第6話 グレン

 国内最大のスラム街、ラビッシュタウンの中でも最大規模の闇市を主催しているグレンにとって、ここ最近頭を悩ませている問題があった。


 ある日突然ふらりとスラムにやってきた少年、バレットだ。

 本人がそう名乗っているらしいというだけで、本名かどうかはわからない。


 もっとも、スラムでは本名かどうかなど重要ではない。重要なのは、一人で生きていくだけの能力があるかどうかだ。

 このバレットについては、この能力は問題無かった。いや逆に能力が有りすぎて問題だった。


 バレットという少年の生活能力とは、そのことごとくが、他者から一方的に奪うことで成立するものだったからだ。


 少年にちょっかいをかけるならず者から奪う分には構わない。

 それは彼らの自業自得だし、最初の一人ならともかく、すでに何人も殺られている状況であえて手を出すというのは、本人の危機管理がなっていないと言わざるを得ないからだ。それはつまり前述の通り、生きていく能力に欠けていることに他ならない。


 しかし水場の管理者を追い出し、占拠したのはいただけない。

『水場』というのは、スラムにおいて非常に重要な施設だ。

 あれは隣の都市エルドゥールの上水道から勝手に水を引いているだけだが、そう一言で言っても専門の技術が無ければなし得ないし、維持管理も容易ではない。

 ゆえにこのラビッシュタウンでは水場の管理者は特別な待遇を受けており、暴力などで従わせてはならないことになっている。いわゆる暗黙の了解というやつだ。

 おそらくバレットはそんなことは知らなかったのだろうが、知らないで済む問題ではない。

 実際、あの水場周辺に住んでいた住民たちはすでに別のエリアへの移住を余儀なくされている。


 そんなバレットを諌めるため、あるいは罰を与えるため、ただのならず者ではない、ラビッシュタウンでも有数の実力者たちが彼の元に向かった。

 しかしバレットの『生活力』はスラムの実力者たちの暴力をも超えており、十把一絡げのならず者と同じように処理されてしまった。


 グレンはあくまで闇市の主催者であり水場の管理は管轄外だが、その水場周辺から住民が一斉に居なくなるとなればさすがに本業にも影響が出る。水場と闇市会場が近いこともある。


 闇市の主催者ともなればスラムの中でも最上位の顔役のひとりだ。

 縄張りの近くで問題が起きたのなら、介入する権利も義務も少なからずある。


 グレンがバレットを気にする理由はそれだけではない。


 このラビッシュタウンは、大都市エルドゥールのみならず、WizU政府にとっても非常に微妙な存在だ。

 歴史、知名度、そして人口。その全てが、ただのスラムだと斬って捨てるには巨大すぎる存在感がある。

 仮にWizUが武力をもって積極的にラビッシュタウンを制圧しようとすれば、国内外から大きな反応が予想される。その反応には良いものも悪いものもあるだろうが、良かろうが悪かろうが大き過ぎる反応というのは害しかもたらさない。


 これが他のスラムであれば、場合によっては武力による強引な解決も選択肢としてあるのかもしれない。

 しかしラビッシュタウンはWizUそのものよりも歴史が古いこともあり、その存在自体がある種聖域のようなものになってしまっている。

 元々、スラム街で暮らさざるを得ない人々の多くは、政府のセーフティネットから漏れた人々だ。

 それを武力制圧するとなると、つまり国内政策の失敗を軍事力で強引に解決しようとした、と見なされてもおかしくない。

 国内から強い批判を浴びるのは避けられない。少なくとも現政権の続投は不可能になるだろう。

 下手をしたら国を割る内戦にも発展しかねない。

 WizU政府にしてみれば遥か過去からの負債を無理やり押し付けられているようなものだが、そのリスクも込みで大崩壊で被害が少なかったエルドゥール王国を取り込んだのだから文句は言えない。

 さらに隣国のクリルタイ王国は領土的に非常に野心の強い国であり、WizUでもし内戦の兆しがあれば、どのような横槍を入れてくるかわかったものではない。

 そういう事情で、ラビッシュタウンは一種の不可侵領域と化しているのだ。


 ただし、そうは言っても、ラビッシュタウンに国内秩序を乱す脅威が存在するとなれば話は別だ。

 心無い国家の暴走が大崩壊を招いたこともあり、社会全体にとって悪影響を与えるような存在は国際的に忌避される傾向にある。

 具体的には反社会的勢力やテロリストなどだ。

 エルドゥールも国内では首都に次ぐ大都市であるため、都市内部にいくつかの反社会的勢力が潜んでいる。

 シティマフィアと呼ばれる連中だ。


 もしも彼らがラビッシュタウンに何らかの干渉をしようとすれば、それを大義名分として治安維持局が軍事介入してくる可能性はある。

 これは要すれば、ラビッシュタウンの平和とは、都市内の犯罪組織との間に一切の関連がないことが前提である、ということだ。

 仮にラビッシュタウンとシティマフィアとの繋がりが立証されれば、治安維持局にあっという間に制圧されてしまうだろう。


 もっともラビッシュタウンには貧乏人しかいない上に、下手に手を出せばスラムもろとも組織ごとすり潰されてしまうため、シティマフィアもあえて手を出してくることはない。まれにスラムの住民が一方的にマフィアに誘拐されることはあるが。


 グレンが知る限り、バレットの戦闘力は尋常ではない。

 おそらく、彼の背後には何か大きな組織があるはずだ。

 もし彼がシティマフィアから送り込まれたエージェントであった場合、放置すれば治安維持局が介入する理由を与えることになる、かもしれない。


 あの異常な子どもが果たして何者なのか、早急に調査しなければならない。


 そう考えていたところ、転機が訪れた。

 バレットがグレンの闇市に顔を出すようになったのだ。

 今度は闇市に殴り込みか、と戦々恐々と状況を見ていたのだが、どうやら普通にカネを出してモノを買っているらしい。

 バレットより小さな子どもが一緒について回っており、その子どもの言うなりに買い物をしているようだ。


 結局正体は不明なままだが、ひとつ確かなことがある。

 買い物、つまり商取引をしているということは、彼は全く話が通じない狼藉者ではないということだ。


 ならば、ひとつ話をしてみるのもいい。

 今更水場を明け渡せとは言わない。過ぎたことはもうどうしようもない。

 シティマフィアの尖兵かと尋ねることもしない。仮にそうだとしても答えまい。

 しかしバレットが今後もこの周辺で生活するのであれば、スラムの流儀というものは学んで貰わなければならない。


 グレンはそう考え、闇市から帰る途中のバレットに声をかけた。

 結果はまあ、これまでバレットに話しかけては路地裏の露と消えていったゴロツキどもに同情することになったが。

 なんだあの口の悪さは。あれで友好的に話をしろというのが無茶だ。

 幸いグレンは戦闘前に戦闘終了のゴングが鳴ったため、路地裏の露と消えずに済んだ。


 いや何も幸いなことなどない。

 なにせそのゴングは──自分の闇市が治安維持局に襲われているという知らせだったのだから。



 ◇



 グレンが目を覚ますと、バレットたちの姿はすでに無かった。


「……あいつらは……さすがにいない、か」


「すみません、ボス。一応引き止めたんですが……」


「いや、いい。AGアサルト・ギアを素手で無力化するような奴だ。人間に止められるとは思えん」


 全身の痛みに耐えながら上半身を起こす。

 どうやら骨折部分は、グレンの体内に宿る高性能な軍用マナ・マシンがすでにあらかた接合してくれたようだ。先ほど気絶したのは治療時の激痛によるものだろう。


「あれから一日くらいか?」


 AGゴブリンに負わされた怪我の程度と現在の自身の容態から、治療にかかったおおよその時間を逆算する。


「はい。襲撃から……ボスが気を失ってから、ちょうど一日になります。その間、治安維持局からは何のアクションもありません」


 治安維持局のアクションがないというのは幸運だなと思いつつ、不気味にも感じる。

 スラムでAGを3機も失ったのだ。当局のメンツもあるだろうし、それこそこのラビッシュタウンを丸ごと灰燼に帰すくらいの勢いで攻めてきてもおかしくはない。

 もちろん理由もなくそんなことをするとは思えないが、少なくともAGを含む小隊を突入させるだけの何かはあったはずだ。

 その何かがラビッシュタウンを制圧する『大義名分』になりうるのであれば、彼らが躊躇う理由はない。


 しかし一日経っても静かなままだというのなら、そこまでするだけの理由ではなかったのだろう。

 不気味なのは間違いないが、今のグレンに軍の動向を探る伝手などない。状況を見守るしかない。


(それにしても、バレット……。ヤツの身体能力は……)


 あの異常な膂力。まず間違いなく軍用のマナ・マシンの力だ。

 それも、グレンが知らない最新式のもの──いや、それでもありえない。おそらくは、研究中の試作品、だろう。

 何しろ、旧型とはいえ軍用マナ・マシンを投与しているグレンでさえ、AG相手にはあのザマだったのだ。

 それを、対等に渡り合うどころか、一方的に破壊してしまうなど。

 グレンも軍を離れて長い。どうやら知らない間にこの国の軍事技術も一足飛びに進化していたらしい。


 とはいえ、通常の人間がそんな超強化を受けて、無事でいられるはずがない。

 そもそも一般的なマナ・マシンでさえ人体への負担は相応にあるのだ。

 接種が12歳と定められているのも、12歳未満の肉体にマナ・マシンを投与しても、その性能と消費エネルギーに子どもの身体では耐えられないからだ。

 あれほどの出力を生み出すマナ・マシンともなれば、鍛えた大人の身体でさえ耐えられるかどうか。


 突如スラムに現れた、圧倒的な力を持つ素性不明の少年。


(……おそらく彼は、非人道的な研究をしている軍の研究所から逃げ出してきた被験体……)


 グレンがまだ軍にいた頃。

 そういう「非人道的な研究」を行っている研究室がある、と噂に聞いたことがあった。

 あくまで噂でエビデンスなどは一切なかったが、そういうことをしていてもおかしくないと言われるくらいには、ちょっとおかしい研究者は存在していた。


 あの歳であれだけの戦闘力だ。しかも胆力も只者ではない。

 きっとあの噂は真実で、あの少年はその被験者──いや被害者だった、のだろう。

 もはやそうとしか考えられなかった。


 つまり、彼はシティマフィアの関係者ではない。

 となると、先日の治安維持局の襲撃。

 あの目的は、マフィアと繋がりがあることをタテに遂にスラムに手を入れにきた、のではなく、軍の機密の回収または消去だった可能性が高い。


 バレットが治安維持局を撃退したとなれば、彼らはまだその目的を達成していないことになる。

 であれば遠からず、再び襲撃があるだろう。


 冷静に、合理的に考えるのであれば。

 バレットを捕らえ、彼を当局に突き出すべきだ。

 そうすればラビッシュタウンのすべてが守られるだろう。もちろん、そんなことが現実的に可能かどうかはさておくとして。


 しかし。

 スラムというのは、特にこのラビッシュタウンは、エルドゥールや他の街から爪弾きにされた者たちが集う、最後の砦だ。

 ラビッシュ(ゴミ溜め)という名もそれを象徴している。

 もし軍の秘密研究所(グレンの妄想の産物。実際にあるのかどうかは不明。それはもうモノスゴイヤバイ実験を毎日している設定)から逃げてきたのだとしたら、彼もまた、行き場をなくし、このゴミ溜めに来るしかなかった弱者のひとりなのだ。


 あの幼さ、それこそマナ・マシン適性年齢の12歳くらいにしかなっていなさそうな年齢を考えると、変態研究所での体験は想像を絶する過酷さだったはずだ。

 ならず者や敵対者とはいえ同じ人間に躊躇なく暴力を振るう様子も、生まれた頃から研究所の実験台にされていたせいで倫理観が歪んでしまっているとすれば、理解できなくもない。


 彼を当局に突き出し、ラビッシュタウンの安全を守るか。

 それとも彼を庇って当局と戦い、ラビッシュタウンの矜持を守るか。


 タウン最大の闇市の主催者という、事実上の最高責任者であるグレンは悩んだ。


「……そういえば。ヤツに破壊されたAGはどうした?」


「あ、はい。ヤツの連れの子供──ドク、とか言う名前らしいっすが、そいつがアレコレ命令してあっという間にバラバラにして、闇市から運び出させていました。運んだ先はタウンの外の荒野だそうです。あ、中に入ってた死体は置いていきました。追跡対策で、死体はパイロットスーツごとすでに焼いて捨ててあります。これもそのドクの指示です」


 マナ・マシンには位置情報を発信する機能がある。短距離までしか届かないが、隣接する都市くらいまでなら十分な出力だ。

 スラムの住民なら、大半は闇医者か闇技術者にカネを払ってそんな機能は殺しているものだが、正規の軍属なら当然アクティベートしてあるはずだ。

 おそらく治安維持局には、部隊がいつどこで壊滅したか、壊滅したあとどうなったかは知られているだろう。

 バレットたちが持ち去ったAGにも同様の仕掛けはしてありそうだが、マナ・マシンのを指示するくらいだし、それは自分たちでなんとかしているはずだ。そうだと思いたい。


「それから治安維持局の連中ですが、どうやらウチの露店に興味を持ってたみたいです。何か、商品を探していたみたいな。まるでそのために強制捜査をしにきたんじゃないかって。まあ、これは生き残った露天商の印象ですが」


(……商品だと? となると奴らの狙いは実験体であるバレットではないのか……? どういうことなんだ一体……。この町に何が起きている……?)




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