電脳世界の魔法使い

かるど

Vol.001 後悔しない人生を送るために

 適当な人生を送っていると、遅かれ早かれ後悔することになる。

 あの時もう少し頑張っていれば。小さい頃から勉強していれば。あの子に告白していれば。もう少し上手くやれたかもしれない。今思えば、まわりの大人たちの多くは子どもたちへ、そうならないよう必死に言い聞かせていたことを、希薄な記憶の中でも鮮明に思い出せる。


 なんだか気恥ずかしくて本気を出していなかっただけだ。――違う。できるけどやらなかったのと、最初からやろうとしなかったのではほとんど大差ない。何が違うんだ?そう問われても、何も言い返せない。

 自分は才能がなかったから。――本当にそうか?たしかに自分の限界に到達して、心折れたことがある人も大勢居る。ただ、才能が無いと諦めた人が100人居たとして、その100人全員が心の底から限界に挑んで、人生や時間を掛けて、その末に心折れた経験があるのか。


 ただ一つ言えるとすれば……動けるなら、動いた方がいい。自分のために割ける時間が無くなる前に。打ち込みたいものに打ち込むために必要な身体が動くうちに。協力してくれる人間がいるうちに。

 努力さえできれば、たとえ自分より年下で明確に自分より優れている人間が居ても。確実に自分より少ない努力量で大成した人間が居たとしても。

 ――これなら自分でもできるかも。俺にはこれしかない。僕はあの人のようになりたい。入口はなんでもいいし、年齢だって関係ない。たとえ一番になれなくても、目立てなくても、自分を動かさないと100%後悔する。では、動いたその先は?


 ――やっぱり自分にはダメだった。アイツほどじゃないが俺は意外と強くなれた。僕は理想に届かなかったけど、爪痕は残せたかな。

 努力が結果に至るまでにも、その一言で片付けられない無限の過程が生じる。頑張って頑張って最後にはそれでも折れてしまった人、結果的に最適な努力を積めた人、ポテンシャルはあったが運が悪く結果を出せなかった人。結末は人それぞれで、輝かしいと言えるほどの結末を迎える者はやはり一握りだろう。それでも、胸の中にモヤモヤがある、現状に満足していない、それなら。せめて仕方ないと割り切れるまでは、時を止めずに進め。


 かくいう僕も、凡百のゲーマー。ゲーム大好き、どんなゲームも平均以上はできる。でもぶっちゃけ百人とか千人に一人の実力って、割合的に間違いなくゲームが上手いとは言えるけど、ネットでは探せばすぐに見つけられるし、一番ってわけでもない、割とありふれた存在。

 そんな僕がゲーマーとして凡百なのは、なにかをかけて必死に努力してないからかもしれない。その場合、まー才能があっても無いのと大差ないけど……もしそれが、死力を尽くして変わる可能性があったら。

 やってみないと、やっぱり後悔するはず。逆に……やってみれば、他人さえも惹きつける最高の人生ショーが待っているかもしれない。結果は分からない。


 長ったらしく考えたけど、そういえば挑戦だけが人生じゃないんだった。平穏を求める人、愛を求める人……まぁでも、結局無条件で理想のものは手に入らない。


 ――全ては、後悔しない人生を送るために。



―――――



 2051年初頭、冬から春に移り変わり少しずつ気温が安定しはじめる頃。住宅街から街に出て、平日昼間の人通りが少ない商店街をただ歩いて、コンビニで適当な昼ご飯を買って……そして、歩きすぎて大気に熱を奪われたおにぎりを頬張り、ホコリが少しだけ溜まったベッドに倒れ込みいつものようにスマホを覗き込む。


『新作VRPvPついに正式リリース!』

『妻にいたずらしてみた』

『クソデカ遠足 おやつは3億円までです』


 ショート動画サイトをぼーっと眺めるのは、思ったより何も考えずに済んで気楽だった。

 ……


『猫ちゃんの大好きなパパ』

『Arena of Wizardsのここが面白い!5選』

『精神没入型VRゲームは身体的なハンデが関係なくプレイできて――』


 あとどれくらい経てば立ち直れるのか、自分でもわからなかった。それでも、身体を動かさないとおかしくなりそうで、最近は意味もなく徘徊を繰り返し、警察に補導されそうになることもあった。

 ……

 身体を動かしたい。普段の何倍も、静止が苦痛に感じた。


『Arena of Wizards ベータテスト神プレイ3選』

『レスバに完敗するナツメ』

『AoW、全人類やれ』


 誘っているかのように、とあるカテゴリーの動画が増えていく。


 ――こんな生活にも、そろそろ嫌気が刺してきた。そんな少し自嘲気味な感情がダラダラとくつろぐ僕をベッドから叩き起こす。


 ……運命が足りなかった。タイムスリップして過去からやり直して、また違うことができれば。ここ最近そう考えることは少なくなかったが、最近それらを否定する言葉もまた、僕の頭の内外から入り込んでくる。


 ――違うだろ。


「お前がそうじゃないのは俺が一番知ってる」


 ――僕は十六歳の分際で何言ってるんだ。


「シロハって、昔は楽しんでサッカーやってたよね。あの時みたいに、一緒に遊んでみない?」


 ――まずは、楽しんでから。周りを、今後を見渡すのはそれからでも遅くない。


 僕が今そんな心持ちを取り戻せたのは、心臓病によって小学生時代から打ち込んでいたサッカーができなくなってから半年は経った頃。

 ――僕は、努力する機会をも奪われた。足が動かなくなったわけじゃない。もちろん、手も頭も動く。パッと見では、五体満足と言っても過言ではない。ただ、心臓の動きが不安定だった。命を司る器官に対しては、たったそれだけなんて言えるはずもなく。少なくとも、現実のスポーツからは手を引く他なかった。まあ、必死にやってた上で特別と言えるほどの実力は身につかなかったが。

 それでも、辛かった。いっそ足でももげてしまった方が、割り切れたかもしれない。……そんなことを言った日には幼馴染のハルカに泣きながら思い切り殴られてしまって――それ以降しばらくは気まずくなって交流も少なくなったが、時間が経てばぎこちなさも少しずつ和らいでいくものだ。そんな中で来たのがあのメッセージと、とあるゲームを紹介するURLだった。


【あの時みたいに、一緒に遊んでみない?】


「こちらお名前合っていますでしょうか」

「はい、ありがとうございまーす」


 結論から言うと、僕はゲームにドハマりしていた。それこそ、今後がどうとか考えていないだろう、というくらいに。

 僕が首ったけなのは、精神を電脳世界に潜り込ませて遊ぶVRジャンルのゲーム。心臓病が発覚した今、何にも気を使わずに体を動かせるのはこれだけだった。僕と似たような境遇の人に対する需要から基本的なスポーツをVR仕様にしたものが多く存在しており、わざわざ従来のPvPゲームをプレイせずとも僕のスポーツ欲は存分に満たされていた。


 ハルカも、そういった需要の通りにVRゲームにのめり込んだ僕を知っていたのだろう。だからこそ僕はハルカの誘いに二つ返事でOKを出して、5分で件のゲームの購入を済ませたのだ。そしてそんなやりとりが昨日のことで、既に件のゲームのインストールは終わらせてある。


 果たして、このゲームは俺をどれだけ満足させてくれるのか。


 そして、僕の部屋にあるゲーム機というにはやや巨大な機械。

 台座の上に乗った巨大な金属の卵を思わせるような、冷蔵庫ほどのサイズで楕円形の機械。これこそが精神投影型VRゲーム機、スピリットダイバー。

 精神世界に潜る潜水艦をイメージして名付けられた機械の内部に入り、簡単なユーザー認証を済ませる。


【シロハの認証に成功しました】


 Arena of Wizards。魔法を操る戦士達が3人でチームを組み、競技として最後の1チームになるまで生き残りを掛けて戦うVRオンライン対戦ゲームPvP。『アリオブ』や『AoW』といった略称で呼ばれており、柔軟な対応力が求められるバトルロイヤルと、自分で魔法を作り出すシステムがVRPvPゲーム黎明期の今大きく話題を呼んでいた。


 かくいう僕も気にならないはずもなく、現在約束の時間まであと5分――これまでの間に、夕食の買い出し、食器洗い、自室の掃除、植えているお花への水やり……とりあえず思いつく全てをこなした。


 認証成功を確認した後、ほとんどのタイトルで使用できる、自前のゲーム内アバターを選択し、ゲームを選び、起動。その後意識が混濁し、身体が宙に浮いて運ばれているような浮遊感を覚える。しばらくすればゲームへの精神没入が完了し、目を開けるとそこには石やレンガ造りの建物が並び立ち、武器や荷車といった様々な荷物を背負う人々が行き交う活気に溢れた街が広がっていた。



 ――――まずい、ログインボーナスの消化をしてない!


「シロハ!来たんだね」


 まぁ、いい。また身体を動かせるんだ。寝転がりながら、スマホをポチポチ、キーボードをカタカタ、より僕にはこっちがずっと性に合ってる。


「……キミ、新入りかね」

「おじさん大丈夫!私が全部説明するから」

「そ、そうかい」


 眼の前に現れた二人、一人は幼馴染のハルカ。中学時代、僕がサッカーをやめたのと同じような時期にマネージャーを辞めて、一緒に遊んだことはまだ無いが高校入学前の今となっては俺と同じくゲーマーになっちゃったみたいだ。そしてもう一人、ハルカに強引に押しのけられた老人は?


「今の人は?」

「初ログインした人の眼の前に生成されるチュートリアルじーさんだよ。言ったらすぐ退いてくれるから気にしないで」

「そっか」


 AIと気付けなかった僕は鈍いのか、それとも精巧すぎるのか……まぁ、気にしなくていいならそれまでだ。


「AoWの世界へようこそ、シロハくん。私が、チュートリアル代行してあげるからしっかり聞いてね」

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