第18話 策士(仮)の籠城策

「……次の策は、もう考えてあるのだろうな?」


 ​ルシルフィア様の期待に満ちたキラキラした瞳が俺を射抜く。

 周りでは、幹部たちも捕虜のギデオン隊長も、固唾を飲んで俺の言葉を待っていた。誰もが、俺の口から、先日の罠を上回る奇想天外な秘策が飛び出すと信じて疑っていない。


​(無理無理無理! もう何もないって!)


 ​俺の脳内じっちゃんライブラリーは、先の獣害対策で完全に貸出中スッカラカンだ。


 冷や汗が背中を伝う。胃がキリキリと痛む。


 だが、ここで「何も考えてません」と言えば、この城にいる全員の信頼がガラガラと崩れ落ちてしまうだろう。


 ​こうなったら、やることは一つ。

 基本に立ち返り、もっともらしい理屈をつけて、ハッタリをかますしかない。


 ​俺はわざとらしく一度目を閉じ、ふう、と息を吐いてから、重々しく口を開いた。


「……皆さん。先の罠は、あくまで前哨戦。敵の戦力と、指揮官の性質を探るための布石にすぎません」


「「「布石だと……!?」」」


 ​幹部たちの声がハモる。よし、食いついた。


​「先遣隊の無様な敗北により、聖女エリクシアのプライドは深く傷ついたはず。次に彼女が取ってくる手は、小細工なしの、圧倒的な力による正面攻撃。我々が仕掛けた森の罠など、彼女自身の神聖魔法で焼き払いながら、まっすぐこの城を目指してくるでしょう」


 ​俺の言葉に一同は息を呑む。

 ボルガノンさんが「では、どうするのだユキナ殿!?」と焦ったように尋ねた。


​「簡単です」


 俺は、堂々と宣言した。


「――籠城します」


「「「ろうじょう……?」」」


 ​聞き慣れない言葉に全員が首を傾げる。


「はい。城に立てこもり、徹底的に守りを固めるのです。敵を、城の中には一歩も入れない」


 ​そのあまりに地味で、単純な提案にボルガノンさんが異を唱えた。


「なっ、それではまるで、我らが恐怖して城に隠れている臆病者のようではないか! 魔王軍の誇りが許さん!」


「ボルガノン、落ち着け」


 ​ルシルフィア様が制止する。彼女は、俺の策に何か意図があると感じ取ってくれているようだった。


 俺は内心は必死で説明を続ける。


​「これは、心理戦の第二段階です。プライドの高い聖女は決戦を望んでいる。魔王と聖女の一騎討ち、というようなね。しかし、我々が城に閉じこもり、徹底的に守りを固めて持久戦の構えを見せたら? 彼女は焦れるでしょう。『なぜ出てこないのか』と。焦りは、判断を鈍らせます。我々は、彼女の傲慢な心が、隙を見せるのを待つのです」


 ​我ながら、もっともらしい理屈がスラスラと出てくる。この説明は、幹部たちの心に深く突き刺さったようだった。


​「なるほど……! 敵の望む戦いの舞台に乗らず、相手の心を削る策……!」


「まあ、焦らされるのは、恋の駆け引きでも一番堪えますものね♡ 聖女様もお可哀想に」


「ふむ……籠城。外部からの刺激を遮断し、閉鎖環境下における敵将の心理的変容を観察する……。素晴らしい実験だ」


 ​いつものように三者三様にポジティブな解釈をしてくれた。

 こうして、俺が苦し紛れに提案しただけの、ごく当たり前の籠城策は、「敵将の心を折るための高等戦術」として採用されることになったのである。


 ​魔王城の雰囲気は、再び一変した。

 今度は、城そのものを要塞化するための、大規模な改修工事が始まったのだ。


 ​ボルガノンさんの指揮の下、城壁は分厚く補強され、リリスさんは城全体を覆う幻術の結界を張り、ネクロスさんは城壁に無数の自動迎撃魔法陣を刻み込んでいく。

 俺も「軍師様」として、あちこちから意見を求められた。


​「ユキナ殿! 門の補強は、鉄と黒曜石、どちらが敵に心理的圧迫を与えられるだろうか!?」


「え、えーっと……黒い方が強そうに見えますかね……?」


「なるほど、威圧感か! 承知した!」


 ​俺の適当な返事が、なぜかことごとく採用されていく。もう、どうにでもなれ。

 ​そんな慌ただしい準備の合間、俺は城壁の上で一息ついていた。眼下には、自分たちの領地が広がっている。ここを、これから守るのだ。


​「ユキナ」


 ​隣に、そっとルシルフィア様が立った。

 彼女も、俺と同じように領地を眺めている。


​「……正直、怖かった」


 ぽつりと、彼女が漏らした。


「聖女本人が来ると聞いて、本当は、どうすればいいか分からなかった。だが……今は違う」


 ​彼女は、俺の顔をまっすぐに見上げた。

 その紅い瞳には、不安ではなく、強い意志の光が宿っていた。


「貴様の策を聞いていると、不思議と、勝てる気がしてくる。……ありがとう、ユキナ。お前がいてくれて、本当によかった」


 ​その素直な言葉に胸が熱くなる。

 恐怖も、プレッシャーも、もちろんある。

 だが、それ以上に、この人を、この場所を守りたいという気持ちが、俺の中で大きくなっていた。


​「俺の方こそ、ありがとうございます。俺に、戦う理由をくれて」


 ​俺たちが、そんな風に少しだけ真面目な雰囲気になっていた、その時だった。

 伝令役のガーゴイルが、凄まじい速さで空から舞い降りてきた。


​「ご報告! 人間領方面より、大規模な軍勢を確認! 白百合の旗を確認、聖女エリクシアの本隊です!」


「!」


「本城への到達予測時刻は、およそ24時間後!」


 ​ついに来た。

 俺は、隣に立つ小さな魔王の手を無意識に強く握っていた。

 彼女もまた、俺の手を強く握り返した。


 ​決戦の時は、近い。

 俺はゴクリと唾を飲み込み、迫りくるであろう運命を覚悟を決めて見据えた。

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