氷華の令嬢―大国を背負いし悪役令嬢の覚悟―

鹿乃きゅうり

原作小説『暁の帝と花冠の后』

 ――黄昏の光に包まれる時、この庭で出会った二人は必ず結ばれる。


 帝都の片隅に広がる庭園には、そんな言い伝えがあった。

 白亜の塔を背にした噴水と、四季折々の花が咲き誇る庭。

 人々はそこを「ルミナリアの光の庭」と呼び、憧れと羨望を込めて語り継いできた。


 その庭を見下ろす高みで、若き皇太子レオニードは朝日を見つめていた。

 赤銅色の髪を陽に照らし、まっすぐな瞳に未来を映す。

 その傍らに立つのは、幼き日から共に育った少女ヴァレリア。快活な笑みを浮かべ、彼の言葉を待っている。


「いつか、私が帝となったら」

「ええ、その時は私が隣に立ちましょう」


 二人の絆は、光の庭を見渡しながら交わした幼い誓いから始まった。



第一幕:宮廷の青春


 やがて時は流れ、皇太子は即位の時を迎える。

 レオニードは若き皇帝として帝国の舵を取り、后を迎える時期が迫っていた。


 多くの令嬢の名が挙がる中、とりわけ強い注目を浴びたのが大公家の娘エカテリーナだった。

 血筋も美貌も申し分ない。だが一途すぎる想いと不器用な振る舞いが、次第に周囲の誤解を呼んでいた。


 ヴァレリアに笑顔を見せることはなく、侍女に厳しい態度をとり、気まぐれに振る舞う姿は、やがて「傲慢」「嫉妬深い」と囁かれるようになった。

 エカテリーナという名は、宮廷で「悪女」として知られていった。



第二幕:領地と民の苦難


 帝国を干ばつが襲い、収穫は激減。飢えが広がり、各地に不安が満ちる。


 皇帝レオニードはヴァレリアと共に領主や官僚たちを率い、誠実に人々の声を聞いた。

 彼女は誰もが納得する解決策を導き、次第に民衆の信頼を集めていった。

 「未来の皇后」としての姿は、誰の目にも揺るぎないものとなっていく。


 一方で、エカテリーナは家族に認められたい一心から領地に口を出した。

 だが経験も知識も足りず、やがて虚飾に走った。

 無駄な祭礼を企て、装飾に人手を割き、農民に余計な労を課す。

 その行いは、民の負担を増やしただけで終わる。


「やはり大公家の娘といえど、中身は空虚だ」

「注目を集めたいがために、悪事を働いているのだ」


 噂は瞬く間に広がり、エカテリーナは孤立を深めていった。



第三幕:愛と嫉妬


 やがて、后の座を巡る決断の時が訪れる。

 レオニードは迷うことなくヴァレリアを選んだ。


「陛下の隣に立つのは、あなただけだ」

「ええ、レオニード」


 二人は光の庭で強く手を取り合う。

 その光景を目にしたエカテリーナの心は砕け散った。


「どうして……どうして私ではないの」


 愛する人に選ばれない絶望と、認められない苦しみ。

 その想いはやがて憎しみに変わっていった。


「ヴァレリアさえいなければ……」



第四幕:破滅


 夜会の後、エカテリーナはヴァレリアを光の庭に呼び出した。

 伝説にあやかり、自分こそ皇帝と結ばれるべきだと信じて。


 だがその手にあった杯には、毒が仕込まれていた。


 計画は露見し、陰謀は白日の下にさらされる。

 駆けつけた皇帝レオニードは、冷ややかな眼差しで彼女を見据え、剣を抜いた。


「ヴァレリアを害そうとしたその罪――断じて許されぬ」


 刃が振り下ろされ、エカテリーナの命は黄昏の庭に散った。

 最後まで彼女の瞳には、皇帝への愛だけが燃えていた。



エピローグ


 やがて時は流れ、レオニードとヴァレリアは帝国を導く良き帝と后となった。

 “光の庭で結ばれる”という伝説は、二人の愛と共に新たな輝きを帯び、人々の希望として語り継がれる。


 ただ一人、エカテリーナの名は「悪女」として記憶されるだけ。

 その真心も孤独も、歴史の陰に葬られて。


 ――これは、皇帝と后の愛の物語。

 そして同時に、ひとりの令嬢の哀れな破滅の記録でもあった。

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