モブ盗賊に転生した俺は、なぜか勇者とおつきあい(物理)してるらしい
椿原守
第1話 出会い
「へっへっへっ、命が惜しけりゃ金目のものを置いていくんだな」
ひと気の少ない山道で、今日も今日とて盗賊らしいセリフを吐く。
布で口元を覆った俺がそう言うと、黒い眼帯をした二人の仲間も隣で、「へっへっへっ」と続けた。
俺の目の前には、身綺麗な女と従者らしき男が一人。
男は女を背中で庇っていた。
ふたりは、見るからに駆け落ちだろう。
身分違いの恋とやらで王都を出て、田舎で慎ましく暮らすなんてことを夢見ている……、まぁそんなところか。
「金目のものなんて……ありません」
男は声を震わせながら、そう言ってくる。
こいつは人を馬鹿にしているのか?
明らかに平民になりきれていない女を連れて山道を歩くなんて、「襲って下さい」と言っているようなものだ。
それに「ない」と言われて「はいそうですか」と立ち去っていては、盗賊業なんて成り立たない。
「嘘はよくないなぁ。お前らもそう思うだろ?」
俺がそう発すると、仲間が「ひひひ」と笑いながら手にしていたナイフをベロリと舐めあげた。
その瞬間、顔を真っ青にして震えていた女が喉を引きつらせる。
「――ひっ!」
「サイードの言う通り、嘘はよくないぞぉ?」
「おい。俺の名前を出すんじゃねぇ!」
ギロリと睨みつけると、仲間は「悪い」と首を
獲物に不要な情報を渡すなと何度も言っているのに、こいつはすぐに忘れやがる。
顔が分からないようにと口元を覆っているのに、名前を教えてどうするんだ。
気を取り直して、俺はもう一度、ふたりに『提案』を持ちかけた。
「命までは取りはしねぇ。金目のものを出せば、な? 悪くない提案だろ?」
腰に下げたナイフを引き抜き、鋭利な先端をちらつかせる。
男が「くっ」と眉をしかめた。
「……わかり……ました」
どうやら観念することにしたらしい。
男は服の内側に手を入れると、巾着袋をこちらに投げ寄こした。
俺は地面に落ちた巾着を回収する。こいつを手にしたとき、ずしりとした重みを感じた。
これは期待できそうだ。
口元を隠した布の下で、にんまりと口端が弧を描く。
さっそく巾着を開け、中身を確認した。
中には、宝石が散りばめられたアクセサリーや金貨が大量に入っていた。
――今回の獲物は大当たり。
(お頭に渡して、俺達の取り分は……うん。ざっと計算しても、一ヵ月は余裕だろう)
盗賊組織の中でも、俺や仲間は下っ端になる。上の人間に「とってこい」と言われれば、こうやって人や村を襲って、金品を強奪しなければならない。
ここ最近の獲物は、しょぼかった。
儲かってなさそうな商人や町人ばかりで、お頭に「もっと持ってこい!」と怒鳴られる日々だった。
俺が頭の中で金の計算をしていると、その横で仲間がナイフをベロリと舐め、口を開いた。
「なぁ、あの女……犯るか?」
「なかなかお目にかかれない上玉だし、いいな」
もうひとりの仲間も、下卑た笑みを浮かべながら、その提案に頷く。
ふたりが目先の欲に囚われている。
俺はそれを
「やめておけ。あの女は、きっと上位貴族だ。既に追っ手がかかってると考えた方がいい。俺達だって、すぐにここから離れた方がいいんだぞ」
「おいおい、あんな上玉を見逃せってのかよ?」
「……わからないか? 上位貴族なら、おそらく貞操は守られているだろう。もし、ここで犯したことが女の親にバレてみろ。俺達、全員皆殺しだ。死にたくないのなら、やめろ」
「じゃあよぉ~犯して殺せばバレやしないだろ?」
「馬鹿野郎……そう簡単な問題じゃねぇ」
目先の欲を満たして生きてきた盗賊に、先のことを考えろというのは無茶な話だ。
仕方がないので、こいつらには「犯して殺したら、お前がお頭に殺される」と言って無理やり納得させた。
俺は巾着を懐にしまい込む。そのとき、チャリッと金属がぶつかる音がした。ずっしりとした重みが身体に伝わってくる。
こいつの中身を計算できたのは、前世の記憶があるおかげだ。それがなければ、俺だってこの世界で文字や計算なんてものには、きっと無縁のままだっただろう。
記憶がなければ、こいつらと同じように、目先の欲でしか動いてなかったかもしれない。
「……む、いかん。長居しすぎた。おい、ずらかるぞ」
仲間に声をかけ、俺はこの場から離れることにする。
何かがこちらに向かっている。ドドドという音と、地面の小さな揺れを感じた。
この揺れと音。考えられるのは馬だろう。
単騎ではなく複数、かなりの数とみた。
きっと、女の追っ手だ。
俺は急ぎ、
ふたりは互いに寄り添っている。
(でも……女が家に戻る頃には、永遠の愛とやらも崩れ去っているんだろうな……)
そんなことを考えながら、アジトへ戻った。
「お頭、確認をお願いします」
アジトに戻った俺は今日の戦利品をお頭に渡す。
お頭は即座に巾着の中身を確認した。
「よくやった」というお褒めの言葉と、巾着の中身の一部を渡された。
渡されたものは、小さめの宝石が数個。これが今回の俺達の取り分。
やはり、先ほど考えた通りになった。
馬鹿みたいな使い方をしなければ、一ヵ月くらいは普通に暮らせる金額になるだろう。
(明日は、街にでも行って換金してくるか……)
仲間のふたりに任せたら、その足で飲み屋や娼館に行きかねない。宝石を支払いに充て、使い切ってしまう恐れすらある。
学のある商人どもに吸われて一晩ですっからかん……なんてことも十分に考えられる。俺が金に換えてから、あいつらに分け前を渡そう。
俺は腕を鼻に当て、スンッと服のにおいを嗅ぐ。
……すえた臭いが鼻腔を突いた。
***
――翌日。
まだ日が昇りきらないうちに、俺は起き上がった。
川へ行って、顔を洗い、ついでに身体もゴシゴシと洗った。
ゆらゆらと揺れる水面に、黒い髪が映り込む。
顔の造形はハッキリとは分からないが、目つきの悪そうな男がそこにいた。
サイード。それがこの世界の俺の名前だ。
職業は盗賊、しかも下っ端。
前世の記憶を思い出したのは、幼少期――まだ孤児院にいた頃だった。
記憶を思い出した瞬間、とても喜んだことを覚えている。
ここではないどこかの世界へ行って、人生をやり直したいと願っていた前世。
願いが叶ったのだと歓喜した。
しかし、その喜びはぬか喜びに終わった。
いくら待ってもチート技は現れないし、環境は前世よりも悪い。
俺がいた孤児院は、この世界の縮図みたいなところで、弱肉強食の世界だった。
強者は弱者の飯を奪う日々。常にお腹を空かせた生活を強いられ、俺は神を呪った。
(きっと今から何かの力に目覚めるんだ。いや、もしかすると、実は自分は貴族の生まれで……ある日突然、お迎えが来て……)
そんな希望に
俺は大人へと成長し、あることに気づいた。
――もしかして自分は、『モブ』なんじゃないか? と。
そう考えたら、すべてのことに説明がつく。
救いの手が、いつまでも差し伸べられないのも。
目つきが悪いからと、顔を何度も殴られたことも。
何か悪いことが起きると、俺のせいになってしまうことも。
ただ、『普通の人』としての生活を送りたいだけなのに、普通に暮らすには、その『権利』を金で買わなければいけないということも。
(今日換金したら……目標額まであと少しだ。あと少しで、権利が買える)
川から出て、身体を拭き、服を着る。
手持ちの服の中でも、比較的キレイで臭くないものを選んだ。そして、人に良い印象を与えない自分の目は前髪を下ろして隠す。
アジトから街まで二時間ほど歩いて移動すると、俺は門番の目を盗んでこっそりと中に入った。
**
「ありがとうございました」
宝石店の店主に送り出される。
俺は宝石を金に換えた。
懐が暖かいと少しだけ贅沢がしたくなる。
自分へのご褒美が欲しくなった。
(せっかく街に来たんだし……屋台くらいなら、いいよな?)
仲間のふたりにも、土産に串焼きでも買って渡してやろう。
そう考えた俺は、屋台の並ぶ街の広場へ足を向けた。
この先を曲がれば、広場に繋がる大通りに出る。
大通りへ足を一歩踏み出した――そのとき、俺は左からぶつかってきた何かに吹っ飛ばされた。
尻もちをつき、地面に手をつく。
ぶつかってきた男は「すみませんっ!」と謝りながら、手を差し出してきた。
俺はその手を掴んで、立ち上がる。
「こちらこそ、すみません」
「…………」
こちらも一応謝ってみたが、相手の反応がない。
不思議に思った俺は、前髪の隙間からチラリとそいつを覗き見た。
男の髪は淡い水色で、前髪はセンターで分けられていた。スッと伸びた髪は顎まで届き、手入れの行き届いたその髪が、風に揺れてサラサラと光っていた。
「――っ!?」
男と目が合った。俺はとっさに視線を逸らした。
えらく長いまつ毛に、その奥にある瞳は金色で不思議な迫力があった。
鼻筋も通っていて、顔立ちにまったく隙がない。
目の前の男を一言で表すなら『美形』だ。それもハイクラスの。
この世界で、こんなにツラの良い人間に初めて出会った。
(でも、なーんか……どこかで見たことがある気がする)
初めて会ったはずなのに、見たことがある?
なんだそれは。
不思議に思って、首をかしげる。
喉まで出かかっているのに出てこない。もどかしさに首を掻きむしりたくなった。
男は俺の手を握ったまま、目を見開いて固まっている。
すると、遠くから「ルシアス様ぁ」と大きな声で名前を呼んでいる女の人の声が聞こえてきた。
その声を聞いた瞬間、目の前の男がハッと身体を揺らす。
「ルシアス様ぁ~! どこですかぁ~!」
「あの……」
『もしかして、あなたのことでは?』
そう告げようとしたとき、男が力強く手を握りしめてきた。あまりの強さに、俺は眉をしかめる。
金色の瞳がこちらをじっと見つめてきた――と思ったら、顔面ハイクラスの男は、とんでもないことを言い出した。
「ねぇ、君。俺の恋人になってくれない?」
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