第4話 秘密の共犯と、消えたペンケース


​「ペンケースを、全部入れ替える?」

​七瀬遙の提案は、あまりにも無邪気で、そして楽しそうだった。


​「僕が時間を止めている間に、君が動ける。これは、僕たちだけの最強の能力だ。もっと大それたことに使えるはずだろう?」


​僕はそう言ったが、七瀬は首を横に振った。


​「大それたこと、じゃなくていいの。だって、みんなが止まっている中で、誰にも気づかれずにちょっとしたイタズラをする。それって、すごくわくわくしない?」


​彼女の瞳は、まるで悪戯を計画する子供のように輝いていた。

​僕は、これまで時間を止める能力を、面倒なことから逃げるために使ってきた。誰とも関わらない、僕だけの世界。でも、彼女は違った。この能力を、「世界との、秘密の遊び」に変えようとしている。

​結局、僕は彼女の笑顔に折れた。


​「わかったよ。ペンケース、入れ替えるぞ」


​次の日の放課後。


​「タイムストップ」


​僕は能力を使い、世界は止まった。教室には、昨日と同じ、微動だにしないクラスメイトたち。


​「じゃあ、スタート」


​七瀬は、楽しそうに笑い、自分の席から立ち上がった。

​彼女の動きは、とても軽やかだった。止まった生徒たちの間を、すり抜けるように歩いていく。


​「誰のペンケースを、どこに?」


​僕は指示役となり、七瀬は実行役だ。


​「まずは、あのガリ勉の田中と、いつも寝てる佐藤のペンケースを交換!」


​七瀬はテキパキとペンケースを入れ替えていく。僕は、止まっているみんなの顔を見ながら、なんだか妙におかしかった。


​「次は、あの女子グループのリーダーと、ちょっと地味な子のを……」


​僕たちはまるで、二人だけの秘密のゲームをしているようだった。止まった世界で、僕と彼女だけが動いている。この異常な状況が、僕たちの距離を急激に縮めていった。

​一通り入れ替えが終わった後、七瀬は僕を見て言った。


​「ねえ、私のペンケースも、どこかに隠していい?」


​「え?」


​「私、ペンケースがなくなったことに気づいて、どうしようって慌ててみたいの。ね、面白そうでしょ?」


​僕は少し躊躇したが、彼女の無邪気な笑顔にまたしても頷いてしまった。


​「……わかった。じゃあ、誰も見つけられない場所に隠すぞ」


​僕は七瀬のペンケースを受け取り、教室の隅にある、誰も開けたことのない古いロッカーの一番奥に、それを隠した。

​そして、七瀬が自分の席に戻るのを確認してから、僕は能力を解除した。


​「再開!」


​世界が動き出す。音が戻り、クラスメイトたちがゆっくりと動き始めた。

​そして、翌朝。教室は、ちょっとした騒ぎになっていた。


​「あれ?私のペンケースがない!」


「田中、なんでお前のペンケース、佐藤の席にあるんだよ?」


​教室のあちこちから上がる、混乱と笑い声。

​七瀬は、自分の席を見て、「あれ?」と小さく声をあげた。そして、周りの騒ぎを見て、楽しそうにクスクスと笑い始めた。


​僕だけは知っている。その笑みが、僕たち二人だけの秘密から生まれたものだということを。

​だが、その時、隣の席に座るクラスメイトの男子が、顔を真っ青にして声を上げた。


​「おい、聞いてくれ……!七瀬のペンケース、誰が盗んだんだ!?」


​そして彼は、手に持っていた七瀬のペンケースを、僕の机の上にドンと置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る