだ。こいつに社会性があればそもそもこんなことになってない。

 だが! 俺にはまだ使っていない奥の手があった。


「頼む! 俺一人だと心細いし、鈴の……優秀な妹の力を貸してくれ!」


 鈴に全力の土下座をかました。

 どんな願いも叶うなら、俺はプライドを平気で捨てられる。

 俺の土下座に驚きつつも「優秀な……妹!」と俺の巻いた餌に見事食いついてくれた。


「そうだ、妹がいないと何もできない兄のわがままを聞いてくれないか?」


 鼻をひくひくさせ、満更でもない表情の鈴。


「お兄ちゃんが、そこまで言うなら」と一緒にバイトをすることになった。

(ちょろい)と思ったが決して口にはしなかった。


 今の鈴は、神界にいたころの記憶が殆どなく。親が最高神ってことも、ポンコツを改心させる為に地上にいる事も伏せられている。

 姫島先輩たちからも、鈴には絶対に悟られてはいけないと釘を刺されているので、なぜ一緒にバイトをしたいのか。理由はでっち上げるしかなかった。


「それで、バイトって何するの?」


「それは…………メイド喫茶だ!」


 これは俺なりに色々考えた結果。一番リスクが少ないと思った選択だ。

 まず、鈴の見た目は客観的に見れば美少女他ならない。その容姿で多少のミスでも許してもらえるだろう作戦。お客様との接客でしっかりとコミュニケーションと敬語を身に着けてもらう。立場上メイドはお客様を奉仕する。つまり失礼な態度はNGだ。

 以上を踏まえてメイド喫茶は悪くない選択だと判断した。


「え、お兄ちゃんがメイド服着るの?」


「バカ! 俺はキッチンスタッフだよ!」


 俺のよからぬ姿を想像してドン引いた鈴。即座に訂正を入れて誤解を解く。

 数週間の時間が流れ、遂に夏休みがやってきた。

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