第5話 君と繋がった真夜中の砂浜
街灯の下にポツンと染み込む雫があった。アシカのように体を這って歩く女性が真っ暗な石畳の通路を進む。時々走る車のヘッドライトで場所を確認する。街灯の光だけではどこに進んだらいいかわからなくなる。鼻を上に向けて、潮の香りを嗅いで方角を確認する。
「きっと、こっちのはず……」
何度も進むうちに手のひらに擦り傷ができて来た。血豆ができてるところもある。適当に着せられた春夏冬 煌弥の大きなLサイズのチャコールグレイのTシャツも破れかぶれになってきた。せっかく体についたロボット義足はプログラムの影響からかあちこちに曲がってしまい、うまく扱うことができない。ロボットでもまだ未完成であった。時々、変な音を鳴らしている。それでも必死で海に向かう。
「……待って! 待てって!!」
パソコンづくしで運動音痴の春夏冬 煌弥は、久しぶりに走ったためか、息切れしている。義足の女性は、春夏冬 煌弥の声が聞こえていても無我夢中で這いつくばって進む。数十メートル進んだところでツンッとシャツにひっかかってしまう。ガンと思いがけず、顔面を地面にぶつけた。さすがにそれは止まるだろうと、高を括った春夏冬 煌弥はふぅとため息をつき、腰に手を当てて立ち止まった。
「ふぬっ!!」
彼女はこんなの痛くもないと言うような顔をして、鼻血を出しながら、ひたすらに前へ前へと突き進んだ。
「……おいおいおいおい。そこは、止まるところだって!」
「ついてこないで! 私に近づかないで!!」
彼女の言ってる理解できない春夏冬 煌弥は、必死で止めようと両肩をおさえる。ズルズルとついには砂浜に体が進む。さらに彼女を止めるのが難しくなる。春夏冬 煌弥は、水の中も砂の上も慣れていた彼女の動きに翻弄してしまう。
「な、なんで、そんなに動きが俊敏なんだよ!」
「このぉ、分からずやーーー!」
片言で叫ぶ彼女に表情が固まってしまう。止める力を失った。砂浜を抜け出し、そのまま海の中に入っていく。上半身だけの体で役立たずのロボット義足に海の中でももがき苦しんでいた。
「あぁ! あーーーー。あーーーーー。なんで、なんで!!! 泳げないのよ!! この、ポンコツ。このオンボロ!! こんなのいらない。私の足なんかじゃないわ!!」
海の中に入りながら、自由に動かすことができないロボット義足を何度もたたく女性は、止めどもなく大量の涙を流した。泣いても泣いても止まらない。海の中に溺れて、顔も体もびしょ濡れだ。ぶくぶくになりながら、赴くままに喚くと、春夏冬 煌弥は服を着たまま、がっちりと彼女の体をつかんだ。波にさらわれそうになりながら、泣いてしっかりと手は春夏冬 煌弥のお腹に回していた。
「あーーーーーーー」
もう何を言えばいいのか分からない。何をしたいのか分からなくなった。海の中に行きたいと願った彼女は、海を嫌いになった。息もできなくて、苦しくなる。自由がないと感じた。
「……煌弥!! 私は人魚なの。こんなのいらないの。もう私のヒレを返してちょうだい!!」
「え?!」
どうにか砂浜にたどり着いて、背中に女性を背負った春夏冬 煌弥はその言葉に目を大きく見開いて驚いた。
「に、人魚なの?! マジで?」
「嘘つかない。デシレアは嘘つきじゃない!!」
「デシレアって言うのか」
「あ、言っちゃった」
両手を口でおさえて、恥ずかしそうに顔を隠す。急に両手を外したために体勢を崩して砂浜の上に背中から転んでしまう。デシレアの足の上に、春夏冬 煌弥が乗ってしまう。
「痛ーーい!」
「ごめんって。両手離すからだよ」
「煌弥が名前を聞き出すからだ!」
「聞き出してないって」
「……え? だって……」
そんなやり取りをしていると、2人は急に会話をするのをやめた。寝転んだ夜空があまりにも綺麗すぎていたからだ。東の空で流れ星が落ちていく。
「あ、願い事!」
「……もう遅いよ」
「そんなことない。あたしは人魚に戻るんだから」
「……ふーん。そっか。そんなの星に願わなくても俺が叶えてやるよ」
「嘘だー」
「俺だって、嘘つかない」
「ううん」
「ううん、違う」
「違くない」
「違うんじゃない」
「え? どっち?」
「どっちかわからない!」
春夏冬 煌弥は、また海の方に逃げそうになるデシレアをお姫様だっこしてすくいあげた。
「大漁だ!」
「あたしは魚じゃない!!!」
「はいはい。そうですね。人魚さん」
「…………」
デシレアは少しだけ春夏冬 煌弥を信じられた気がした。砂を踏む音が心地良く感じた瞬間だった。
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