第12話

世界政府の会議室では、ある話題を基に会議が行われていた。一つの大きな円型テーブルを囲い込み、約20人ぐらいの世界トップクラス人々が集まっている。


そこで、背が高く筋肉質の太い男が立ち上がると、低い声で席に座っている人々に自分の意見を述べ始めた。



「これより、先日日本で発生した殺人事件において、AIヒューマノイド兵10万人を派遣していただきたく存じます」



すると、会議室はざわめき、混乱が訪れた。しばらくして、そこにいた一人が手を上げ、彼に反論した。



「何をおっしゃてるんですか。ジョン • ロックさん。本気ですか?ただの殺人事件にヒューマノイド10万?頭いかれてますよ」



それに続いて、隣にいた少し頭が禿げた男の幹部も言葉を添えた。



「そうそう。それは、さすがにやりすぎでしょう。ちょうど10人ぐらいで十分だよ」


「そうですわ。AIヒューマノイドは人類の宝物。そんな大切なものを殺人事件なんかに浪費するわけにはいかないわ」



そこにいた人たちも、それらの意見に同意するらしく頭を上下に動かした。ジョン • ロックは、その光景を一回見渡すと、再び口を開いた。



「皆さんのそのご意見には同感でしかございません。しかし、今回の事件は違うのです。今回の殺人事件は、それぐらいのヒューマノイドを投入するほど価値がある」


「はぁ?今は無駄話をする暇はありませんよ。ジョン • ロックさん。何もかもAIヒューマノイド10万はダメです。世界民のことをバカにしてますか?世界防総省も許可はくれない思いますよ」



彼女の攻撃的な言葉に、ジョン • ロックは微かに口元をあげた。



「ウォーウォー、落ち付いてください。レナ。そこは大丈夫です。既に許可はとってある」


「...?」


「はぁ...?」


「...?!」



彼を除き、そこにいる全員は信じられないという顔で彼を見つめた。会議室中の空気が再び静まりきる。


そこで、ジョン • ロックは右の懐から一つの小さな紙を取り出すと、それを全員に見えるようにテーブルの上に広げた。



「これが、その許可証です」



すると、みんなの視線がひとつに集まり、レナは眉間をひそめながらで言った。



「ありえない。そんなバカみたいことに世界防総省が許可を出すはずがない」



彼女はそう言って、彼の方に近づきその紙を手にとって読み始めた。すると、彼女の表情はますます暗くなっていき、やがて紙を握っている腕が垂れ下がった。



「いったい何が起こってる...これは本物だ。AIヒューマノイド10万人を派遣することに、世界防総省が許可するなんて...」



彼女が絶望した顔で一人で呟くと、ジョン • ロックは満足したらしく話を続けた。



「見ての通り、許可は既にとってあります。私はただ、それを皆さんに伝えるために、今日お集まりさせていただいただけです」



その後、しばらく会議室はざわざわと動き始めた。他の人たちも、今の状況が納得いかないようだった。


その間、俯いていたレナは再び頭を上げると、握る手に力を入れ、大きな声で彼に叫び出した。



「まったく何を考えてるんですか!!殺人事件を理由に再び戦争でも起こすつもりですか?」



すると、ジョン • ロックはまったく表情を変えず、むしろ余裕満々な態度で彼女の質問に答えた。



「違います」


「じゃ、何でそんな無駄なことをするんですか...!あなたなら分かるはずですよ。AI10万人が何を意味するのか。もう160年前の出来事を忘れたんですか?それでも、どうして...」



静寂が続いた。誰も言葉を交わすことはなかったが、全員が同じことを考えているようだった。今の状況が正しいと思っているのは、彼しかいないのだろう。


少し経ってから、ジョン • ロックは再び口を開いた。



「私も、皆さんの気持ちは十分理解できます。しかし、さっきも言った通り、これはただの殺人事件ではありません。これは人類の命がかかった重大な事件なのです」


「はぁ...?」


「じ...?人類の命?」



彼の言葉に、そこにいる全員はかなりに衝撃を受けたようだった。誰もがそんなことはあり得ないという顔で彼を見つめている。


そこで、ある若い男の人が手を上げると彼に質問し始めた。



「それって一体どういうことですかね。人類の命がかかった事件とは...かなり派手な言葉を使っていますが、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか」


「そうそう。さすがに誇張がしすぎると思うし、そんな大事なことを私たちのような人たちが知らんって言うのもありえんと思うけどな...しかも、それを私たちを通さず一人で、やろうとしていたこともまったく納得がいかん」


「それは、そうですね...」



その後、会議室にはもう一度沈黙が訪れた。彼が話してくれるのを全員が待っているようだった。ジョン • ロックは相変わらず自信に溢れた態度で話を続ける。



「では、今からその説明に移っていただきたいと思います。ここにいる皆さんも今の状況が理解できないという様子ですしね」


「......」


「さぁ、一回聞いてみようじゃないか。どうやって世界防総省から許可を貰ったのかは分からないけど、その真相が気になるな。人類の命がかかっている?ふざけてるよ。本当」


「確かに...もし、今回の事件が特別だったとしても、一人で世界防総省の許可を得られたという事実自体が怪しいですよね。今回はどんな手品を使ったのかは分かりませんが、さすがにやりすぎです」



ジョン • ロックは自分に注目している皆の視線を全身で浴びながら、カリスマのある声で切り出した。



「殺人事件の犯人の正体は......」


唾を飲み込む音が聞こえ、やがて彼は最後の言葉を発した。


「○○○○なのです」



---



テーマパークに訪れた彼女たちは、アトラクションにのるために列に並んでいた。今日は、なぜか人が多かった。美口 凛は、隣にいるカミラーのことを一回チラッと見ると、声をかけた。



「ね、急に心配になったんだけど。お金ってあるの?」


「...?」



いきなりの質問にカミラーは戸惑ったが、平素を装い質問に答えた。



「あるよ。どうしたの?」


「いや、私お金持ってないからさ...あの時警察が全部持っていったし、大丈夫なのかなって」


「......」



周りに人が多いせいで多くは語らなかったが、カミラーは言葉の意味を把握した。おそらく、まだ不安が残っているのかもしれない。



「でも、ちゃんとお金は持ってるんだね。とっくに何も持ってないのかと思ってたけど」


「......」


「まぁ、多分、誰かから盗んだものだとは思うけど、もし、お金を使う時が来たらお願いしてもいい...?後で返すから...」


「......」



美口 凛の言葉にカミラーは何も言わず、ただ頷いて見せた。なぜか、近くから何となく他人の視線が感じられるからだった。


再び沈黙が続いた。周りは人々の叫びと笑い声でいっぱいだというのに、ここだけが切り離されて別の空間にいるようだった。当たり前だった。二人はまだ、二人で遊園地にいくほど仲がいいわけではないからだ。一緒にここに来た理由というのも、逃げ場を探していたからに過ぎない。づいでに、テーマパークだというから、もう少し休憩を取りたいだけ。


少しして、二人が気まずそうに会話のネタを探っていると、後ろから声が聞こえた。



「あの、すみません。ちょっと詰めてもらえますか?」



すると、彼女たちは自分達が列とずいぶん離れていることに気づいた。気まずい雰囲気のせいで、そこまで頭が回らなかったのだ。美口 凛は、後ろの人に一度軽く謝ると、前に進み始めた。



「えっと、本当にすみません!ね、早く行こう」



美口 凛は、助かったようにカミラーの手首をつかみ、前の列の後ろに並び始めた。彼女はその瞬間、カミラーとのぎこちない関係についてもう一度考えることになった。これから、お互い助け合うパートナになるかもしれないというのに、こんなにも間に壁があっては困る。無論、時間が解決してくれるかもしれないが、それまでどれぐらいの時間と努力がかかるのかは分からなかった。せめて退屈なこの瞬間に携帯があればいいのだが。思わず、ため息をついた。


それから、約30分が過ぎていた。まだ、列が減る気配はない。おそらく、アトラクションに乗るまでは約2時間ぐらいかかりそうだ。夏と冬ではないのが救いだった。もし、気温でも邪魔をしてきたら、耐えられないから。


そんな中、カミラーは長い沈黙にもう堪えられなくなったのか、隣の美口 凛に話しかけ始めた。



「あのさ...」


「うん?」



予想外の彼女の質問に、美口 凛は驚きを隠せず答えた。彼女の方から先に質問してくるとは思わなかった。



「急にどうしたの?」


「私から一つ質問していい...?」


「いいよ。なに...?」



美口 凛は彼女が話してくれるのだけを待った。何を話したいのかは見当がつかなかったが、一応聞くことにした。しばらくすると、カミラーはゆっくりと口を開いた。



「前からけっこう気になっていたんだけど、何で私と一緒にいることを選んだの?」


「......?...それは、もちろん...」



そこで何かもっと言うべきだったが、なぜか言葉が出てこなかった。無論、自分自身はその答えを知っていた。その答えは、「彼女の力を利用して弱い自分から逃れるため」だった。しかし、それをそのまま彼女に言うことはできなかった。きっと傷つくと思うし、これからの関係において邪魔になると思うから。


美口 凛はそのような本音は隠し、勇気を出して彼女に言った。



「...そりゃ、身覚えのない冤罪から助けてもらうために決まってるでしょう?私のこと助けてくれると約束したし...そもそも、カミラーのせいでこうなったんだから。無論、両方とも罪はあると思うけど...でも、それが今どうしたの?やっぱ、ずっと気になってた?」


「いや...今はその話をしてるんじゃない」


「じゃ、何...?何が言いたいの?」


「......」



しばらく沈黙が流れた。美口 凛にはカミラーの話の意図がわからなかった。



「だから、私が言いたいのは、これが危険だと分かっていても、それを受け入れる君の考えが理解しづらいというの」


「...?」


「君なら分かるはずだよ。私が危険な人物であることを。それにもかかわらず、君は私のことをそれほど疑うこともなく、受け入れてくれた。普通の人なら絶対にこんなことはしない」


「...確かにそれはそうだよ。カミラーの言う通り、ちょっとチョロすぎたのかもしれない。だって状況が状況だったしね。でも、あの時の私に選択肢はなかったんだよ?」


「......まぁ、確かにあの時なんとか君を誘うために、あんなことは言ってたけど、結局、知っていたはずだ。いくら、罪が重くても頑張れば何とかなるかもしれないと。もっと頑張って自分が無罪であることを証明すれば、思っていたより早く事件が解決していたかもしれないとね。なぜ、そんな選択を選ばず、私といることを選んだのか私には少し理解できない...」



その言葉を聞いて、美口 凛にはようやく彼女の言葉の意図が分かってきた。つまり、命をかけてまで、なぜ、この終わりのない逃げの道へ参加したのか、納得がいかないということなのだろう。



「でも、なんでいきなりそんなことを聞くの?今、その答えを聞かないとダメ...?」


「......」



カミラーは口をつぐんだ。実のところ、聞いても聞かなくてもどうでもいいことだったが、やはり気になった。何か運命的な力が働いてたのではないかという小さな疑問も、その原因であった。


しばらくすると、カミラーは彼女に言い出した。



「......あの時、私にも聞いたよね?何で私のこと助けに来たのって。だから私も同じく聞いてみたの。何でそれを受け入れたのかって」


「......なるほど。そういうことね...それは全く妥当な判断だと思う」



その後、美口 凛はこれを言おうかどうか迷い始めた。別に言わなくてもいいことだったが、悩んだ結果、言うことにした。なぜか、前歯に力が入った。



「あのね、これ知ってる?」 


「何?」


「一番幸せそうにしてる人が実は一番悲しい人だって...これがさっきの答えなの」


「......」



最初、カミラーは彼女の言葉の意味が分からなかった。なぜ、このタイミングにあんなことを言うのか、まったく見当がつかない。しかし、やがてカミラーは、その意味に気づいたらしく頭を上下に動かした。どうやら、その人と言うのは彼女自分のことらしい。なぜか、最近になって人という生き物に対する見方が少し変わったような気がするカミラーだった。



「あの、さっきの言葉は聞かなかったことにしてほしい...無視して....」


「あ、うん...」



なぜ彼女の頬が赤くなったのか、その理由はカミラーには分からなかったが、言われた通り無視することにした。


そのあとは、無言で待つ時間だけが続いた。人は減りそうになく、二人の仲は親しくなったそうで、そうでもなかった。何かを話すこともなく、ただお互い隣で立っているだけだった。


終わりそうにない長い列に、カミラーはますます退屈さを感じ、動き出すことを決意した。そして、隣にいた美口 凛に静かに言った。



「あのさ、もうこれ以上待つのも辛いし、先の方に移動する?」


「えっどういうこと?ダメだよ。そんなこと。皆待ってるし待たないと」


「......」



しかし、カミラーはそんな彼女が気に入らないらしく、一ため息をした後、そっと美口 凛に体をくっつけた。



「ぐずぐず言わずに行こう」


「...?」



カミラーは、そのまま美口 凛と一緒にどこかに瞬時に移動した。


彼女たちが、再び現れた場所は頂上に向かっているジェットコースターの一番後ろの席だった。後ろ席は、誰も座ろうとしなかったらしく、空いていた。そこを彼女たちが占める形になった。



「ね、ちょっと...!怖いんだけど!」


「......」



強い風が真っ正面から吹いてきた。実は、カミラーがこのような行動をとったのは、人の多い息苦しいあの場所から解放されるためだった。おまけに、周辺から変な動きがあったこともある。


風になびく髪の毛を整理しながら、美口 凛は隣で落下することだけを待っているカミラーに言った。



「終わったら、怒るからね!」



声は風に埋もれたが、カミラーは、誰にも邪魔されない今のこの自由な時間を満喫した。解放感が半端なかった。


やがて、ジェットコースターは絶頂に向かい、ある一点で動きが鈍くなった。嵐前の静けさだった。


一瞬止まっていたジェットコースターは、ついにスピードがつき、今までとは比べ物にならないぐらいの速度でレールに沿って落下し始めた。同時に、人々の絶叫が周りを埋め尽くす。


体が浮く感覚とともに、ジェットコースターに身を任せた。何度レールが曲がったり、一週したのか分からない。だが、大事なのは今のこの瞬間が、今までずっと止まっていた彼女の時間を動かしてくれたという事実だった。


ジェットコースターが上下に素早くエスカレートしていく中で、その光景を遠くから見ている者がいた。いや、正確には者たちだった。金属でできた体を持つそのものたちは、ジェットコースターに乗っている一人だけを凝視すると、その中の一人が口を開いた。



「Subject detected (対象を確認)」



それと同時に、その者たちはこれ以上何かを話すこともなく、まるで事前に約束していたかのように一ヶ所に向かって動き始めた。


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