第15話
「どうしたっ!?」
ガルドー達について行く形で村の中央に向かうと豪華な馬車が止まり、周囲に数十人の武装した集団が並んでた。
そして、その傍に倒れている村人がおり、口元に血が滲んでいるのが見て取れた。
『チリちゃん、どういう状況!? 急にモザイク入ったんだけど!?』
どうやら配信上ではテラスティアが気を利かしてくれたのか規制を入れてくれたらしい。
「何があったんですか?」
近くでオロオロしている女性に尋ねる。
「それが……。やっとの思いで準備した年貢だというのに、これでは足らないと言い出して。村長が交渉しようとしたら一方的に……」
「何だと!? 言われた通りの量を用意しておいたはずだぞ!?」
ガルドーはチリよりも先に反応すると、今にも武装集団に突撃しそうな勢いだ。
「ガルドーさん、ダメだよ! あれはただのお役人じゃないの! 領主の息子なの!」
声を掛けた女性はガルドーを制止すると、ひとりの毛並みも身なりも綺麗な長毛種の犬系獣人に視線を向ける。高貴な人物なのだろうことは見て取れるが、だらしなく感じるでっぷりした体型で全てが台なしになってるという印象は否めない。
「な!? なぜ領主の息子が?」
「分からない。でも、下手に動いたらマズイことになるのは間違いないわよ」
「ぐっ!」
「ふんっ。貴様らみたいな流れ者を住まわせてやってるだけでもありがたいと思え! 我がオーセン家の領地で暮らせることが幸せなことなのだ!」
領主の息子は光沢を持った茶色の毛並みだけみるとモフりたくなる見た目なのだが、顔つきは獰猛さとアホっぽさが入り混じって感じるのは若干の偏見も含まれるかもしれない。
「しかし、これ以上は我らの暮らしが成り立ちませぬ。どうか、どうかお慈悲を」
「貴様らの暮らしなど知ったことか! このところクリューレイド共和国との国境付近が騒がしくてな。しかも我がイヴァラー領は北のセレスティアル王国との国境とも面しておる。兵糧の確保は急務なのだ! 貴様らもようやくクリューレイドから逃れてきたのであろう? また彼の国に戻りたいのなら止はせぬが、そうなれば、ここでの暮らしより酷いことになるのは分かっておるのではないか?」
——北?
領主の息子とやらの語る言葉にチリは率直に疑問を持つ。
何故なら、ここに来るまでに方角だけは気にかけていたからであり、ここから北には遠くに山脈が見えたからに他ならない。しかも、遠目にも険しい山の連なりであることは明白で、おそらく簡単に越えることは出来ない山々であるからこそ国境となったのではないかと即座に思い至ったからだ。
「あの~。北の国境って、山脈になっているんじゃないんですか?」
先ほど尋ねた女性に再び問いかける。
何となくガルドー達よりも話しかけやすいというだけの理由だ。
「そうですよ?」
尋ねられた方も何をそんな当たり前のことを、という反応だ。
「もしかして、魔法で簡単に山を越えて攻め込んできたりするんですかね?」
「そんな便利な魔法があったら、あのボンクラ貴族が領主をしているはずないじゃないか。魔物の巣窟である山脈のせいで近寄ることもできない不毛の地と禁則地に挟まれ、東のアトラ領に資源豊富な美味しい所は全部持っていかれた出がらしみたいな領土だよ。こんな辺境の地、セレスティアル王国がわざわざ山を越えて攻めてくるものか」
チリの問いにガルドーが割り込んで忌々し気に答えてくれる。
「でも、セレスティアル王国が攻めてくることはないにしても、クリューレイドに攻め落とされるよりは……」
ざわざわと村人も戸惑いを口にして従うべきか反抗すべきかを論じ始める。しかし、その言葉が形を成して誰かに届くことはない。
不安と反骨が空気中に溶け出し場の雰囲気も濁っていく。じわじわと濁りは周囲の獣人に溶け込み更に不安と反骨を生み出していく。
悪循環だ。
領主の息子とやらもニヤニヤと結論を待つだけ。
最後には自分に従わざるを得ないことを知っているからだ。
「嫌らしいねえ。あのボンクラぼんぼん」
すぐそばからカナエの声がチリの耳に届いてきた。
「そうですね」
何かしてやりたい。しかし、自分はただの旅人であり、傍観者。この村とは何の関わりもない赤の他人でしかないのだ。
ぎゅっと拳を握り締め歯がゆさを閉じ込めるが、ふと違和感を覚える。
「え⁉ カナエさん! なんで、ここに!?」
先ほどから声は聞こえていたが、存在感は変わったなとは思っていた。
それもそのはずだ。
いつの間にか隣に立っているのだから。
これにともない、配信のコメントは更に爆発的に増加する。
「んー?〈Vライバー降臨〉ってこっちからでも干渉できるもんだね。ああいう輩には黙ってられないタイプなの、よく知ってるでしょ? 何かムカついてたら来ちゃってたわ。てへ」
チリと目を合わせ、ワザとらしくペロリと舌を出して見せる。
「てへ、って」
「な……なんだ、この男? 女? は……、どこから現れた!?」
チリが驚く以上に周囲の獣人達は驚きを隠そうとしない。
そりゃそうだ。
ただでさえ特異な状況下にあって、場違いこの上ない人物が忽然と姿を現したのだ。タネも仕掛けもあるが、それは女神による奇跡の御業。
獣人達が感じ取ることができるはずもない。
「何だ? 騒がしいぞ! 我らの方針に異を唱えるつもりか?」
チリの周辺で立ち上がった喧騒に領主の息子は面倒臭そうに声を上げる。
しかし、これに答えたのは獣人の誰でもなかった。
「方針? 民草を駆逐するのがお前らの方針? 笑わせてくれる。そりゃ、こんな辺境の場所にしか居場所がない訳だよ」
「ちょ……、カナエさん!」
チリにとっては配信で良く見る一コマであるが、今の状況で首を突っ込むべき事案ではないことは明白だ。
だが、しかし。言葉と反応に相反して湧き上がる期待感があるのも事実であった。
珠栄カナエとは、良い意味で空気を読まない。読めないのではなく、読む必要がないほど自分で空気を支配する。
そうやって悪い空気をぶち壊せる稀有な存在なのである。
「貴様! 人間風情がこの由緒正しきオーセン家を侮辱するのか!?」
「オーセンだかオンセンだか知らないけど、領主が領主たりえる唯一の理由は何だか分かってるのか? いや、貴族が貴族たりえる理由を分かっているのか? 貴族システムがあるのか知らんけど」
腕っぷしが強そうには見えない姿。
男とも女ともとれる見た目の人物がズイと進み出てくるのを目にし、領主の息子は何故だか気圧されていた。
カナエは笑みを浮かべた表情ながら、その目に宿る不遜な光。その眼光が自分の全てを見透かすような不気味さがあるのだ。
「わ……我がオーセン家は王家の血筋に連なる。それ以上の正当な理由など必要なかろう?」
マントを見せびらかせるように広げて見せると、そこには立派な紋章がデカデカとあしらわれている。
2人には何を意味するのかサッパリ分からないが、どうやら王家とのつながりを示すデザインであるらしい。
「やっぱり、ただの馬鹿だったか。血筋なんぞに何の意味があるのさ。貴族が貴族であるために必要なのは血筋でも立場でもない。目の前にいる民があればこそ。そんな当たり前のことも分からずに民を虐げるって、呆れてボクが出てきちゃうってもんだよね」
「き、き……貴様ぁ。好き勝手言いよって……」
「お? 怒った? 図星つかれて怒っちゃったかな? そんなボンクラ君に宣戦布告だ!
この村は独立を宣言する!
さっき言ってたよね? ここを離れることを止めはしないって」
「は? な、何を言って……」
「簡単な理屈だよ。お坊ちゃんの命令は聞けないし、そもそも命令に従える収穫もない。それでも無理難題が引っ込む気配はない。そちらとしては最初から切り捨てて見捨てる気満々だったんだろ? ここには居られない。だからと言ってクリューレイドに戻る訳にもいかない。じゃあ、ボクたちとしたら独立国家を作っちゃうしかなよね?」
カナエはさも自分がトドバンの村の代表であるように身振り手振りを交えて説き伏せていく。その話術はまるで魔法でも扱っているような説得力を持つ。
チリも思わず聞き惚れてしまうほどだった。
この後に飛び出した言葉を聴くまでは……。
「という訳でチリちゃん。王様になりなよ」
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