水魔法ぐらいしか取り柄がないけど現代知識があれば充分だよね?/mono-zo

<十人十色、それぞれの未来>



「ここはどうすればいい? 教えてフリム様!」 


 勉強を教えて欲しいと言われ、ミリーを部屋に呼んでみた。

 平民であるミリーは貴族用の豪華な建物の……その中でも特に豪華な私の部屋に慄いていた。一応私は伯爵だからね。元々路地裏暮らしの私にとっても未だに慣れない時があるもん。

 しかしクッキーを出して軽く話してみるとすぐに緊張は解けたようだ。

 ミリーは勉強することを嫌がらず、それでいて年下の私に対しても素直に教えてほしいと言える子だ。私も忙しい身ではあるものの簡単な算数ぐらいなら政務をしながらでも教えることが出来る。


「なるほど……人は『十人十色』ですね」


「『じゅうにんといろ』?」


 解いていた問題に「多種多様な人がいる」といった内容があってつい日本語で言ってしまった。当然だがミリーには通じていない。


「あぁいえ、同じ人ではありますが、それでも皆違うと言う意味です。十人いれば、十の色があるというような……そんなたとえですね」


「人は人じゃないの?」


「そうですね。人は人なんですが、例えば絵を描くのが好きな人だったり、果物を育てるのが好きな人だったりと色んな人がいますよね」


「いるね! でもなんで十人?」


「それは……なんででしょう。十って数が数えやすいからかもしれませんね」


「たしかに…………んー………………んぅー?」


 ミリーは算数が苦手だから、数えやすい数字と言われてもまだちょっと難しいのかもしれない。


「……赤ちゃんは皆同じようなものなのにね」


「そうですね。そこから成長していろんなことをしますよね。仕事だったり趣味だったり、人それぞれ個性って出てくると思うんです。ミリーもいろんなことに挑戦すると良いですよ」


「でも私は平民だしね。仕事は選べないよ」


 卑下することもなく、身分差からの当てつけでも悪意があるわけでもなく……この世界では当然のことなのだろう、ごく自然にミリーは算数の問題を解きながらそう言った。


「ミリー、ミリーは将来私のもとで働いてくれるんですよね?」


 しっかりミリーと向き合って話す。


「うん! フリム様のところなら安心だしね! どうせお貴族様のところで働くならフリム様の所が良い!」


「ありがとうございます。では、働いて、その他は何をするんですか?」


「え? ……その、頑張って働くよ?」


 平民であれば、いや、ミリーは農民だったそうだし生活が苦しかったのだとすれば……周りには趣味を持つような余裕のある人はいなかったのかもしれない。

 余裕がなければ人はいつもの行動から逸脱するようなことはなかなか出来ない。余裕があってこそ、趣味や新しいことに挑戦することが出来る。

 これからする話はミリーには理解しづらい話かもしれないけど、しっかり聞いてほしいから、ちゃんと向かい合ってミリーの両手を握ってみる。


「ミリー、私はミリーに幸せになってほしいです」


「あ、ありがとう。へへ」


「だからミリーには働くばかりではなく、なにか趣味を見つけたり好きなこともしてほしいのです」


「でも私は……」


 ほんの少しだけ目をそらされ、手がひかれた。

 この学園に大きな差別はないし共に学ぶ体制になっているとは言っても、平民と貴族の間には身分差はある。多感な時期にここで過ごせば……きっと何かを諦めたり、身分差から境遇を受け入れたりもしているのかもしれない。

 特にミリーは特別な才能によってこの学園に入学した。他の平民や貴族とは違っていて将来がどうなるかわかっていない。ミリーからすれば「勉強して、偉い人の言う通りに生きる」のが当たり前だと考えているのかもしれない。少なくとも私にはミリーは自分には関係ないと何かを決めつけている部分があるように見えることがある。

 だけど私は……だからといって何かを諦めたり選択肢を狭めるようなことをして欲しくはない。


「絵を描くも良し、お店をやってみるも良しです。私が計算を人に教えられるように、何かをやってみることでいずれ先生になれるほど上達するかもしれませんよ」


「そう、なのかな? フリム様の言ってることは私には難しくてわからない」


「例えば私は農業にも興味がありますが畑を耕したことはないので、ぜんぜんわかりません。ミリーはその点私に農業を教えられる知識があると思います」


『先生』という言葉がある。教師に対してよく使われるが『先に生まれる』と書いて先生。

 年齢とは関係なく、その道の先を進んでいるからこそ教えられることもあるのだ。

 何も勉学のことだけではない。スポーツでも趣味でも、その分野を人よりも先に学んでこそ何かを教えられるようになるというものだ。


「いやー、私は親に言われるままに働いてたから、フリム様に教えられるほどのことはないよ」


「きっとあるんですよ。私には雑草と野菜の見分けも出来ません」


「それ、堂々と言うことじゃないような?」


 少し笑ってくれた。

 将来自分は仕事をするんだと言って何かを諦めるのには、まだミリーは早すぎる。

 そういう教育を受けてなかっただけ、そういう環境ではなかっただけなんだと思う。


「何でも良いんです。何かをやってみて、『楽しくてまたやりたいな』と思えるならまたやってみれば良いですし、『自分には合わないな』と思えばそれで止めたって良いんです。そうだ、エール先生。勉強は中止です。絵を描きますので準備をお願いします」


「はい」


 政務も落ち着いてきていたし、貴族としての教育には様々なものがある。

 刺繍やマナーにダンス、音楽や料理などなど、それらはいつでも私が学べるように何かしらは用意がされている。大体はエール先生が教えてくれるので教材数人分ぐらいであれば確実に用意がある。絵にした理由は絵の具が結構なお値段のため平民の彼女には手が出しづらいだろうし、どうせならミリーにも体験してもらいたい。


「え、えぇ? い、良いのかな? 絵なんてお貴族様のもので」


「じゃあ、刺繍します? それとも歌? 運動……は私が付いていけなくなりそうですが、それでも良いですよ?」


 まぁ正直何をしたって良い。ミリーがやりたいことをしよう。


「フリム様、画材の準備であれば出来ておりますが」


「じゃ、じゃあ、絵で、お願いします」


「はい。一緒にやりましょう! 何、私も絵は全然です!」


「フリム様、それも胸を張って言うことではないですよ?」


「ははは! 楽しみましょう! あ、エール先生も一緒に描いてください」


「え゛、その、私もほとんどしたことがなくてですね……」


「まぁ良いじゃないですか!」


 何かを始めるのに、立場や年齢は関係ない。

 やってみて楽しければ続ければ良いし、楽しくなければ自分には合わないなという経験を積める。そうして何か自分が楽しめる別のことを探してみると良いんじゃないかな。十人十色、たくさんのことを経験してみて、挑戦して、人それぞれそうやって人生を楽しむと良い。

 このあと私は前世で見た「絵の具を撒き散らすような絵」を描き……二人には笑われてしまった。

 エール先生の犬か猫かもわからない足が五本の生物の絵も、虹が貫通して崩壊しているミリーの故郷の家の絵も、絵として上手いかどうかと言うとそうでもないと思うが……それなりに楽しめた。誰がなんと言おうと、楽しめればそれで良いのだ。

 この経験が何かの役に立たなくてもいい。それはそれで今楽しめたという体験をして――思い出となった。

 もしかしたらこの経験からもっとやる気になって、この三人の誰かが画家になるかもしれない。もしくはこれらの絵を見た誰かが……なんてね。しかし、私が描いた前衛的な絵はそれなりに良いと思うのだけど……そんなに悪いかな? 子どものお遊びに見えるか。見えるな。

 少しばかり部屋と手がカラフルになってしまったが、これも御愛嬌だろう。笑うだけ笑い、楽しんで終わるかと思ったのだが…………思った以上に絵の具って匂いが残って……後で寮母さんから苦情が来てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る