第三話 団欒と予兆

_時同じくして 南ルーエ平原・メミユ町・喫茶ポーラー_

 

 青と黄色の本を持っているのに本を売ってなさそうな中古店を出た後、キョウカとヒノエはとある喫茶店に落ち着いた。

 窓辺の席に座り、テーブルを挟み向き合っている。


 「ふぅ...それで?何があったの、お嬢ちゃん。」

 「いやぁ面目ない。。恥ずかしいばかり...本当に、助かった。」


 にこやかに話すヒノエとは裏腹に、キョウカは深々と頭を下げた。

 

 「いやいや全然ゼンゼン、大したことないって...ほら、ご飯来たよ」


 そういうとキョウカはガバッと顔を起こし料理の乗ったプレートを受け取った。

 そして店員に少し頭を下げ、急いでフォークを握った。


 「いただきます!」


 キョウカはその料理を急いでいた割にはゆっくりと食べ始めた。

 注文したのは白身魚のムニエルとその付け合わせ、そして貝のスープだ。


 

 「ふふっ...」

 「?どうした」

 「いや、随分美味しそうに食べるからさ」

 「ああ。美味しいからな」


 キョウカは相変わらず魚の身をほぐしている。もう片面は食べ終わり背骨を外したところだった。


 「魚、好きなの?」

 「イエス、柔らかいし、じっくり食べれるから好きなんだ。」


 それを聞いてヒノエはまたふっと笑った。




 魚を平らげ、スープを飲み干したところで、ヒノエは一息つき、話を始めた。


 「それで、本題なんだけどさ。何があったの?」

 

 キョウカはとりあえず今までのことを一通り話した...



 「...つまり、大規模な迷子かな。」

 「そうだな。」

 「そうなんだ。」


 ...


 「どこから来たとかは覚えてる?」

 「ああ、それは...こことは明らかに違う場所なんだけど...何といえばいいか...」

 「...というか、その服からして全然違うところだよね...外国のどこか...いやでもそんな国ないのか...」

 「ちなみに目覚めた場所は...ここのすぐ近くの遺跡です...」

 「ここから外国近くても50kmはあるよ...」


 ...


 「ダメだ!なーんにもわかんない!」

 「いやあ...すまない...」

 「ああごめんごめん。謝ることじゃないよ。仕方ない仕方ない!」



 結局二人はお手上げ状態。ヒノエはもちろん、キョウカすら何もわからないのだ。

 

 「いやでもどーするかなー…放っておきたくはないし…」

 

 ヒノエが頭を悩ませていると、その前にコーヒーがコトっと置かれた。

 ふと上を見ると、エプロンをつけ、トレイを抱えたイケおじがいた。


 「よっ、困ってるみたいだね〜」

 「おーマスター!元気してたか?」

 「バッチリよ。腰も良くなったし、しっかしずいぶんとデカくなったな〜いつぶりだ?」

 「いや2ヶ月ぐらい前も来ただろ。何10年来の再会みたいな空気出してんだ」


 そのマスターと呼ばれた人はヒノエと談笑を始めた。相当仲が良いようだ。

 

 その様子を見てると、私の前にもスッとコーヒーが置かれた。

 今度は若い青年が持ってきてくれたようだ。


 「これは…もらっても良いものかな?」

 私はその青年に聞く。


 「はい!サービスですので」

 力強いピースサインと共に返してくれた。


 では早速、とコーヒーを啜ってみた。

 …実のところ、私はコーヒーに関しては疎い方なのだが、そんなのでもこれは美味いと感じた。爽やかで喉にもスルスルと入ってくる。香りも芳醇ホウジュンで、正直苦手だった豆を火で炙ったような渋みもない。それに後味も良い。

 悩んでいた私の頭をすっきりさせるには十分すぎるほどの、ぴったりの1杯だった。


 私に続いて、ヒノエもコーヒーを飲んだ。しかし彼は顔をシカめた。

 かと思えば笑って、マスターの方を向いた。


 「いや〜。相変わらずにっがいね〜ちっとも成長してないな」

 「そんなこと言って、まだ舌がお子様じゃないのか?」

 「そりゃないでしょ。でも、懐かしい感じするよ。この味」

 「そんならよかった」


 相当苦いとはどのような味なのだろう…

 でもそうか。このコーヒーを淹れられる人でも、客の気持ちを考えてあえて懐かしい、成長していない味を提供したのか。

 相当なお方だな。このマスターは。


 「ってかさ、このコーヒーキョウカちゃんにも出したの?」

 「ああいやいや。嬢ちゃん向けは、こいつが。これがまた上手いのよ。こりゃあね、プロ級だよプロ級」

 

 そう言われた青年は照れたように頭を掻いた。


 「うちはね〜コーヒーだけ、コーヒーだけは無理で。どうしようかな〜とこいつにやらせてみたら、美味かったのよ。いやもうびっくりしたね〜あんなん無理ですもん」

 「ほんとに成長してないな〜マスター」

 

 …本当に淹れられなかったんだ。買い被りすぎたか。


 「ってかあれ、ミッカ⁉︎これは本当に大きくなったなぁ〜気づかなかった!」

 「ああ、どうも。というかあの、こちらのお姉さん置いてけぼりになってますけど…」

 「ああ、ごめんごめん。紹介するね」


 ヒノエはようやくこちらに気づいてくれた。

 青年ミッカ、ナイスだ。


 紹介されると聞いたミッカとマスターは少し下がり位置を整えた。特にマスターはエプロンやら髪やらを整えてバッチリキメようとしている。

 

 「こっちが、スルギ・ウィーチさん。ここ、「喫茶ポーラー」の店長で、昔っからマスターって呼ばれてる」

 「どうも、コーヒー淹れるのが下手な方です。以後よろしく!」


 そう言うとマスターは顔の前に手をカザした。

 ヒノエは少し笑っている。

 

 「んで、こっちのコーヒー淹れるのが上手い方が、ミッカ・ウィーチ君。マスターの子供で、この前来た時は見なかったんだけど…」

 「あ、2週間ほど前から、ここで店員やってます、料理では流石に父さんに負けるけど、コーヒーだと、負けないんで!」


 ミッカはそう言ってさっきと同じようにピースサインをした。


 二人とも明るく面白そうな人で、話を聞いてるだけでこっちまで楽しくなってきた。

 いきなりのことで色々戸惑いはあったが、どうやら人には恵まれているようだ。


 「それでは、こちらも。サガ・キョウカだ。よろしく」

 

 私も自己紹介を返す。そしてそれからは4人で他愛もない話をして、少しの時間を過ごした



 

 「_そういえばなんか困ってたみたいだけど、どうかしたの」


 スルギが話を振る。本題に入るようだ。


 「ああそうだった。この子のことなんだけど、ここの近くで急に目醒めたばかりで、何もないみたいで...」

 「ああー、そういうことだったのか...大変だねえ、嬢ちゃん」

 

 スルギは心配してくれているようだ。ミッカも、私の方を見ている。


 「...まあ俺にはできることも少ないしよ、こいつと違って。でももし何かあったら、いつでも頼ってくれよな。」


 マスターは胸を叩いてそういった。頼もしい人だ。


 「ああ、ありがとう。覚えさせてもらうよ。でも、こいつと...ヒノエと違ってというのは?」

 「あれ、聞いてないのか?こいつ総合兵団の偉い人なんだよ。あ、総合兵団ってのは、国を守ってくれてるところね。」


 初耳だ。そんなすごい人だったのか、ヒノエは。


 「いやいや偉いだなんて、やってることはただの視察だから。その視察も半分旅みたいなものだし」

 「いやーでも聞いたぞ~、今すっごい奴と戦ってるって」

 「...それって、もしかして”魔女”...ですか?」

 

 ミッカがおもむろに口を開く。


 「魔女...というのは?」

 

 私もヒノエに聞いて見る。



 「...なるべく言いたくないんだがなあ...まあ気を付けるに越したことはないし...わかった、話そう。」


 そう言うとヒノエは姿勢を正し、神妙な空気で話し始めた。


 

 「最近、この国で”魔女”と呼ばれる怪物がいて、人を殺して回ってるんだ。今のところ3体見つかっていて、海の方とか、西の方とかだと、目撃情報がたくさん出てる。こっちの南の方はまだ少ないけど、いつ襲ってくるかわからない。俺はそれで各地を視て回ってるんだ。」

 「そうですか...大変なお仕事をされてるんですね...」


 ...場が重い空気に変わった。

 この団欒ダンランの裏では、誰かが人を殺し、誰かが死んでいるのだ。


 「...まあね!皆が笑顔でいられるための兵団だし、俺たちが解決するよ、絶対!」

 「、そうだな。お前ならやれる!頑張ってくれよ、ヒノエ!」


 マスターはヒノエのことを信じているようだった。私も出会って少しだが、信じられる。



 その時、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。

 見ると、そこには紙を加えた白い鳥が窓につかまっていた。


 ヒノエは窓を開け、その紙を取った。鳥はありがとう、と呟かれ頭を撫でられると、またどこかへ飛んで行った。

 「それは?」

 

 マスターが聞く。


 「伝書鳩だよ、兵団からの。えーっと...?」


 ヒノエはその手紙を読んでいたが、見る見るうちに顔色が変わっていった。読み終えるころにはすでに荷物をまとめていた。


 「ごめん、用ができた。これお代。お釣りは取っといて」

 「ちょちょちょ...どうしたんだそんな慌てて」

 「噂をすればってやつだ...魔女が出た。この近く、ネイト川方面。おそらくほかの視察兵が送ってきたんだろう」

 「そっか...オーケー、頑張れよ!」 

 「おう、じゃ!」


 そしてヒノエは足早に店を出て行った。



 

 私は店に残った。が、肝心のアテがいなくなってしまった。これからどうすれば良いのか...


 そうしてテーブルに向き直ると、ヒノエの座っていた椅子に1枚の手帳が置いてあった。

 

 「これ...あいつのか?」

 それを取りマスターに尋ねる、と、マスターも血相を変えた。


 「これっ...チョッあいつ...まじか...!」

 「大事なものなのか?」

 「大事も何も、兵団手帳だよ!これがないと公務も何も...それどころじゃなくなっちまう!」


 ...口実ができた...といえば聞こえは悪くなってしまうが、正直言ってありがたい。

 アテに近づくチャンスだ。


 「それ、私が届けてくるぞ」

 「ああ...そうか、頼む!」


 

 私はマスターから手帳を受け取り、ヒノエの後を追う。

 

 


 そして店内。


 「...行っちゃいましたね。」

 「ああ、なかなか落ち着けないねえ...」


 しばらくの沈黙が続いた。ミッカはやることもなく皿を洗おうとした時だった。


 「あ!」


 マスターがいきなり叫んだ。


 「どうしたんですか?」

 「キョウカちゃんここら辺のこと知らない!」


 「...あああ!」




 

_11時10分 ネイト川付近_


 2人の前線視察部隊が、高台のやぐらから海付近を監視していた。

 しかし周りは平和そのもののようであった。

 海岸には堤防もあり、そう何か起こることはないだろう。


 「なあ。」

 「なんだ~?」

 「我々は何をやっているのだろうかね」

 「兵士という立場に乗っかってるだけの愚行」

 「そうだな~」

 「前線とか言い風に言ってるけど”何もやらんくて良いですよ~”って言われてる物だしな。」


 そうして男たちは隅に置いた瓶コーヒーと牛乳、あとはパンなんかを食べていた。

 昼間っから酒を吞むことはできないか~とか思ってるのだろう。


 そんな時、1人の視界の端にちらっと、海に浮かぶ動く影が見えた。


 「ん?なんだあれ」


 すると、その影は大きくジャンプし水門を飛び越え、ものすごい衝撃と轟音を伴い着地した。


 「...魔女だ。高く飛ぶ習性をもっている。場所はネイト川河口、ローラ海岸付近。門が突破された。奴は北へ向かっている模様。川の上流にはエール村がある。急いで避難誘導に当たってほしい」

 「おい...何を言って...」

 「伝書鳩だよ!連れてきてるだろ、それが俺らの仕事だ!早く!」

 「あ...ああ!」

 「鳩飛ばしたら俺たちも向かうぞ!」

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