年上貴族の婿に入ったら生きる道が見えてきた気がする~自分の生きる場所は異世界にあったんだ~

穴の空いた靴下

第1話 灰色の世界

 毎日が何かモヤでもかかったかのように不鮮明だった。

 学生生活は面倒くさいことだらけだ。

 勉強が面倒くさい。

 運動が面倒くさい。

 そしてなにより人間関係とやらが一番面倒くさい。

 それでも毎日、俺は学校へ行く。

 できる限り人との関係を作らないように、目立たないように。

 すべてやめて部屋にでも閉じこもっていたかったが、それは叔父と叔母にいらぬ心配をかけてしまう。

 

 俺の両親は俺が小さい頃に事故で死んだ。


 母方の姉夫婦は子どもができず、ひとり残された俺を引き取ってくれた。

 正直、叔父と叔母には感謝しかない、そして、二人がとても善人であることが、俺にとっては辛かった。

 二人に迷惑をかけないようにしよう。

 俺の人生における指針はその時に決まったんだと思う。

 成績も運動もなんとか平均より少し上くらいにはなるようにした。

 親友なんて気持ち悪いものはいないが、表上を取り繕う友達のような者も作った。

 ただ、そういったモノすべてが、俺にとっては霞の先にあるぼやけたものにしか感じない。

 なぜそんな物を追わなければならないのか。

 俺の人生って一体何なのか、疑問と同時にすべてを投げ出したくなる衝動に駆られる。


「学校はどうだい? なにか困ったことがあれば何でも言っておくれ」


「そうよ、私達は家族なんだから」


「大丈夫ですよ。何不自由なく暮らさせてもらって感謝しています」


「また、慶太君は真面目だなぁ。もっと本当の家だと思ってくれていいんだよ?」


「あ、そう言えば梨があったから剥くわね」


 男子高校生の栄養バランスを考えられた一汁3菜の食事。

 見た目も味も文句のつけようがない。

 幸太郎おじさんは小児科医、そして亜希子おばさんはそこで働いている看護師だ。

 ふたりとも、本当にいい人だ。

 だからこそ、俺はこの家の中に居場所がない。

 両親のことを引きずりまくっているわけではない。外科医だった父親の顔はあまり覚えていないし、家に帰らない父の不満を俺に話す母にはそこまで良い思い出は残っていなかった。

 正直、周りの人が心配するほど、俺は両親の死にショックを受けていなかった。

 よほど冷酷な人間なのかもしれないが、物心ついた頃から自分の人生で触れるもの、体験も含めて、すべてがなにか薄いシートを一枚挟んだような、そんな気持ち悪さを抱えていた。

 何かに必死になることも、夢中になることも、熱を感じることさえない。

 そんな俺から両親が奪われたのは、必死に生きない俺への罰だったのかもしれない。

 自分のために生きられないのなら、おじとおばのために生きろを神様が決めたのかもしれない。


 よく冷えた梨は甘くとても美味しかった。

 俺が珍しくよく食べる姿を二人は嬉しそうに微笑んで眺めている。


 やめてくれ。

 俺に何も期待しないでくれ。

 俺なんて、なにもないんだ。


「ごちそうさま。美味しかったです亜希子さん」


「よかったわ」


 俺が亜希子さんと呼ぶと最初の頃はすこし寂しそうにしていたが、いつからかそれも当たり前になっている。たぶん二人は父さんや母さんなどと呼ばれたいのだろうが、流石にひどい大根役者になってしまい逆に二人を傷つけてしまうだろう。


 風呂から上がって机に向かい、事務的に勉強をする。

 なんの役に立つかもわからない数字と記号の羅列、わかりもしない作者の気持ち、意味もない過去の出来事、見えもしない物質の反応、AIがあるのに無駄な言語の習得。

 スマホ一台あればこんなことになんの意味もない。

 それでも、テストにスマホは使えないから頭に入れておくという全く意味のない作業を今日もこなしていく。

 アラームの音で今日の義務も終了だ。

 授業とテストをある程度こなしていけば……学生生活は終わっていく。

 

「その、先……か」


 高校を出てきっと二人は大学へと行くように進めてくるだろうな。

 閉じた参考書を開いて、もう一度タイマーを仕掛ける。

 多分二人は、俺が医者になれば喜ぶだろう。

 すこし、勉強に割く時間を増やしたほうが良いだろう、試験前に無理をするのは面倒くさい。

 寝る前に身体を動かすのだって、ある程度筋肉がないと色々と面倒くさいからやっているだけだ。

 体調を崩すと、二人が心配する。

 だから、少しのランニングと筋トレは続けている。

 部活には入らない。人間関係が面倒くさい極みみたいな場所だ。

 ただ、この夜の河川敷は嫌いじゃない。

 街の灯りを反射する水面、吹き抜ける涼しい風、土と芝生の感触。

 

「いい季節だな」


 今の時期は特に好きだ。

 最近は夏が暑すぎるし長すぎる。

 ようやく、好きな時期になってくれている。

 空を見上げても、雲一つない夜空に見える星は少ない。

 街の光が小さな星の光を飲み込んでしまう。

 いくつかの明るい星は瞬いているが、それさえもフィルターの向こう側のように感じる。


「世界は今日も曇っている」


 一通り汗をかいて、心地よい風に身を委ね、そんな恥ずかしいことを呟いた瞬間。

 突然俺の頭上に光が降り注いだ。


「な、なんっ!?」


 あまりにも強い光は、暗闇と同じだ。

 何も見えず、眩しさから逃げるために腕で目を覆う。

 次の瞬間、今度は天地がわからなくなった。

 空中に打ち上げられたのか?

 わからない、何が起きているんだ……!?


 飛び降り自殺をした人は、気を失うとなにかの本を読んだ。

 天地不明になり、光りに包まれ視覚も感覚も亡くなった俺は、意識を手放した。



「こ、ここは……?」


 目を覚ますと、俺は、知らない場所、いや、視界がすべて白い、これは、生きているのか、死んでいるのか、何もわからない。

 手足はある、着ていたジャージもそのままだ。

 そしてここには地面がある。

 真っ白な世界に立つとめまいがする。足場は確かにあるんだけど、視認できないと脳みそが混乱するんだ!


「……俺、興奮してる?」


 ふと気がついた。

 俺は、この状況に、興奮している。

 あまりにも非日常過ぎて、あまりにも突然で、自分の人生の終わり方としてはふさわしくなさすぎて、逆に想像を超えてくれていることに興奮していた。


失われた破片ロストピースよ」


「はい!?」


 突然声をかけられたからへんてこな声が出た。

 

「驚かせたようだね」


 真っ白い空間、そこに光が浮いている。よく見えない、純白に光、溶け込んでいる。しかし、声ははっきりと聞こえる。男性のような女性のような、高齢のような子どものような、なんだろう、認識できない。それなのに、言語、意思はこれ以上ないほどに伝わってくる。


「こ、ここはどこであなたはなにですか?」


「混乱しているようだね、無理もない」


 光が集まり見知った姿に変化していく。

 猫だ。

 真っ白な空間と同じ、真っ白な猫。

 黄金の瞳が浮いているように見える。


「こちらの都合で一方的な話なってしまうことをまず謝罪しておこう」


 気がつけば眼の前には円卓と椅子が用意され座ることを促された。

 抵抗する気もないので席に座った。


「まず君の魂はあの世界にあるべきものではなかった。

 結果として、周囲の魂を勝手に別の世界へと吸い込んでいく。

 つまり、周囲の人間が死んでいく。

 あのまま君が家に帰ると、君の叔父と叔母は火災のために命を落としていた。

 時間と規模は異なるが、その後も君の周囲の魂は吸い込まれてしまっていく。

 悪いのは我々で、君に罪はない。

 と言っても、そう思えないだろうが……」


「な、何を、言って……」


「落ち着こう」


 その言葉で驚くほど俺の心は平静を取り戻した。


「つまり、俺は、周りの人間を死に導く死神みたいなものだと」


「結果としてそうなってしまう。そして、あまりにも多くの魂があの世界から別の世界へとわたってしまうことは我々は望まない。

 なので、無理矢理ではあるが、君を回収し、本来の世界へと送ることになった」


「……助かります」


 恨み言よりも、ああ、そうだったんだ。という納得感。そして、自分のせいで多くの人間を死に至らしめる事が回避されることに素直に感謝の言葉が出た。

 

「これって何か精神操作されてます?」


「すまないが、鎮静化処置はさせてもらっている。君の魂が壊れないように」


「そう……ですか」


 確かに、心が恐ろしいほどに平坦な感じがする。

 ただ、感謝の気持はどうやら素直に生まれた感情のようだ。


「本来の君は、非常に強い魂を持った存在だった。

 しかし、今まで過ごした世界においては、魂の強さで人の価値に変化が起きない。

 それどころか、常に君の魂に負荷がかかっていたはずだ。

 世界の理が異なるんだ。

 君の魂の力が強かったから、あの世界で不具合を起こした。

 君の魂は、あの世界で更に強い力を持つことに成った。

 意図せぬことだが、それはきっと君の助けになるだろう。

 私が話せることはこれだけだ。

 これ以上ここにいるのはさすがの君の魂でも辛いだろう。

 新しい世界ではその魂の力がそのまま個としての強さにつながっていく。君の可能性は新しい世界においては比類するものがいないほどの才能となるだろう」


「そう、ですか」


 精神の鎮静化のせいで凄いことを言われているのに落ち着いている。


「そういえば君はあまり娯楽的なことも好まなかったな、普通の人間だとゲームや小説のようだと喜ぶものなんだが……いや、こちらのせいなのに詮無きことを言った」


「大丈夫です、お陰様で、落ち着いていますから」


「話が長くなったが、新しい世界に送った魂がどのようなことになるのかまでは我々も関与できない。できれば平穏な幸せを掴んでほしいのだが、運命は強い魂に影響を受けるからな、もしかしたら世界を救うような勇者、いや、よそう。君の人生は君が選ぶものだ」


「ありがとうございます」


「それでは、君の新しい人生に幸多からんことを……」


 温かな光が俺の身体を包み込み。

 俺の意識はその温かさに身を委ねるように落ちていった……


 俺は、本来在るべき場所へと、帰っていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る