第4話 馬車の中
帰りは俺も馬車に便乗できた。たった七五〇〇尋の距離でと笑いたくもなくもなったが、馬車は打ち合わせするには良い場所だ。本来乗員四人のところを五人乗り込んで狭苦しい。
この馬車、荷馬車や荷馬車兼用ではなくて、人員輸送専用だ。それも佐官級の軍人を運ぶために作られている。箱型になった漆塗りの黒い馬車で、天井は高く、幌馬車に慣れた身にすれば、少々豪華すぎるようにも思えた。
「ゼフィール中尉」
俺の馬車観察を横に、大隊長が重々しく口を開いた。
「は」
「敵を再確認した場合、まずは中央に伝令を出す」
当然の話だ。俺は頷いてから、次の言葉を待った。脚でいけば鹿の獣人とか馬の獣人を使うのが筋だろうが、まあ、使うまい。伝令としての正確さに欠けるという偏見があるからだ。
「我が大隊はこの町の住民を避難させようと思うが、中尉はどう思う」
俺は面食らった。軍人の鑑とでも言われたいのかもしれないが、できないことはできない。
「不可能だと思いますが」
「難しいことは分かっている。だが……」
だがもへったくれもない。敵は戦略的にはすでに奇襲に成功している。今更気づいて対応しようとしたところで、配置されている我が国境警備隊の規模では何もできない。敵が師団規模で戦力を投入して来たのに対して、我はそもそも大隊でしかない。それすら実際には怪しくて、陸軍の通常編成の歩兵部隊より一個中隊少ない三個中隊編成だ。しかも通常歩兵大隊に装備される大隊砲の装備も受けていない。四個師団を相手に時間稼ぎすら無理であろうという状況だった。尖兵四〇〇〇人の相手でもまったくと言っていいほど無理だろう。なにせこちらは六〇〇人だ。
「軍隊の整然とした足取りに対して全財産をかき集めて移動する民間人が逃げ切るとも到底思えません。情報の確認ができたら、民間人は降伏、我々軍は逃げ出すのが一番被害が少ないと愚考します。この町には防御施設すらないのです」
当然我々は町の住民にぼろくそに文句を言われるだろう。それはそうだ。俺だって住民ならそう言う。なんのための税金、なんのための軍隊だとも言うだろう。それはそうなのだが、無駄死にしても仕方ない。
「それは分かっている。しかし……」
大隊長は悲壮な決意を顔に刻み込んでいた。
「我々はこの町と深く関わりすぎた。住民の名前をいくらでも言うことができるほどに。彼らを守らぬようでは軍としてどうする」
人としては正しい話ではある。が、情緒的な話でしかない。軍の戦いは、情緒で行ってはならない。人の死を扱う以上は、ことさら公平に差配すべきだ。
「そうかもしれませんが」
俺が反論しかけると、途中で割って入る人がいた。
「まだ絶対に敵が来ると決まったわけではありません」
この駐屯地の幕僚の一人だ。兵站関係を管轄する幕僚だった。見た目通りに実直な退役間近な人物で、取り巻きの中では一番獣人への偏見が少なくて、それゆえに普段お世話になっているのだが、発言内容は軍人として失格としか言いようがない。いや、それとも口論は無駄だと言っているのかも。それならわかる。
「中尉の気持ちは分かった。だが命令には従ってもらうぞ。我々はミーデシア王国陸軍なのだ。王に忠誠を、民には慈悲を」
王に閲兵する際の聖句を唱えて、大隊長は決定した。俺の戦死が決まったようだ。
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