第15話 変な人間
◯第二章 変な人間
私はもともと西の方に生まれたらしい。一番先に人間がやってきたところだ。そのせいで混血も進んで私はかなり人間に近かった。ただ、どれだけ人間に近くても、人間は私を獣人と呼ぶ。
私は特に反論しなかった。人間であるということをありがたいと思うのは人間だけに見られる話だ。そういう意味では確かに私は獣人だったんだろう。
母は売春婦で、父は良くわからないが多分人間だ。母は父の都合で殺されて、私は東に逃げた。娼館の主が、人間の割に私達に親切で、逃がしてくれたのだった。それから大いなる環の助けを得て、生きるために人間の軍に入った。
それでそう、変な人間に出会った。
変な人間の名前をゼフィール・フォス・シダーティガーという、人間の名前に興味を持ったのは生まれて初めてだったので、その日のことは良く覚えている。
彼は私に中隊本部付になれ、という。人間は種付けのために妙なことを言うものだと知っていたから、そういうことだろうと思っていたら、違った。変な人間は私の胸や尻を良く見ていると思うし、時々は精液の匂いもちらつかせるのに、種付けはしてこない。
病気……だろうか。
しかし、どうやらそうではないらしい。それはそれで、なんというか、不満だ。私はこんなにも毛並み良く、良い匂いがするというのに。
やっぱり、病気……だろうか。
「やっぱりいいな、中尉殿は」
人間を散々殺したあと、走りながら、虎次郎軍曹が口の周りを血だらけにしながら言った。ほかのネコ科の兵も、みんな口周りを血だらけにして笑っている。ネコ科の兵たちは殺すのが楽しいので、その瞬間をたくさん味あわせてくれる変な人間を、とても好きらしい。
変な人間も、ネコ科の獣人はことさら好きなように見える。私の毛並みを触ったことは一度たりとてないのに、虎次郎軍曹の毛並みは良く堪能しているらしい。冬毛いいわぁという顔をしていたとのこと。なによ。虎次郎軍曹はオスでしょ? そういうこと?
やっぱり、病気……だろうか。
「そうは思わんか。麦姫兵長」
「え? すみません。聞いてませんでした」
「中尉殿だ。素晴らしいだろう。今日もたくさん獲物を分けてくださった」
「ええ。まあそこはそうですけど」
それはそうなのだが。種付けしないのが気になる。
「でも種付けしてこないんですよね。ゼフィールさん」
「軍隊では階級をつけろと言ったろう」
「ええまあ、そうなんですけど」
人間の謎ルールは本当に苦手だ。
「それと中尉は麦姫兵長に種付けする価値があると言っていたぞ」
「んぇ? 本当ですか、本当に中尉がそんなことを言ってたんですか」
「間違いない」
「え。なんで私種付けされていないんでしょうか」
「それはもう尋ねた。人間のよくわからない理屈だった」
「それで私が嫌いなんですか」
「そうではないらしい」
「人間難しいです」
「人間難しいな。いや、だが、人間の中では中尉殿は最高だろう。見た目は人間だが中身は虎かなんかかもしれん」
「それなら、ネコ科の美人さんをあてがってみます?」
「それが部隊に妙齢のネコ科はおらんでな」
それは私も知っている。人間のルールでは発情期が来たネコ化のメスはかなり扱いが難しいらしく、昔は良く人間が死んで、報復で焼き討ちされたらしい。ネコ科の理屈としては、そこをどうにかして種付けしたらあとは全力で逃げるものらしいが、人間はなぜかとどまって傷だらけになって、怒って集団で焼き討ちにくるのだ。人間は病気だ。
ともあれ今は、ネコ科の獣人のメスは人目から隠すことになっている。人間社会に送り出すこともない。人間もそのあたりは了承していると聞く。妊娠して気が立っていると血がつながっていても危ない。
それで、私だ。
大いなる環のもと、獣人たちの話し合いで、私はゼフィールさんにあてがわれたことになっている。
人間のルールは理不尽極まりないものが多いのだが、たまに我々と同じ価値観であるときがある。その一つが、孕んだ子は可愛いし、はらませた女には一定の価値を認める、というものだ。
我々獣人はアトテ時代に人間に占領されてこちら、ずっとひどい目にあっている。向こうはそういう気はないのだろうが、人間の謎ルールをおしつけてきて、違うと怒る。武力で制圧にかかるということを繰り返している。しかも人間は、なんでか数が多いのだ。成功した種と言われればそうなのだろうが、迷惑は迷惑である。
そのひどい目にあうのを減らすための、知恵。それが権力者にメスをあてがうことだった。獣人の子は獣人で、人間はそのうち自分の子だらけになる。そうなればおのずと獣人の価値観も理解するであろう。
こういう仕事にうってつけの兎の獣人は人間にあてがうことを法律という謎ルールで禁止されてしまったが、他にも種はある。それで私。
でも、種付けはされない。
やっぱり、病気……だろうかと思ったところで、当の本人が走ってきた。一人で。人間を一人もつれてきていない。変な人間の変な人間たるゆえんだ。普通、人間は怖がって集団で獣人と接触するのに、変な人間にはそれがない。我々が脅威でないことを理解しているようにも見える。そこだけ正気な感じで、とても不思議ではある。
「さすがの健脚だな」
変な人間ことゼフィール中尉は、そんなことを言って笑った。虎次郎軍曹が部隊に命じて即座に速度を落とした。
「失礼しました。楽しかったので思わず走っておりました」
虎次郎軍曹がそう言うと、ゼフィール中尉は苦笑した。
「そうだったか。まあ、楽しいのなら結構。獣人はどれくらいやられた?」
「中尉は人間離れしておられる」
人間は人間のことを最初に気にするのが普通なのだが、ゼフィールさんはそれがない。思考が人間らしくないという意味で虎次郎軍曹は言ったのだが、ゼフィール中尉は肉体能力のことだと勘違いしたようだった。
「獣人にはかなわんさ。それより。どうだ」
「四名ほど死にましたが、上出来でしょう。二〇倍は殺しました」
「まあ、交換比率だけなら大勝利だな」
そうでなくても大勝利な気がするのだが、ゼフィールさんは満足していなかった。こういうところは人間すごいと思う。欲望に際限がない。怖い。
「軍曹、追跡はどうだ」
「こっちには四〇〇くらいはきています」
「こっちは五九名だな。六倍強か。まあわずかこれだけで敵の尖兵の一〇%を引き付けているのならまあ悪くはない。いや、状況はかなり良くなった。敵が合流を考えるなら足止めの効果は大きい」
変な人間は変な人間らしく、そんなことを言っている。人間はほとんどいなくなったのに、気にしていない。私達としては、重い荷物が外れた感じだが、人間的にはどうして状況が良くなるのだろう。
不思議そうにしていたら、ゼフィール中尉は私の表情に気づいたようだった。
「人間という足手まといが減ったからな。ここからは俺の好きにさせてもらおうかと」
獣人と同じ意見だった。
ゼフィール中尉も人間じゃないですかといいかけて、やめた。変な人間は変な人間だから価値がある。変なことを指摘して直されたら、コトだ。
ここは獣人族全体のために、ゼフィールさんには変な人間のままでいてもらおう。でも病気は直して貰いたい。子供欲しいです。
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