第二話 コントロールと快速球

 四月十四日、午後三時二十五分、山取東高校硬式野球部グラウンドのマウンドの手前に、一仁をはじめとした新入部員が一列に整列し、順番に自己紹介する。


 雅彦の自己紹介が終了し、拍手が起こる。


 やがて拍手が落ち着き、一仁の番が回ってきた。


 目の前の上級生からの視線を浴びながら、一仁はゆっくりと口を開く。


隹海とりみ中出身、渡一仁です。武器は、ピッチャーを含めた九つのポジションすべてをこなせることです。兄、渡正仁の名に負けないよう、がむしゃらにバットを振り、ボールを追いかけます。これからよろしくお願いします!」


 一仁が深々と頭を下げると、上級生から大きな拍手が沸き起こる。


 上級生は、正仁からこの春に弟が山取東高校に入学するという話を耳にしていた。


 一仁は上級生から沸き起こる歓迎の拍手を受けながらゆっくりと頭を上げ、正面を見据える。


 目の前には笑顔で新入部員を、そして一仁の入部を拍手で歓迎する上級生の姿があった。


 やがて、主将を務める西山純一にしやまじゅんいちが一仁に歓迎の言葉を送る。


「よろしくな! 一仁君!」


 一仁は純一と視線を交わすと頬を緩め、首を縦に振る。


 それからすぐ、上級生から次々と一仁に向けて言葉が届けられる。


 これは、一仁が正仁の弟だからではない。


 仲間として、ライバルとしての歓迎の言葉だった。


 一仁は上級生からの歓迎の言葉に「ありがとうございます」とこたえるように再び首を縦に振り、センター方向から吹き抜ける追い風を浴びた。



 午後四時二分、ウォーミングアップを済ませ、一仁はクラスメイトでもある大西辰巳おおにしたつみとキャッチボールを開始した。

 

 右手で握ったボールを見つめ、小さく頷いた一仁は左足をゆっくりを上げ、やがて右腕を振り下ろす。


 ボールはきれいな直線を描きながら、辰巳のグラブに収まる。


 辰巳は構えてから捕球するまで、グラブをまったく動かさなかった。


 一仁は辰巳がグラブを構えた位置にボールを投げ込んでみせたのだ。


 辰巳はボールが収まった自分のグラブに視線を注ぐと、わずかに目を見開く。


 雅彦は左隣でボールを捕球した辰巳が見せた仕草の意味を理解した。


 やがて、辰巳と雅彦の視線が一仁へと注がれる。


 一仁は二人からの視線の意味に気付くことのないままグラブを開き、捕球の構えに入った。



 午後五時二分、休憩時間に入ると、純一が一仁に声をかける。


「一仁君、一球だけでいいからマウンドで投げてくれない? 一仁君のボールを受けてみたいんだ」


 一仁は躊躇うことなく「はい」とこたえる。


 マウンドの手前まで達すると一度足を止め、帽子を脱ぎ、一礼する。


 そして右足からマウンドの土を踏みしめ、プレート上に両足を置く。


 キャッチャーの純一はキャッチャーミットを右手で三回叩くと、構えに入る。


 マウンド上の一仁は再び帽子を脱ぐと純一に一礼し、五秒ほど静止した後、ピッチングモーションに入る。


 ゆっくりと後ろに下げた左足はやがて、高く上がる。


 一仁は左足をマウンドの土に強く踏み込ませると、右腕を振り下ろす。


 正仁とそっくりのピッチングフォームから投げ込まれた快速球という言葉がよく似合うストレートは、ど真ん中に構えた純一のキャッチャーミットに吸い込まれ、パァンという音をグラウンドに響かせた。

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