もう一つの地球で

@hayate_314

第1話

『キーンコーンカーンコーン』


「それじゃあ今日はここまで、明日までに教科書43ページの導関数のところは予習しとけよー」


ガラガラと戸を開けて数学教師の樋口先生は廊下へと出ていった。

昼休みに入り、教室の生徒は揃って食堂へと向かい始める。


「なぁ、遼〜、さっき授業全然理解できなかった〜。また教えてくれよー」


「お前が理解できないのはさっきの授業内容だけか?いつもそんなこと言ってなかったか?」


「ねぇ、僕も理解できなかったんだよね。悪いけど遼に教えていただきたいな〜とか思っちゃってね」


最後に教室を出ていく俺たちは会話をしていた。

食堂はいつものごとくとても混み合っていた。とりあえず一番安いメニューである素うどんを頼んだ。この学食は基本調味料が使い放題のため全員一味や醤油などを入れて味を濃くした。

特に湯浅 智樹(ゆあさ ともき)はこだわりがある様で酢と醤油を1:2の割合で入れてお好みでごまや一味を入れるのが格別らしい。

そうしてうどんの仕上げを終えたところで席へついた。なかなか席が開かずに10分ほど食堂の中をうろうろしていたので余計お腹が空いてしまった。


「いただきまーす」


俺はとにかく腹が減っていたのでは席に着いてすぐにうどんを食べ始めた。

学食で売っている様な素うどんのため何とも言い難い味である。


「じゃあ早速だけどさぁ!この微分係数ってところなんだけどね…」


若生 理来(わかお りく)は俺が食べ始めたと同時に先ほどの授業内容の質問を始めた。


「いいか?まずはf(x)でx=aからx=a+hまでの…」


とにかく俺は熱心に説明した。いつもこの様な形で二人に授業内容を教えている。



「はー、なるほどなるほど、ようやく理解できたぜー。にしても思ったよりも簡単だったな。あのわかりづらい樋口よりも断然遼の方が教師に向いてるな」


「お前らが授業中に理解しようとしてないだけだろうが。というかいい加減予習しときなよ」


「そんなことはないんだけど、どうもね」


「いいか?俺らはあともう少しで受験なんだよ。まだ周りが勉強していないうちに始めないと一年後とかに後悔するぞ」


「後悔ならとっくにしているさ。頑張って受験してようやく高校受かったと思えば毎日毎日レポートや課題に追われる日々だ。これなら隣町の学校へ通いたかったな〜」


「何のために来たんだよ…」


「あとあそこは不良の溜まり場みたいなものだからお前みたいな奴が行けばすぐにパシリになってるぜ」


智樹がもっともらしい正論を言って理来は少し絶望した。


「それにしても遼はいいよな〜。父親が【異交官】なんだからさ。コネとかで大学とかにも行けるんじゃないのかな?」


「確かにやろうと思えば可能かもしれないね。だけどそれで大学へ行くのはズルだし、それ以上に'アイツ'に媚びることは絶対にしたくないんだ」


「またそんなこと言ってるよ。たしか 魔道具やポーションがこんな価格で手に入るのはおかしい!! だったか?」


「あぁ、その通りだ、その効果と値段があまりにも不釣り合いなんだよ」






2254年――。

人類は「世界の超越」に成功した。


ある狂気の科学者が、既存の物理法則を踏み越え、次元の歪みを通して新たな地球を発見したのだ。

その地球は我々が暮らす世界とよく似ていた。空もあり、大地もあり、人間も存在する。だが、決定的に違う点があった。


そこでは科学技術がほとんど発展しておらず、代わりに「魔法」という力が人類の文明を支配していたのである。

火を灯すのも、病を癒やすのも、空を飛ぶのも、すべて魔法。

彼らにとってそれは空気のように自然で、不可欠な技術だった。


一方、こちらの世界――科学世界は、情報社会を完成させ、AIやロボティクスを駆使し、かつてない繁栄を迎えていた。

そのふたつの世界は本来、交わることなくそれぞれの発展を遂げていくはずだった。


だが、科学者たちは境界を越えた。

そして、悲劇は訪れる。



初めての交流の際、科学世界から数十人の代表団が魔法世界に派遣された。

彼らは旗を掲げ、「友好」を謳った。だが魔法世界の人間にとって、突如空から現れた見知らぬ人間たちは、脅威そのものだった。


「侵略者だ!」


その叫びとともに火球が飛び、氷槍が降り注ぐ。


科学世界の人間は抗議の暇もなく殺され、残された者も捕らえられ、公開処刑の憂き目にあった。

それは両世界の間に取り返しのつかない亀裂を生み出した。


以後、両世界は断絶し、長い戦争の時代に突入する。


科学世界は科学兵器を。

魔法世界は古代から受け継がれる大魔術を。


しかし魔法世界の人間は科学世界への干渉する手段がないため、魔法世界へ送られてきた戦車や戦闘機を迎え撃って撃退することしかできなかった。

そのため初めは拮抗していた戦況も戦いが長引くにつれて魔法世界が押されていった。

そして――2271年。

魔法世界はついに膝を屈した。


協定は結ばれたが、その内容は一方的に科学世界に有利なものであり、魔法世界の人々は徹底的に管理され、資源を供出させられるようになった。

魔法世界陥落後に科学世界で国連は異世界への道を開いた日本に【国際魔法管理機関(IMMO)】本部を設置した。それに伴い日本も新たな行政として【異交省】を設置し、そこに勤め、研究する者を【異交官】と呼んだ。

それ以来、魔道具やポーションといった魔法産物が大量に科学世界に流通することとなる。


例えば、どんな怪我も治すとされる「ヘビーポーション」。

それは目を失えば再び見えるようになり、欠損した手足すらも再生する。

そんなものが、わずか五千円で購入できる。


また、10円程の値段で売られている「点火石」や、子どものおもちゃのように扱える「小型浮遊石」。

これらが日常生活を一変させ、科学世界の人々はその恩恵を当然のように享受するようになった。


テレビでは連日のように「両世界の友好」と報じられ、人々は便利さに酔いしれた。

だが――本当に、友好など存在するのだろうか。


⸻現在 2287年


俺、長島遼は、真っ向から否定していた。



気づけば授業が終わり放課後となっていた。


「遼帰ろうぜ!」


智樹は俺に対して満面の笑みで話しかけた。


「いいが理来はどうしたんだ?」


「アイツは大会が近いんだとよ。どうしても勝ちたい奴がいるから自主練をしてるらしいな」


「そうか残念だな。大会は2週間後の土曜日だったか」


「もちろん応援には行くだろう?」


「まあ、多分行けるだろう」


理来はこの和歌山県内でかなり名を馳せているバドミントンプレイヤーだ。特に彼の強みはその小さい身体からは想像もできないスマッシュだ。命中率は高くはないがとにかくスピードが速く、高校生の動体視力では反応できる者はごく僅かなのだ。




その後二人だけで帰宅をした。

校舎から出る際にシャトルとラケットの強烈な音が響いていた。


「じゃあな、また明日」


「あぁ、また明日な」


そう言って手を振りかえした。


ここから数百メートル家へ着くまで一人で考え事をしていた。

疑問を持ち始めたのは、小学6年生の秋だった。歴史の授業で深く科学世界と魔法世界の戦争について知る機会があった。後に【魔英大戦】と呼ばれる様になったその戦争の授業は違和感しかなかった。こちらから勝手に干渉をしたはずなのにも関わらず、被害者ぶって開戦し、行われるのはこちらからしか手を出せないことを活かした一方的な蹂躙、地図すら描き換える威力を持つ兵器に1分も吸えば死に至る毒ガスなどによって惨殺を繰り返していった。結果は魔法世界がかなり粘ったものの降伏。そこから今の友好関係までに落ち着いたという。


「あまりにも脚色されすぎているな」


授業では蹂躙や惨殺の部分は曖昧な表現をされ、教わったことはどの様な人が貢献したか、魔法世界が行った非行など明らかに悪い部分を隠している様だった。

俺以外にも不自然に思っている人は少なからず居るようで秘密を探るための団体があるとか。だがまだ何も掴めていないのか、大した動きは見せていない。


「やっぱりやるしかないか」


遼はこの時のため色々と準備をしていた。今日のために。


「ただいま」


家には誰もいないことをわかっていながらも確認のためにそう言って中へ入った。


「……」


もちろん返事は無かった。

母はものごころがつく前に他界しているし、異交官である父は現在外務庁へ行っている。

その仕事は夜遅くまで続き、日付が変わるまで帰ってくることはないことを俺は知っている。

制服やバッグを部屋に乱暴に置いてすぐさま'アイツ'の書斎へと向かった。

そこは大量の本と一つの椅子と机しかない少々小さな部屋だ。


「確かこの本棚の上から四番目だったよな」


その列の本を全て退けて、奥を見た。

するとそこには小さな金庫の様なものがあった。

俺はその金庫を取り出し、暗証番号を入力した。


「『2269』母さんと結婚した年にするからすぐにバレるんだよ」


そうして慣れた手つきで中にあったカードを取り出した。

その手には少し汗が流れいた。

ついでに書斎の机の中にあるお札を4枚全て盗ってからすぐに家を出た。


道中はどんよりとしていた。朝の予報ではもうすぐ雨が降るらしい。


「急がないとな」


全力で駆け抜けた。その曇天の先で何が待っているのかも分からないまま。



電車をいくつか乗り継いで着いたのはとある施設だった。

研究所のようにも見えるその場所は実は日本の行政機関の一つであり、魔法世界からの輸入品の管理等をしているのがこの場所だと言う。そうして、父の職場でもある。

当たり前の様に警備員が立っていた。

【異交省】は行政機関の中でも最も厳重らしく、市場には出回っていない魔道具や魔法世界の資料が保管されているらしい。


正直びびっていた。

もし失敗をすれば何の収穫も無いまま孤児院行きかもしれない。それは無いにしても'アイツ'の監視下で一生自由が来ないかもしれない。何なら収穫があったとしても見つかればこの先の人生が全て無駄となる。それに成功してもいずれ見つかる。

だがやるしか無い。

そのために俺は準備してきた。次に家を留守にしつつ、確実に異交省にもいない日を探り、金庫の場所を'アイツ'を観察してようやく見つけ、'アイツ'に関係する全ての数字で試して暗証番号を突破し、このお札の存在と効力を書斎のとある書物から見つけ出した。


「今日ここで'アイツ'や異交省が隠している闇を世間に暴いてやる」

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