異世界刀匠の魔剣製作ぐらし/荻原数馬

<月の涙>



 エスターライヒ男爵領の冒険同業者組合では秘密裏に復讐代行を請け負っている。そして組合に属する冒険者、仮面の英雄サムライマスクも標的が生かしてはおけない悪党である事、依頼内容に納得がいく事、依頼人が嘘をついていない事などを条件に引き受けていた。

 ただ復讐代行は依頼人が一般人である事が多く、ビジネスライクに話を進めるのが難しい場面も多々あった。

 この日、サムライマスクは冒険者用酒場の三階にある個室で依頼人の話を聞いていた。歳は四十半ばと聞いていたのだが、度重なる苦労によって髪の多くを占める白髪、深い悲しみによって刻まれた深い皺、そして汗と涙と鼻水によってグシャグシャになった顔は六十をいくつか過ぎたようにしか見えなかった。


「お願いしますサムライマスクさん。娘の仇を、どうか、どうか……ッ」

「ええ、その為にはまず詳しいお話を聞かせていただけませんか?」

「むずめのがだぎをぉ……、どうか、どうか、貴方しか頼れる人がいないんでずぅ……」

「あ、はい。ですからその、お話を……」


 部屋に入ってからずっとこの調子である。依頼人を宥め、慰め、時には叱り、ようやく話の解読が終わった頃には窓から差し込む日が傾いており、サムライマスクはヘトヘトに疲れ切っていた。



 それから三日後、下宿先のデニス商店にて。サムライマスクは恩人の鍛冶屋ルッツを二階の部屋に招き入れていた。刀の配達ついでにと訪ねて来てくれたのだ。

 サムライマスクは雑談代わりに今回の復讐代行についてルッツに話していた。本来は守秘義務がある話であるが恩人を相手に隠し事をするつもりはない。予想外の面倒事が起きた時に手を貸してもらえるかもしれないからだ。


「田舎から出て来た娘さんが悪い男に引っ掛かって借金まみれ、何処ぞに売られて夜の仕事と深酒で身体を壊して、ある朝ドブに頭を突っ込んで死んでいるのが発見されたという訳です」

「ふぅン、こう言っちゃあ何だがよくある話だな」


 話を聞き終えたルッツは冷たく言い放った。彼は義にも情にも厚い男だが、この世の問題全てを解決出来ると思うほど傲慢でもなかった。よくある話を他人が解決するならば自分の出番はない、そう考えているような声だ。

 サムライマスクは何となく抗議したいような気持ちで口を開いた。


「世間様にとっては本日の死者一名という数字に過ぎないのかもしれませんが、当事者にとってはたまったものではありません。そうした声にならない声に耳を傾けるのも私の役目です」

「そうだな。うん、そうだ」


 ルッツは軽く微笑んで頷いた。まるで『お前はそのままで良い』と認められたようで、サムライマスクは少し嬉しくなった。


「で、俺も手伝おうか?」

「その事なんですが……」


 サムライマスクは痒くもない頭を掻いてから言った。


「今は組合に標的の調査と依頼内容の裏取りをお願いしているところなのです。そろそろ報告が来るはずなのですが」


 噂をすれば影と言うのか、しばらくふたりでドアを眺めていると、トントンと控えめだがよく通るノックの音が聞こえた。


「サムライマスクさん、組合の者です」

「どうぞ、お入りください」


 許しを貰って入って来たのは年齢不詳、行商人風の男であった。私は人畜無害でございますと書いてあるような笑みを浮かべているが、細い眼の奥には冷たい光が宿っていた。


「標的の調査は終わりましたか?」

「その事なのですが……」


 サムライマスクの質問に連絡員は顔から笑みを消し、暗い声で答えた。


「この依頼は中止して下さい」

「はぁ?」


 一体何が何だかわからない、そんな反応をするのも当然だろうと連絡員は淡々と話を続けた。


「依頼人が死にました、依頼を達成しても成功報酬は支払われません」

「それは、標的から逆に襲われたとか……?」

「心労が祟ってある日ポックリ、という事です。向こうは狙われている事にすら気付いていないでしょう」

「それじゃあやっぱり殺されたようなものじゃないですか。こうなったら商売抜きでやってやりますよ!」

「それも止めていただきたい」

「何でぇ!?」


 感情が激しく浮き沈みするサムライマスクに対して、連絡員は相変わらず抑揚のない声で答えた。


「サムライマスクさん、貴方は組織に属する身だという事を忘れないでいただきたい。金も出さず情に訴えれば依頼を受けてもらえるなどという評判が広まっては組織全体に迷惑がかかるのです」

「ぬぅ……」


 言わんとするところはわかる、しかし納得とは程遠い。娘の無念を晴らしてくれと涙ながらに訴えた依頼人の気持ちはどうなるのか。仕方がないねで済ませるのが、本当に正義だと言えるのか。わからない、どうすればいい。

 サムライマスクが考え込んでいると、ルッツが控えめに手を挙げて聞いた。


「前金は受け取っているのですよね?」

「ええ、それが何か?」

「ちょっと気になっただけです」


 いきなり妙な事を聞き、そしてあっさりと引き下がった。一体何がしたかったのだろうか。ルッツの横顔を眺めると、彼は意味深に瞬きをして見せる。

 これで話は終わりだと連絡員が立ち上がった時、サムライマスクは急に『あっ』と声を上げて呼び止めた。


「殺すのはダメでも、半殺しという形ならどうでしょうか!?」

「半殺し、ですか」

「成功報酬が払えないなら殺しもしない、それはわかります。しかし受け取った前金を何もせず懐に入れるというのも不誠実でしょう」

「ふぅむ……」


 連絡員は口元を手で覆って考え込んでいた。こうした場合、普通は組合と冒険者で前金を山分けして終わりである。どうしてもやりたいなどと言われたのは初めてだ。

 サムライマスクの意見は正しいだろうか、いや、穴だらけだ。

 この提案が気に入らないか、いや、嫌いではない。

 連絡員は手の下で軽く口元を歪ませてから、また無表情に戻って言った。


「いいでしょう。しかし仕損じたから生き延びたのではなく、狙って生かされたのだとわかる形にしていただきたい。後々の信用にも関わりますからね。やれますか?」


 殺すよりも生かす方がずっと難しい。適当なところで逃がすのではなく、制裁だとわかるようにしろと言う。さて、安請け合いして良いものかとサムライマスクが悩んでいると、横からルッツが小声で、


「俺も手伝うよ」


 と言ってくれた。

 ならば恐れるものはないと、サムライマスクは連絡員に向けて深く、ハッキリと頷いて見せた。

 連絡員が懐から標的の情報が書かれた薄板を取り出しテーブルに置き、音も立てずに去って行った。


「ルッツ様、本当によろしかったのですか?」

「こう言っては何だが……」


 恩人を巻き込んでしまい申し訳なさそうな顔をするサムライマスクに、ルッツは小さく笑って答えた。


「よくある事さ」



 深夜、小雨が降るなかでルッツとサムライマスクは商家の壁をよじ登っていた。

 今回のミッションは半殺し、目撃者が残ってしまうのでふたりは包帯を巻いて顔を隠していた。いつもの仮面は逆に目立ちすぎる。

 この時間ならば全員寝ているかと思いきや離れの小屋から灯りが漏れ、若い男たちの騒ぎ声が聞こえてきた。


「ドラ息子がごろつき仲間を集めてどんちゃん騒ぎか」

「いいじゃないですか、無関係の人間を巻き込まずに済みます」


 そうだな、とルッツは小さく頷いた。


「さぁてどうやって攻めるね、ミイラマン一号?」

「これは仇討ち、正義の戦いです。ならば正面から堂々と」

「やれるか? 声からして数は多いぞ」

「やれます、貴方と一緒ならば。ええと……、ミイラマン二号様」

「いいね、上等だ」


 ふたりは笑って頷き合い、そして疾風のように駆け出した。



「正義の味方だコラァ!」


 ドアを蹴破り闖入すると、身形こそ立派だが顔つきが下品な男五人が驚愕の表情を向けた。顔に包帯を巻き、抜き身の刀を持った男たちが突然現れればこうもなろう。


「テメェら、何しに来やがった!?」


 赤ら顔の男が勢いよく立ち上がり、酒瓶を割って尖った部分を向けながら叫んだ。

 所詮はチンピラ、吠える犬。サムライマスクことミイラマン一号はまったく慌てる事なく語った。


「街角で泣いている父娘の涙を拭いたい、わかるか?」

「わかるかボケェ!」


 男が割れた酒瓶を振りかぶって襲いかかる。しかし数々の修羅場をくぐり抜けたサムライマスクにとってはまるでスローモーションだ。

 佩刀『無銘』が雷光のような速さで振り下ろされた。峰打ちである。鎖骨を砕かれた男は泡を吹いてその場に崩れ落ち、ビクビクと震えていた。思い切り悲鳴を上げたいのに声にならない、そんな様子である。

 激昂した男たちが次々と襲いかかる。いや、激昂したフリだ。全員腰が引けている。ルッツとサムライマスクは難なく男たちを峰打ちで倒し、最後にひとりだけが残った。連絡員から受け取った情報とも一致する、主犯格だ。

 二十にも満たない若い男だ。こんな奴でも親の金があれば女性の人生を弄べるのかと、サムライマスクは唾を吐き捨てた。


「舐めてんじゃねぇぞ!」


 男は机の上に剥き出しで置いてあったナイフを握り突進してきた。だが、遅い。刃を返したサムライマスクの一撃が振り下ろされた。

 命まで取る気はない、男のシンボルは半分に断ち割られた。御曹司はその場に崩れ落ちて肺腑を絞り出すような叫び声を上げ、のたうちまわった。


「うへぇ、血塗れだ」

「初めてだったんでしょう」


 ルッツとサムライマスクは悪趣味なジョークを交わしながら小屋を後にした。まるで夕食の買い出しが終わったから帰るといった気楽さである。

 外は妙に明るかった。見上げると月がおぼろげに光っている。お仕置きをしている間に雨がやんだようだ。

 ぼんやりと月を見上げるサムライマスクの背を、ルッツが笑って叩いた。


「きっと、泣きやんでくれたのさ」


 ロマンチックに過ぎる解釈だ。だが、嫌いではない。サムライマスクは笑って頷き、月に向かってゆっくりと歩き出した。

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