デスマーチからはじまる異世界狂想曲/愛七ひろ

<カドカワBOOKS一〇周年おめでとうございます!>



「「「一〇周年おめでとう」」」「なのです!」


 お祝いの言葉が賑やかに広がる。


「……あら? なんか前にもやった気が?」


 違和感を覚えた転生者で紫髪の幼女アリサがメタな事を呟いた。


「それにもっと前から頑張ってた記憶が……」

「アリサ、気のせいだよ。それは気のせいだ」


 オレはアリサを抱き寄せて有耶無耶にする。

 メタはいけない。許されるのはIT企業だけだ。


「それで何が一〇周年なんだい?」

幼年学校よーねんがっこーの前の食堂なのです!」


 オレの問いに元気よく答えたのは、茶髪をボブカットにした犬耳犬尻尾の幼女ポチだ。


「まんぴくてーは肉料理がとっても美味~?」


 白髪ショートで猫耳猫尻尾の幼女タマが、にゅるんとオレの身体をよじ登る。

 まんぴくてーは満腹亭かな?


「それは興味深いですね」


 肉料理という言葉に真っ先に反応したのは、首元や手首に橙色の鱗を持つ橙鱗族のリザだ。

 相変わらずの凜々しい横顔だが、その内面では大好きな肉料理に思いを馳せているに違いない。


「マスター、私も食堂の味に興味があると告げます」


 特徴的な喋り方で主張したのは、金髪巨乳のナナだ。高校生くらいに見える彼女だが、その実、まだ一歳のホムンクルスだったりする。


「私も行ってみたいです」


 傾城という褒め言葉が謙遜にしか見えない奇跡の和風美少女のルルも興味があるらしい。

 好きな料理の話だからか、いつにもまして笑顔が輝いている。


「むぅ」


 一人だけ不満そうに呟いたのは、肉料理が苦手な偏食エルフのミーアだ。

 そっぽを向いた拍子にツインテールに結った髪が揺れ、エルフの特徴である少し尖った耳が見えた。


「きっと肉料理以外も美味しいよ」


 オレはそう言ってミーアの小さな頭を抱き寄せる。


「ん」


 ミーアがオレに甘えるようにもたれ掛かった。


「あー! わたしも!」


 目敏く見つけたアリサが反対側から抱きついてきた。

 流れるようにオレの尻に伸ばされた手をインターセプトする。セクハラは禁止だ。


「ポチもくっつくのです!」

「タマも引っ付き虫するる~」


 遊びと思ったのか、ポチとタマがびたんびたんと貼り付いてきた。

 しばらく好きにさせてから、皆で件の食堂とやらに出発する。


       ◇


「あら? まだ開いてないみたいね」


 件の店に到着したのだが、少し早かったのか、まだ営業していないみたいだ。

 満腹亭と書かれた看板には、美味しそうな肉料理や魚料理の絵が描いてある。あの食欲を誘うタッチはタマのものだ。きっと店長さんに乞われて描いたのだろう。


「ちょっと様子を見てくるわ」

「タマも行く~」

「ポチも、一緒に行ってあげるのです!」


 アリサがタマとポチを連れて、店の中に入っていった。


「――ご主人様、ちょっと来て」

「早く早く~」

「こっちなのです」


 しばらくして戻ってきた三人に引っ張られて店内に入る。

 店内はシガ王国の一般的な食堂だ。


「大将! 連れてきたわよ」

「アリサちゃん、この人が?」

「そうよ。ご主人様は顔が広いから、力を貸してくれるわ!」


 困り顔の店長が言った内容を簡単にまとめると、店長以外の従業員達が客の差し入れにあたって施療院に運ばれてしまい、一〇周年記念パーティーを開く事ができなくなっているらしい。


「材料はあるんですか?」

「前日から仕込みが必要な分は終わってる。当日市場で買う予定だった野菜や魚なんかがまだだな」

「なら必要なのは買い出し要員と調理助手ですね。それなら外から人を借りるまでもなく私達だけで事足りるでしょう」


 不足するようなら、懇意にしているエチゴヤ商会から人を派遣してもらってもいい。


「簡単に言うが、買い出しって言っても店で必要な分だぞ? 木箱に六つも七つも必要なんだ。女子供には無理だ」


 それは侮りが過ぎる。


「木箱とはこれくらいですか?」


 リザがそう言って、芋が詰まった大きな木箱を三箱重ねて持ち上げる。


「……嘘だろ? 大の男でも大変なのに」

「らくしょ~?」

「はいなのです! ポチは運搬のプロなのですよ!」

「この程度は簡単だと告げます」


 タマとポチとナナの三人も、リザから受け取った木箱を軽々と運んでみせた。

 それにオレ達には「魔法の鞄」もある。木箱七つどころか、一〇〇箱分くらい軽々と入るような容量があるから、お店の買い出しだって余裕だろう。


「すげぇな、嬢ちゃん達。それだけ力があれば十分だな」


 大将の許可が下りたので、運搬役のリザ達と購買担当のアリサと野菜好きのミーアが市場に向けて出発した。


「兄ちゃん達は行かないのか?」

「はい、私とルルは調理の助手をします」


 オレは調理スキルがMAXだし、料理好きのルルも同じくらい調理スキルが高い。


「なら芋の皮むきから手伝ってくれ」

「分かりました。全部剥けばいいんですか?」

「箱一つ分でいいぞ。残りは皮ごと蒸して提供する」


 皮ごと蒸した芋にバターを落として食べると美味しいんだよね。

 蒸し芋の美味しい食べ方に意識を飛ばしている間に、芋の皮剥きが終わっていた。調理スキルが高いせいか、集中していなくても綺麗に剥けている。


「大将」

「なんだ? 包丁で手でも切ったか?」

「いえ、皮剥きが終わりました」

「はあ? そんなに早く終わるわけ――」


 切れ気味で振り向いた大将だったが、綺麗に剥かれた芋の山を見て言葉を詰まらせた。


「本当に終わらせたのかよ。しかも、どれも薄皮一枚だけ綺麗に剥いてある。剥いた皮までぺらぺらじゃねぇーか」


 大将が剥いた芋と皮をしげしげと見つめて感心したように言う。

 皮剥きしていると楽しくなって、りんごの皮みたいに繋げちゃうんだよね。


「もしかして、料理人だったのか?」

「本職ではありませんが、たまに知り合いに料理を振る舞ったりしていますね。こちらのルルは毎日料理をしているので手慣れていると思います」

「私なんてご主人様に比べたらまだまだです」


 控えめなルルが謙遜する。この間も王城の宮廷料理人と料理の技を教え合っていたのに、奥ゆかしいことだ。


「なら嬢ちゃんは料理の手伝いをしてくれ。兄ちゃんの方は他の野菜の下拵えとサラダの準備を頼む」


 大将から新たな指示をもらい、次の作業に取りかかる。

 思ったよりも作業量が多い。大将はこっちを見る余裕もないようだし、タマに教えてもらった忍術で分身を作って人海戦術で進めよう。

 なんてことを思ったのが間違いだったのか、予想以上に早く終わってしまった。


「大将ー! 買い出し行ってきたわよ!」

「おう! 早かったな!」


 そこに買い出しに行っていたアリサ達が帰ってきた。


「となりの倉庫に出しておいてくれ。兄ちゃん、追加分の下拵えも頼む」


 オレは大将に了解を告げ、買い出し組と一緒に倉庫に向かう。


「ご主人様、皮剥き程度でしたら私にお任せください」

「ポチも野菜をゴシゴシ洗うのですよ!」

「タマも得意~?」

「任せて」

「私は魚の鱗取りをするのだと主張します」


 リザが手伝いを申し出ると、他の子達も口々にできる事を口にする。


「大将! 客席の方の準備しておこうか?」

「おう! 頼む!」


 料理が苦手なアリサが活路を見いだした。


「ミーアとナナもこっちを手伝って」

「ん」

「イエス・アリサ。鱗取り業務はタマに任せると委託します」

「あいあいさ~。お任せあれ~?」


 アリサはミーアとナナを引き連れて客席の準備に向かう。

 オレはタマが鱗取りを終えた魚の下拵えを中心に、大将から追加指示を受けた作業を同時進行で終わらせる。

 さすがに人数が多いと楽だね。


「嬢ちゃん、そろそろ客に入ってもらえ!」

「おっけー! ――いらっしゃいませ!」


 店の中に常連客達が入ってくる。

 皆、口々に大将にお祝いの言葉を告げて席に着く。


「大将ー! お客さんが入りきらないわ! 店の前にも席を出す?」

「そうだな! 近所の連中に声を掛けてから出してくれ」

「おっけー!」


 こういう気配りや提案はアリサの真骨頂だ。


「「「大将!」」」


 裏口から満腹亭のユニフォームを着た人達が飛び込んできた。

 施療院に運ばれていた店員さん達だろう。


「ご迷惑を掛けました!」

「すぐに下拵えを終わらせ――あれ?」

「おう! 腹の方は大丈夫か! 下拵えやだいたいの調理は兄ちゃん達が手伝ってくれた。礼を言っておけ!」


「「「ありがとうございます!!」」」


 店員さん達が一斉に頭を下げて礼を言う。

 本職の人達が来たのなら、オレ達のお節介はここまででいいだろう。


「ありがとよ、兄ちゃん達。後は客席でくつろぎな。今日の礼にとびっきりのメシをたらふく食わせてやるからよ!」


 礼を言う大将の言葉に背を押され、オレ達は客席に向かう。

 アリサ達が飾り付けたであろう店内には「一〇周年おめでとう」と書かれた横断幕の周りに花やキラキラしたモールが賑やかだ。

 オレ達の分の席は最初からキープしてあったらしく、すぐに座れた。


「大将ー! 一〇周年おめでとう!」

「何か一言くれ!」


 常連客が厨房の大将を呼ぶ。


「おう、ありがとう。長々した挨拶は満腹亭に似合わねぇ。今日は存分に喰って楽しんでくれ!」


 大将はそう言って、給仕達に料理を運ばせる。

 今日は店の人気メニューが食べ放題との事だ。


「びみびみ~?」

「とってもなのです!」

「美味し」

「イエス・オール。飾り切りの人参や大根が可愛いと告げます」


 ナナがこっそりと混ぜておいた星型の野菜を見つけたようだ。もちろん、大将の許可はもらってある。


「肉料理もだけど、この魚料理が特に美味しいわね」

「うふふ、気に入った? 味付けは覚えたから、また家で作ってあげるわね」


 アリサとルルがそんな言葉を交わす。

 さて、見てないでオレも食べよう。


「ご主人様、これが美味しいのですよ」

「こっちも美味~?」

「野菜も」


 ポチ、タマ、ミーアが皿に盛ってくれた料理からいこう。

 ポチセレクトの肉団子を口に運ぶ。柔らかい肉団子が口の中でほどけ、甘辛い餡がほどけた肉に絡んで絶妙なハーモニーを奏でる。

 タマが選んでくれたのは骨付きの鳥肉だ。一見、焼いただけに見えるが、下味を付けてあるので実に美味い。熱々の鳥の脂と絡んで食欲をそそる。次の一口が止まらなくて、あっという間に骨だけになってしまった。


「骨も美味~?」


 それはちょっと。鳥の骨は割れて喉に刺さるから、あまりオススメしない。

 ミーアのオススメは生春巻きっぽいヤツだ。咀嚼すると巻いてあって野菜がほどけて、シャクシャクした歯ごたえと共に口の中に残っていた鳥の脂を落としてさっぱりさせてくれる。生地で巻く前に、野菜に柑橘系のドレッシングをかけてあるのか、すっきりした味わいだ。


「とっても美味しいよ」


 感想を待っていた三人にそう答える。

 結論から言って、満腹亭の料理はどれも絶品だった。

 宮廷料理とは路線が違うが、ボリューミーで満足感のある食事は、健啖家の仲間達も満足できる量と味だったらしく、はぐはぐと一心不乱に食べている。オレも負けじと料理の数々に舌鼓を打つ。

 小食のミーアはすぐに満腹になってしまったらしく、大将に許可を貰ってリュートで曲を奏で始めた。ミーア作曲の「美味しいご飯は楽しいね」だ。

 オレは曲に耳を傾けながら店内を見回す。満腹亭の常連客達も、仲間達に負けない笑顔で食事を取っている。やっぱり美味しい食事は正義だね。


 なにはともあれ、一〇周年おめでとう。

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