この勇者の防御力は鉄壁だ ―ただし服を脱いだ場合に限る―
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第1話 ろくでもない力
豪華絢爛という言葉がぴったりな神殿の中央で、スウェット姿の短髪の男性がポカンとした顔で立っていた。
状況を飲み込めていない様子だが無理もない。
先ほどまで惰眠をむさぼっていたのに、気が付けば身に覚えのない場所だったのだから。
彼の名は佐藤太郎。
どこにでもいるサラリーマンだ。歳は三五歳。独身。中肉中背でこれといった特徴は一目では分からない。
「えっと、もう一度言ってもらっていいですか?」
高くそびえる彫刻の施された大理石の柱。天井に描かれたヴィーナスの誕生のような絵画。窓の外に広がる無数の星々が煌めいている。
目を奪われそうな光景に目もくれずに、数段高い位置に立っている金髪碧眼の、いかにも女神らしい姿をした女性を真っ直ぐ見ながら話しかけた。
見事な彫刻や天井の絵画よりも、もっと重要な話が進行中で、まさにこれからの身の振り方が決まろうとしているのだ。
女神は太郎の視線を受け止めると、優雅に両手を広げながら二コリと微笑んだ。
「女神に選ばれし勇者太郎よ。これから――」
「いや、そこじゃなくて、最後のところです」
このやり取りが二度目となる太郎は、話す女神を遮って重要な部分を早く言うように急かした。
ここからしばらくの間、太郎からすれば別に聞かなくてもいいような世界の歴史が続いていたからだ。
「……あなたに特別な力を授けます。脱げば脱ぐほどあなたは硬くなり、最終的にはすべての攻撃をはじき返すほどの防御力を得ることができるでしょう。まさに鉄壁。最強の盾と言えるスキルです。この力を以て魔物に苦しんでいる者たちを救うのです」
太郎は自分の耳を疑ったが、先ほどと一語一句違わぬ同じセリフだった。今一度、しっかりと聞いたところで、やはりよく分からない。
女神が言っていることは理解はできる。早い話が、勇者になって世界に蔓延る魔物を倒しに行くということだ。
ただ、意味が分からないのは授けられた力の、スキルのこと。
「まあ、急な話ですけど勇者が魔物を退治して世界の人を助ける……ってのは分かります。それに、スキルで防御力が上がるという力には何の問題もないです。守護者みたいでカッコイイですし。ただ、『脱ぐ』って所がちょっと……意味が……」
女神の言う鉄壁の防御力を得るために脱ぐ。
普通は、それを得るために装備などを着込み身を固めるのが常識だ。
そして女神は『脱ぐほどに』と言った。
「つまり、装備品や服を脱ぐほど防御力が上がると言うことは、最初から薄着……例えば下着姿だと意味がないと言うことでいいですか?」
「素晴らしい理解力ですね。さすが勇者に選ばれし者です」
しかめられた太郎の表情とは真逆に女神の顔は明るい。
まるで人選が完璧だったとでも言いたいのか、ニコニコと微笑みながら女神は続けて話す。
「この危機的状況の民を救うためには、貴方のような勇者が必要なのです」
両手を大げさに広げると、女神の長い金髪がふわりと舞った。
太郎は女神に目もくれずに、腕を組んで考え込む素振りを見せている。何といえばいいか、言葉を選んでいるようにも見えた。
「そういうのに憧れていなかった訳じゃないんで、勇者として頑張るってのは、まあいいんですけど。……いいんですけど、戦いが始まってから、服を脱いでいくんですよね? それって…………ただの露出狂の変態野郎じゃないですか?」
考えた結果、導き出された答えがこれだった。
太郎の暴言とも取れる言葉に、女神の表情が凍り付く。
「変態……言うに事欠いて露出狂ですって……」
わなわなと震える女神の声は氷のように冷たくなった。さすがにマズイと思ったのか、太郎は必死に説明をする。
「ちょっと考えてみてください! もし仮に! 仮にですけど、大勢の人で賑わっているところで魔物? との戦いが始まったとしましょう。スキルを使うために大勢の人が見てる中、服を脱ぎ始めるなんて傍から見てもどうかしてるでしょ! いくら防御力が高くても社会的に死んでしまいますよ!」
今から行く世界はどうか知らないが、現代を生きる太郎は周りの目にすごく敏感と言える。何かあればすぐにSNSに晒される時代だ。
ただ、女神は心配いらないとでも言うのか、首を力強く横に振った。
「問題ありません。数百年前に送り出した
「大昔と現代の道徳観の違い!!」
「…………ふぅ」
太郎の叫びに、女神は黙って見つめたかと思えば、深いため息をついた。何もわかってないな、といった呆れている雰囲気をひしひしと感じる太郎だが、実際問題分からないのだから仕方ない。
「確かに表面上は、少しばかり扱いづらく、難がありそうな力に見えるかもしれません」
表面どころか骨の髄まで難があるように見えるが、太郎は黙って聞いている。
「この力は古の勇者たちよりも、さらに昔から引き継がれてきた高貴な能力です。彼らは賢明でしたので、使い方を工夫していました。その工夫により、与えたスキルを使いこなしたのです」
「工夫? どういう感じのですか?」
そういう重要なことは早く言ってほしいと、太郎の顔に真剣味が増した。自然と身体が前のめりになる。
露出を抑えつつ、服を脱ぐだけで鉄壁の防御力を得られるなら、このスキルはかなり優秀だ。
例えば、魔物の群れに単騎で突っ込んだとしても、無傷で帰って来ることができるし、襲われている人がいれば身を挺して守ることもできる。派手さは無いが、勇者として十分に活躍できる可能性を秘めていると言ってもいい。
そして、女神が口にした古の勇者たちの工夫とは――。
「パーティを同性ばかりで固めたのです」
太郎は手を額に当て天を仰いだ。真剣に聞いて損をした。何ひとつとして解決していない。
男ばかりの中で脱ぐのも、それはそれで違った方向で問題がある。結局のところ、公衆の面前で脱衣することは変わっていない。
「結局、ただのストリップショーじゃないですか……」
「失礼な!」
「いたっ」
女神がデコピンのように指をはじくような仕草をすると、離れた位置にいる太郎の額に軽い痛みが走った。
痛む額をさすりながら太郎が口を開く。
「それ以外に何か技や魔法のような物は無いんですか?」
勇者として世界を渡るのだ。変態スキル以外に何かあっても罰は当たらない。
「それは勇者太郎の頑張り次第でしょう」
露骨に太郎の顔が歪んだ。
生まれてから今まで「何とかなるだろう」の精神で、のらりくらり生きてきた太郎は、できることなら努力はしたくない。楽して簡単に強くなりたいと思っている。
「えぇ……。何かサービスとかって……」
「十二分な力を与えています!」
ぴしゃりと言うと話題を変えるように女神が柏手を打つ。
「力はすでに授けました。このスキルを使うも使わないも、勇者太郎……あなた次第ですが、この世界の民を魔物の手から救えるのはあなただけなのです。どうか人類に安寧を……。脱衣の勇者太郎」
「そのネーミング! 悪意の塊じゃねえか! 違う意味の勇者に聞こえるだろ!」
次第に、よそ行きの丁寧な物言いから、太郎の素の口調が顔を覗かせる。
脱衣の勇者。なんとも強さが伝わらない通り名だ。
『見ろよ、あいつあんな場所で脱いで戦ってやがる。勇者すぎるだろ』
『勇者が勇者してやがる』
などと、第三者からの蔑みと哀れみの視線が突き刺さる姿を、太郎は簡単に脳内再生することができた。勇者の『勇ましい』という字が、違う意味にしか取ることができない。
まだ女神に言いたいことが山ほどある太郎だったが、お構いなしに女神は太郎を送り出す準備を始める。何やら小さく呟いたかと思うと、太郎の身体はまばゆい光に包まれて宙に浮かび上がった。
これから起きることを説明されなくても、何が起きるか大体察することが出来る。
「それでは、活躍を期待しています。あなたならきっとやり遂げられるでしょう」
「待って! まだ話が、あっ、せめて脱ぎやすい服装で――」
言い終えるより早く、太郎の姿は神殿から消えたのだった。
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