第4話 光
二〇一〇年の四月。 大学を出た私は、とあるインターネット関係の会社に就職した。まだ「新卒」のくくりだったこともあり、正社員で事務職での採用だった。その会社・A社は、インターネットの光回線の営業を事業としており、私以外は営業マンだった。営業の人たちが仕事に出ている間、私は所長と二人きりだ。
「死ね、死ね、殺すぞ殺すぞ……」 所長は悪い人ではなかったが、電話を切った後などに独り言を言う癖があった。ストレスがたまるのだろうが、常に某乳酸菌飲料とポスナック菓子を口にしていて、不健康な感じだった。だから、悪いとは言わない。彼には彼の事情があったのだろう。けれど、この不穏な環境は、新卒で初めて就職した私には重かった。
仕事自体も、求人票に書かれていた内容とは異なって、給与は記載より安く、残業はおおいにあった。そして一日の仕事の締めは、所長からのお話。営業マンたちも仕事を終えて全員帰ってきてからこれを聞く。
「ええか、臆病風吹かせとったらあかんのじゃ!」
所長は四十分近くしゃべっていたけれど、私はこれしか覚えていない。
隣の男のコは、
「なぁ、いつ終わるのかな。明日も七時やろ」
と、ぼそぼそ言っていた。
この時間は残業に含まれていないのである。
こうやって、底辺の労働者の時間は、理不尽にあっけなく刈り取られていく。 成績が悪いと、所長は営業マンをどなり散らした。できたばかりの事務所で、いろいろなトラブルもあった。
ビルの警備員に、
「おたくの所長さん、何度言っても表札を出してくれないんだけど」
と、苦情を言われたこともある。
私が伝えたら、所長は「ええんや」と言っていた。
今あの事務所は潰れているけれど、結局最後まで表札はなかったと思う。はためには怪しい会社だっただろう。
私がそこにいたのは一か月ほどだったけれど、その間に営業マンたちがどんどんやめていった。遠い地から来ていたYさんは、「○○ちゃん、僕はもう疲れたよう」と私一人のときに弱音を吐いた。そして翌日やめていった。
Fさんは、営業の合間に一度帰ってきて、私と少し話した後、
「今から出ていくけど、もうここには帰ってこないからね」
と言った。
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