#15 神出鬼没の珍客

 高齢男性のお客様がご来店。

「補聴器の電池を買いに来た」

 と言う。

「いらっしゃいませ。電池ですね。只今ご用意致しますので、お掛けになってお待ちください」

 私が電池を取り出そうと引き出しを開けると、手のひら位の大きさのアシダカグモが素早く出てきた。「?」これはどうしたものか? と思ったが、今は接客中なので、そのままスルー。

「では、こちら、幾つ必要ですか?」

 と聞くと、高齢男性は6個と答えた。

「畏まりました」

 お会計をして、品物を渡してお見送り。


 その後も、接客に集中していたので、アシダカグモ(珍客)の事はすっかり忘れていた。


 そして、閉店間際、山っちが床をモップ掛けしていると、

「うわっ! ビクッた!」

 と大きな声を上げた。そして、

「店長、大きな蜘蛛が居ます」

 と店長に報告した。

「え? どこ?」

 店長がそう言いながら近づくと、

「そこです」

 と山っちが指差す。

 私はメガネフレームの整頓の手を止めて、そちらへ行って、指差す先を見た。

「居ますね」

 数メートル離れた場所からも分かるほど大きい。(あいつか)と思うだった。

 昼間見かけたアシダカグモ(珍客)は、フレームが並べられている棚の下の扉の縁の上に居て、棚との隙間に、足を揃えてちょうど収まっていた。変幻自在だ。

「山くん、外出したって~」

 と店長が言うと、

「畏まりました」

 と山っちが言って、ほうきと塵取りを持って来た。それを見て私は、

「それだと逃げられますよ」

 と一言言う。

「え? それじゃあ、どうやって捕まえるの?」

 と店長が聞くので、

「袋ですね。袋にお入り頂くんです」

 と私が答える。

「どんな袋でもいい?」

 と店長が聞くので、

「どんな袋がありますか」

 と聞き返すと、

「ゴミ袋でもいい?」

 と聞いて来る。

「はい」

 と私が答えると、

「○○さん、いける?」

 と聞くので、

「いけます」

 と答えて、ごみ袋を持って来た。

 アシダカグモ(珍客)は、まだ大人しく同じ場所に収まっているので、袋越しでそっと覆いながら指で触れると、すきまを見つけて床へと素早く逃げる。私は再び袋でそっと覆うと、アシダカグモは袋の中へ自ら入る。その様子を山っちと店長が見守る。そして、

「入ったね!」

 と店長が言う。

「はい」

 と私が答える。(どうですか! 私の華麗な捕獲術。見て覚えたでしょ? 次からはご自分でお願いします)と心の中で言う。

「○○さん、外出したって~。山っちくんの自転車のとこ~」

 と店長が言う。

「畏まりました。山っちさんの自転車の所ですね」

 と私が答えると、

「やめてください。それパワハラじゃないですか~」

 と山っちが笑いながら言う。もちろん、これは冗談なので、アシダカグモ(珍客)は敷地内の芝生の上にそっと出して差し上げました。

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