第5話「空を裂く者」

――1Q終了、紅嶺 29−14 皇京。

外→中→外の三拍子で主導権は紅嶺。けれど、2Qのブザーとともに空気は静かに反転していく。



2Q “空中”の重力


(前半の鍵は空中。インサイドは“位置”で耐える)


センターは白取(197cm)が続投。加賀見は一旦ベンチ、神堂はコートに残る。

最初の守備、白取は九条と川島の間へ薄い壁のように立ち、“通り道”を細くする。触らない、でも通さない。九条の進入角が半拍止まり、川島の合わせが遅れて外へ。


神堂(低く)「白取、道を細くしてる。効いてる」


だが九条はすぐ解法を上書きした。

背中で押すんじゃない。肩と腰の角度を連続で微細に変えて、“間”そのものへ体をねじ込む。白取の足がじわりと滑る。

そのまま九条がねじ込み、ゴール下で2点。次のセカンドは空中で抱え込む→体を入れ替えてプットバック。重く、確実。


白取(心の声)「……触らない。でも届かない。読みだけじゃ空中は止められない」


サイドの交代表示。

白取 → 熊谷(189cm)。白取は悔しさを押し殺して戻り、タオルで汗を拭きながら小さく呟く。


白取「次、角度もう一段変える」

神堂「読みは死んでねぇ。角度は俺が貸す」


熊谷が出た瞬間、空気がわずかに荒っぽくなる。

熊谷「フィジカルでぶつかるぞ、九条!」

九条「上等だ」


正面衝突。初手は止めた。だが二手目、九条が体幹の芯をずらし、熊谷の足が半歩下がる。

こぼれ球に九条がもう一歩先で触れる。オフェンスリバウンド、からの強打。シュパッ。バスカンにはならずとも、重い2点。


熊谷(心の声)「力で負けた? 違う。押す前に、空中を取られてる……!」


攻撃でも重力が働く。

俺(神威)のウィングスリーは、九条が外まで伸びてきて指先にかすり、ショート。

東雲のキャッチ&シュートも、ギリでタッチされリムに嫌われる。


片桐(皇京PG)「外は出切りで殺す。中は九条が回収!」


桐生先輩は淡々。「撃つ“ふり”で空けろ。戻しは拾う」


(了解です。――Falcon Sight、少し上げる)


俯瞰。片桐の首振り、早瀬のレーンチェンジ、九条の半歩内寄り――

神堂がショートコーナーに滑る瞬間へ鋭いワンタップ。神堂のフローティがザシュ。

それでも皇京は食らいつく。九条のキックアウト→葉山のコーナー3、シュパッ。差が縮む。


残り時間を使い切るラスト一攻め。

桐生先輩のハイピックで一瞬空く――踏み切らず東雲へもう一つ。放物線は惜しくもリムアウト。

こぼれ球は九条の手の中。片桐がハーフラインを越え、ショートのランニングジャンパーを沈めて前半終了。


ハーフタイム:紅嶺 40−37 皇京(15点差→3点差)。



ハーフタイム 作戦会議(両校)


【紅嶺ロッカー】

神堂「インサイド、勝ち切れてない。跳ぶ前に押される」

熊谷「触れた瞬間に剥がされる。押す前に空中を奪われてる」

白取「“柔”が届かない。角度、もう一段変える」

桐生「テンポは崩れてない。問題は空中の主導権」

神威「撃つだけじゃ無理です。Falcon Sightで“空ける”優先にします」


桐島監督(にやっと)「いいじゃん、その顔。――後半さ、“本気”でいこ?」


【皇京ロッカー】

監督「悪くない。空中は支配できてる。守備は“撃たせない”じゃなく“考えさせる”に切り替え」

九条「神威は昔、細かった。今の体は外用じゃない。空中の当たり負けをしないための身体だ」

片桐「なら、最初から押し込む。やつに“考える時間”を与えなきゃFalcon Sightは鈍る」

早瀬「スリー殺して、ドライブは空中で潰す。こっちの重力で沈める」



3Q序盤 逆流、そして逆転


皇京はプランを継続。九条の空中支配+外封鎖で押し切りに来る。

加賀見→白取→加賀見とセンターを細かく回すが、九条の一枚は重い。

葉山のユーロステップ、早瀬のトレイル3――シュパッ。差は1点、そして皇京が逆転。


観客「逆転だ!」「流れ、皇京!」


桐島監督がすぐ手を上げる。「――ここで切る。タイム!」



3Q中盤 タイムアウト――“PG?”の衝撃


紅嶺の円陣。綾監督がボードをくるっと回し、ギャル調で畳みかける。

桐島「神威、PG入って。東雲、天城、神堂、加賀見で回す。撃つ・抜く・捌く、三択で揺らすよ」

東雲「……PG? 神威が?」

天城「マジで? いや、やるなら合わせます」

神堂「お前が軸、ってことだ。――行けるな」

俺「はい。やります。お願いします」


ベンチが一瞬ざわつく。

後ろで桐生先輩がニヤッと笑って肩を押す。「本気出す時は、こっちが“本職”だろ」


観客席もどよめく。

「8番PG!?」「スコアラーだろあいつ!」

皇京ベンチがざわつき、片桐が低く息を吐く。「ゲームメイクまでやる気か」

九条は目を細めた。「は? ……あいつ、PGできんのかよ」


【皇京タイムも同時】

監督「神威のPGでテンポが上がる。最初の二歩は受け渡しで飲み込め。パスラインは切断」

片桐「了解。二歩目の線を常に潰す」

九条「……それでも来る。あいつ、空中で当たり負けしない」



3Q後半 撃つ・抜く・捌く(シーソーゲーム)


布陣:PG神威/SG東雲/SF天城/PF神堂/C加賀見。

再開。皇京はさらに高く外を張り、九条は最初から俺のレンジにいる。


(なら、二択を三択に。撃つ/抜く/捌く――全部やる)


最初は捌く。

Falcon Sightで俯瞰、片桐のヘルプ角度が“半拍ズレる”地点を先読み。

逆サイドの天城コーナーへレーザー。クローズアウトが遅れ、ザシュ。同点。


次は抜く。

フェイク→二歩目の爆発で片桐の重心を外し、レーンへダックイン。

川島の胸を肩で滑らせ、最後の壁――九条が正面に入る。


九条「止める!」


――ドン、と肉が当たる鈍い音。

観客「え、当たり負けしてない!?」

(そういうことか)九条の目が細くなる。

――“外専門”じゃない。空中でも当たり負けしないための身体だ。


空中で体勢を立て直し、ボードに柔らかく置いて2点。再逆転。

記者席「神威はトップスピードは平凡。でも最初の二歩だけは別格。守備が反応する前に、もう中だ」


――ここでサイドライン近く。桐島綾が腕を組み、わずかに口角を上げる。

桐島(独白・小声気味に)「……神威の“視野”はさ、ただ広いだけじゃないんだよね。Falcon Sightでコート俯瞰して、誰がフリーか一瞬で見抜けるの。

空いてたらパス、塞がれてたら自分で切り込む、で、スリーも普通に撃てる。――こういうPG、止めようがないっしょ」

肩をすくめて笑う。

「全国探しても、これほど脅威なPG、そういないって」


観客がざわつく。「PGであの破壊力?」「紅嶺、やばいカード切ってきた」


皇京も折れない。

九条がハイポストで受け、フェイク→フェイダウェイ、シュパッ。

片桐のスネークから早瀬のスポットアップ3、ザシュ。再逆転。

試合は完全なシーソーへ。


俺は再び捌く。

トップで引きつけ、九条を半歩外へ誘い出す。

神堂のショートロール→即リターン→東雲のトランジション3。今度は高め、タッチが届かない――スパーン。

東雲(肩で息をしながら笑う)「やっと一本、芯食った」


加賀見は言葉がない代わりに、早く跳んで遅く落ちる。

九条の二歩目の前、落下点へ先回りして、“砂利”を撒くように身体を差し込む。

神堂(代弁)「今の、効いたってさ」


さらに殴り合い。

九条のミドル、俺のアンドワン、片桐のフローター、天城のFB 3――

声が切れない。得点板だけが忙しく点滅する。


終盤、俺はもう一度抜くを見せて、捌くに切り替える。

Falcon Sightを一段上げ、視界を俯瞰に“固定”。

(片桐の首は右。早瀬の視線はボール。九条、半歩外――“今”)


抜くフェイクで九条のヘルプを誘い、背面スルーで天城へ。

天城のキャッチ&ミドル。リム、リング、ネット――コトン。


――ブザー。

3Q終了:紅嶺 62−59 皇京(3点差)。


ベンチに戻る途中、東雲が苦笑いで俺の肩を小突く。

東雲「ほんとにPGやんのな。……似合ってんじゃん」

俺「恐縮です。先輩が撃ってくれるから、回せます」

神堂「最終Q、拾い尽くす。空中で負けねぇ」

加賀見(無言で親指を立てる)


コートの熱は、確かに紅嶺へ戻りつつある。

けれど、九条はまだ笑っていない。

九条(心の声)「……ここからだ。空中で、勝ち切る」


最終Qへ。

“空”を裂く音が、もう一度、体育館に響く――ザシュ。

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