第7話 偽の証 前編




 夕方。空が青色から茜色に変わっていく頃。午後の乾いた風が街に流れ、路上を様々な人々が行きかう。買い物帰りの親子、散歩する老人、見回り中の騎士、商人、農家、戦士、僧侶。そして、エルフ、ドワーフ、獣人。身分から人種まで、実に多種多様だ。特に大通りに面したギルドの前は、一日を通して多くの人が行き来する。

 そんなギルドの前で、一人の魔法使いが小さくなって座っていた。まるで浮浪者が冬の寒さに耐えるように、そのフードをかぶって座り込んでいる。手に上等な杖を持っていなければ、魔法使いであることも分からない。通行人の何人かも、その丸くなっている魔法使いを通りすがりざまに不審な目で見ていた。

 やがてギルドから一人の青年がしたり顔で出てきた。


「やっぱり思った通りでした……ん?」


 その青年……リトはギルドの前で座り込んでいる魔法使い……アルファへと歩み寄る。


「まだ傷心してるんですか?」


 リトが話しかけても、アルファは無反応だった。しばらく見下ろして様子を見ていたが、そよ風でローブが揺れるくらいの動きしかなかった。

 リトはアルファの横に立って、目の前の行きかう人を眺めながら、なんと言葉を掛けたものかと頭を搔く。


「……ギルドの人に確認してきました。やっぱりレイルなんて受付人は雇ってませんし、『ベノム・フロッグを狩れ』なんてクエストも出していないそうです」


 リトはさっきギルドの中で聞いてきたことをアルファに聞かせた。その言葉には、ため息が混じっていた。偽物の受付人やクエストについて確認した時に、本物の受付人から正気を疑う目を向けられたのが、あまり良い気分ではなかったようだ。


「あの……もう僕、帰りますね。僕の予想が当たっているかどうか確かめることはできましたし、そろそろ帰らないと陽が沈む前に家に帰れないので」


 周りから晩御飯の準備をしていると思われる匂いが漂ってくる。街からリトの家までは徒歩圏内とはいえそこそこ遠い。午後の作業を放っている上、このままでは晩御飯も用意できないと、リトは心配していた。


「じゃあ、僕はこれで……っ!」


 このままリトが帰ろうとした瞬間、足が何者かに引っ張られた。見下ろすと、俯いたアルファが手を伸ばして、リトのズボンのすそを掴んでいた。

 リトは足を止め、息を吐いた。アルファは顔を上げるも、その手はリトを掴んで離さない。


「私は、世の中の不正や支配が許せなくて冒険者になったの」

「はい……えっ、急に何ですか?」

「悪徳貴族に騙される純粋な人たちや魔物の侵攻に苦しんでいる村人たちを救いたくて、私は冒険者になったの。お父さんとお母さんは反対したけど、お姉ちゃんだけは応援してくれたんだ」

「そうですか。とりあえず離してくれませんか?」


 急な自分語りが始まって、リトは適当に相槌を打ちつつ、アルファの手を払おうとする。だが、予想以上に強く掴まれ、払うことはできなかった。


「だから今回、ゴールとスニック、そしてあの受付人が許せない」

「まぁ、騙されて悔しいのは分かりますけど」

「違う。これは私情じゃなくて、私の冒険者としての意地」


 アルファははっきりとした口調で返した。


「短い間だったけど、あの二人とは仲間だった。魔物を討伐したし、一緒に野営もした。確かに悔しい。けどだからこそ、私は同じ冒険者としてあの二人を許さない」


 アルファは顔を上げてリトを見上げた。顔に赤みを帯び前髪も乱れているが、涙で潤んだ曇りのない眼がまっすぐリトを見つめる。

 瞳の中に宿る迷いのない信念のようなものが見えて、リトは思わず一瞬目を奪われた。そしてその心中では古傷を殴られたような胸苦しさを感じていた。それは罪悪感の現われか、それとも記憶の奥底にある悔恨の情か。しかし彼のその眼には、決して侮蔑の色はなかった。


「……子供か」


 ふとリトは吐き捨てるようにボソリと呟く。だが、その声には、どこか羨望に似た響きがあった。


「許せないからって、どうする気ですか?」

「衛兵に通報する」

「どうやって? 証拠もないんじゃ借金への難癖に思われるでしょう。信じてくれたとしても衛兵が動いてる間に逃げられて終わりですよ」

「さっきの紙を使えば……」

「残念ですが、さっきの紙は受付人の詐欺の証拠であって、あの二人が関与している証拠にはなりません」

「じゃあ……えっと……」


 アルファは閉口した。やはり気持ちばかりで手段が拙いと、リトは呆れて頭を搔く。


「ですが……」


 リトは膝を曲げ、アルファと同じ高さになってまっすぐ彼女を見る。


「僕にひとつ、考えがあります」


 その優しい笑みに、アルファは確かな頼もしさを感じた。





 ***




 翌朝。東の空が明るみを帯びる時間。薄い朝霧が漂う街の城門に、二人の冒険者の姿があった。

 街の出入口となる箇所にはすべて、敵の侵入を防ぐための頑丈な石でできた城門がある。そこは昼夜、衛兵が見張りに立っているが、早朝や夕暮れなどの決まったタイミングには交代のため見張りがいなくなる時間がある。二人はその時間を見計らって、そこに立っていた。

 一人の男は大剣を背負い、もう一人は腰に短刀を携えている。二人の冒険者は、それぞれ戦士と盗賊だ。


「遅いな、レイルのヤツ」

「早くしないと見張りが来るぞ」


 筋肉質で堀の深い顔の男、戦士ゴール。口元をマスクで隠して細目で小柄な男、盗賊スニック。二人は今、レイルという女性を待っていた。だが、その表情には焦燥の色があり、人目を避けているようである。


「おはようございます」

「「ッ!」」


 そんな二人のそばに、一人の男が現れた。まるで幽霊のように突然背後に立っていた男に、二人の心臓はドキッとはねた。見た目はその辺の町人と同じ平凡な服装だが、その平然とした態度がかえって不気味さを感じさせる。


「だ、誰だ、お前!」

「ただのしがない農家です。ゴールさんとスニックさんですね」


 見ず知らずの男に名前を呼ばれ、二人は警戒して、それぞれの得物の持ち手に手を伸ばした。ゴールが名前を訊ねるも、男は名乗るどころか二人の名前を言い当てる。


「こんな早朝に、どちらへ?」

「どこでも良いだろ! それより、なんで俺たちの名前を!」

「レイルさんと合流してベノム・フロッグのいる洞窟へ、杖を回収しに行くんですか?」

「なっ!」

「その後は杖を売って、遠くの街に高飛びですか?」

「な、ななな、なんでそのこと! だ、誰なんだよお前!」


 すべてを見透かされる恐怖に、二人の声が震える。確かに、二人はレイルと合流でき次第、ベノム・フロッグが生息している東の洞窟に向かうはずだった。そこにいけば、計画通りにいっていれば、上等な魔法使いの杖が手に入るはずだからだ。

 ゴールとスニックは剣を抜いて身構えた。大剣と短刀の鋭利な刃が男に向けられる。しかし、男は動じず、薄い笑みのまま二人を見据えていた。


「ゴール! スニック!」


 背後から二人を呼ぶ、少女の声が響いた。聞き覚えのある声に、二人の血の気が引いた。二人が振り返ると、目を大きく見開いた。そこには見覚えのある空色の髪の少女が凄みのある顔つきで立っていた。


「……ア、アルファ!」


 杖を持ったアルファの姿を見て、なんでここに居るのかと言うように、ゴールは彼女の名前をこぼした。







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