陽葵編 第3話 男気じゃんけんの午後
マスターは言葉を継いだ。
「いや、廃業するわけじゃない。本格的に冬が来れば、赤名湖までバイクで来るのは危険だからね。昨年の冬も閉めていたし、今年も閉鎖しようと思うんだ」
「確かに、この辺は雪こそ少ないですけど、路面の凍結はしますもんね。無理して走って事故なんて、気持ち良いはずの道が台無しですし」陽葵は素直に同意した。
「そこでさ。常連さんや関係者を集めて、閉店前に最後のツーリングを企画しようと思うんだけど、どうだろう?」「いいですね!お客さんも喜びますよ。で、行き先は?」
「まだ決めてなくてさ。陽葵にも相談したい。やっぱり温かい所がいいよな」
「そうなると伊豆か房総ですね。高速を使って一気に南下しないと、秩父や日光はもう寒いですから」
「千葉ならマザー牧場もあるし、海ほたるやフラワーラインも良さそうだな」
「牧場といえば、近場の皆野町ふれあい牧場って手もありますよ」
「皆野?秩父の手前か。あそこなら広い駐車場を貸し切れたはず…舗装は?」
「ちょっと確認してみます」
桔梗がスマホで調べ、さらに電話で問い合わせると、貸し切り可能だとわかった。
「途中で長瀞の川下りも入れれば楽しそうだね」
「よし、それで決定!」
ただし台数が多すぎると収拾がつかない。結局、先着50名までの申し込みとし、店内に案内を掲示すると、すぐに常連が殺到。あっという間に定員は埋まった。
店長、マスター、陽葵に加え、雪乃・桔梗・桜羅の六人が主催者となり、参加者の名簿には桜羅の叔父、県知事・茅正義の名前まであった。
◆◆◆
ツーリング当日。先頭を陽葵と桜羅が走り、殿を雪乃と桔梗が務めた。各グループに分かれて川下りを楽しみ、団子やまんじゅうを頬張り、コーヒーを片手に笑い合う。
目的地の牧場には店長が先回りしていて、軽ワゴンに積んだ食材でホットケーキを焼き、参加者全員に振る舞った。
マスターは「J-House号」で来ると思われたが、万が一に備え軽トラでの参加。脱落者が出た場合のサポート役だった。
牧場では動物と触れ合う者、バイク談義に花を咲かせる者、それぞれが思い思いに過ごした。
やがて日差しの温かさに誘われ、ソフトクリームを賭けた「男気じゃんけん大会」が始まった。十人ほどのグループで行い、最後まで勝ち残った者が全員分を支払うという、妙なスリルのある勝負だ。
茅正義県知事は22人という大所帯のグループに加わり、何と最後の二人まで勝ち残ってしまった。
相手がチョキを出した瞬間、茅は力強くグーを突き上げた。「うううっ、いくらだ!? 七千七百円!? これでうちのキャベツアイスより不味かったら承知しねぇぞ!」苦々しい顔と豪快な声に、周囲は大笑いとなった。
晩秋の高い空の下、ウインカーの合法性やマフラーの音質を巡ってのバイク談義は尽きることがない。
帰路は上り組と下り組に分かれ、下り組はその場で解散。
店長は一足先に戻り、茅を連れて夜の一献に出かけるつもりらしい。
上り組27名は、高前ICまでは陽葵と桜羅が先導し、雪乃と桔梗が殿を務めていた。
ところが、高速に乗ってすぐのことだった。五台前を走っていた大型トラックが突然クラクションを鳴らし、直後に「ギャジィィーン!」という金属音を響かせて急停止した。慌てて前方を伺うと、軽乗用車がトラックに追突され、側壁に弾き飛ばされて横転していた。
幸い追い越し車線は空いており、先行車の数台はそちらへ逃げていった。だが前方には横転した車と立ち往生するトラック――。
陽葵編 最終話へ続く…
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