第5話:悪役貴族(良い人)
その後、俺と師匠は女性を連れ、ヴィルハイム領で一番大きい街、マルカポーチへ戻った。
ちなみに、ヴィルハイム邸宅もこのマルカポーチ内にある。
「グランノルド様、この度は命を助けていただき、誠にありがとうございました……」
そして帰ってくるや否や、女性は俺に向かって深々と頭を下げ始めた。
「では坊ちゃん。私は一度ギルドへ行ってくるので、そちらをお願いしますね」
うーむ。あんなこと言って師匠はそそくさと行っちゃうし。
「いい、顔を上げろ」
「い、いえ! グランノルド様の前で顔を上げるだなんてとんでもございません!」
「……」
怯えてるじゃん……。
そりゃそうか。なんといっても、彼女の目の前にいるのは、ヴィルハイム領に住む以上、ある意味魔物よりも恐ろしい存在だからな。
「い……命を助けていただいたからには、何なりとお申し付けください。お望みとあらば──この体も、差し上げる所存であります……」
おいおい、と思いつつ、原作のグランに恩を売ろうものなら、間違いなく体で返せとか言うだろうしな。それを先読みしたか。
ぷるぷると生まれたての子犬みたいに肩を震わせる女性を見ていたら、なんだか俺は凄くいたたまれない気持ちになってきた。
「礼はいらん。あと、そんなに軽々しく体を差し出すとか言うな」
けれど、今のこいつの中身は俺だ。決定権は俺が握っている。
エッチなお礼はダメ! 死刑!!
「お前、名はなんと言う?」
「わ、私の名前なんて、名乗るほどのものではございません!」
そっちが言うパターンあるんだ。その台詞。
まあ
ただ、名前が分からないのも困るのだ。
「俺が名乗れと言ったのだ。それとも、やはりお礼を貰った方がいいか?」
「し、失礼しました。レナと申します……」
「そうか。ではレナ、なぜあの森にいた? あそこはダンジョンだぞ」
ここで、俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「……薬草を摘みに行ってました」
「薬草なら道具屋へ行けば買えるだろう。なぜわざわざあんな危険な真似をした?」
「──母が、病気でして」
「それが森へ行くのとどう関係する?」
「はい。ですが、なんというか……」
「なんだ?」
「お、恐れ入ります。我が家は貧しく、薬草を買うお金がないのです。その……税金も高く、日々を暮らすのがやっとで」
なるほど。
話は見えてきた。
「医者に行くこともできず、かと言ってギルドに採集依頼を出そうにも契約金が払えず……」
(それで森に行ったのか。あそこは薬草の群生地、理にかなってる)
俺は直感した。
これは、死亡フラグの一つだ。
「分かった。なら、これを持っていけ」
「え?」
ここでようやく、女性──レナは顔を上げた。
そう言って、俺は懐から、ある物をレナへ渡す。
「薬草だ。本当は俺が使おうと思ってたものだが」
「そ、そんな──いただけません! 恐れ多いです!」
「家に腐るほどあるし、俺は必要ならいつでも買える。それとも、俺の薬草が受け取れぬか?」
こういう時貴族は役に立つ。
金ならあるからね。
「そうだ。礼の代わりと言ってはなんだが、お前に一つ命じよう」
「え、な、なにを……」
「必ず母君を治せ。薬草が足りなければ館を尋ねろ、使用人たちには話をつけておく。今回だけ特別だ」
「あ、ああ……!」
すると、レナの目尻に涙が溢れていく。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! グランノルド様!」
「礼よりも、早くそれを持って行ってやれ」
「はい!」
そう言って、レナは涙と笑顔を浮かべながら、家へ走って行った。
そして、俺たちのやりとりを見ていた民衆がざわめき出す。
「見たか今の? いや〜若様は立派になられたな」
「小さい頃、街に小便を撒き散らしたときはどうなるかと思ったが、杞憂だったな!」
「相変わらず態度はちょっとアレだけど、中身はもう大人だね〜」
よし。
反応を見るに、民衆からの好感度は間違いなく上がったぞ。
破滅エンドその1……不満の溜まった民衆から謀反を起こされる。
実はこのヴィルハイム領、民衆の満足度がくっそ低い。
詳しい理由はまた後で話すが、そのうちの一つがグランの存在だ。
グランが民衆のヘイトを買いすぎた結果、最終的に反乱が起きて、そのままヴィルハイム家ごと壊滅という破滅エンドがある。
それを回避するためには、こうして定期的に民衆の好感度を上げとく必要があるのだ。
……にしても、転生前のこいつの蛮行にはつくづくドン引きしてしまう。
小便がなんたらと聞こえたが、あんなの序の口だ。もっとやばいエピソードがごまんとある。
俺がここまで好感度を持ち直すのに、この5年間どれほど苦労したか。
「坊ちゃん、終わりましたよ」
お、どうやら師匠の方も終わったみたいだな。
一旦反乱エンドの考察はこの辺でいいだろう。
帰ったら、他の破滅エンドの考察もしなきゃならんからな。
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