第6話 スキンヘッド巨漢口下手マイナーダイ

 ◆



 俺は足音を殺して奥へ進む。薄暗い通路の先、鉄臭い血の匂いと獣臭が混ざって鼻をつく。視界が開けると、スキンヘッドの大男が巨大な金棒を振り回し、スクラッチモンキーと取っ組み合っていた。


 あの体躯にあの武器。普通ならサルなんて一撃でバラバラだろうに、頭上では二匹のクイックバットが縦横に飛び回り、肩や額に噛みついては血を吸っている。


 大男の首筋からも赤い筋が垂れているのが見えた。

 バットの羽ばたきと金棒の風切り音が交錯し、ダンジョンの空気がぴりぴりと震えている。


「うがああああああっ」


 大男は鬱陶しそうにメイスを振り払うが、空を切ってばかりだ。ブンブンと金棒が壁を叩き、石粉が飛ぶ。動きは荒いが、確かに力はある。


 お、次の囮くんみっけ。楽して大儲けだ。



 俺は左手を軽く掲げ、視線でコウモリを捉える。脳裏に「潰す」イメージを描くと、サイコキネシスの感触が指先に集まった。無音のまま二匹のうち一匹を捕まえ、地面に叩きつける。骨の砕ける音が乾いた岩に響いた。


 コウモリの死骸がびくりと跳ねるのと同時に、大男が一瞬驚いた目でこちらを見た。


 しかしすぐ前に向き直り、今までの鬱憤が溜まっていたんだろう、顔を怒りに真っ赤に染め上げながら、サルに向かって金棒を振り下ろした。


 ゴッ!という鈍い音。


 金棒の凶悪な棘がサルの顔面にめり込み、膂力に押されて頭蓋が陥没し、胸にまで頭が埋まっている。

 こ、こええ……なんだこの鬼みたいなやつは。キレて暴れだしたりしないだろうな。


 金棒を下ろし、こちらを無言で見つめるスキンヘッド。

 な、なんだよじろじろ見やがって。俺がビビると思ってるのか。コウモリのエネルギー結晶は俺のだぞ!


「なんだよ。文句あんのか」


 こういう時はビビったら負けだ。威圧には威圧。


「あ……」

「あん?」



 スキンヘッドは鬼のような形相だ。眉間に皴がより、顔の筋肉がこわばっている。今にも噛みついてきそうな凶暴性のある、生物として明らかに強そうな気配を出している。


「あ、あ、ありがと」


 お、おう。


「お、おう」


 素直過ぎて思ったことをそのまま口に出してしまった。


「す、すごい。あ、あ、あのはや、早いやつ。あっさり」


 おお。なんだ強面のヤクザみたいなやつだと思ったら、なかなか見る目あるじゃんこいつ。


「ふふん、当たり前だ。俺にかかればちょいよ、ちょい。ちょちょいのちょいですらないね」


 俺の中でこの瞬間、このスキンヘッドは格下になった。下手に出る、格下。これは方程式だ。

 どんなに怖い顔でもでかい身体でも関係ない。


「お前、でかいな。名前なんていんだ」

「お、お、おで、おれ、大宮、だ、だいご」


「ふうん。ダイな」


 身体もでかいし、いい肉盾になりそうだ。パワーも、上半身が潰れたサルを見る限りすごいだろ。

 なんていったっけ。ソーマ?進化ってやつか。


「う、うん。じゃ、じゃあおれ、行くから……」


 お、エネルギー結晶の権利も主張せず、自分が倒したサルの分まで置いていこうとしてる?

 ほうほうほうほうほう、なかなかいい心がけじゃないの。


「お前一人か」

「お、おれ、ソロ」

「よーし、ついて来い」


 それだけ言ってエネルギー結晶を拾い。ずんずんと奥に進んでいく。

 いやーやっぱりいいことをすると周り周ってくるんだな。結晶も儲けた上に盾までついてくるなんてな。


「え、え?おで」

「おいトロトロしてんなよダイ。時間は有限。タイムイズマネー。俺は久豆だ、アニキって呼んでもいいぞ?」


「え?あ、あい。アニキ」



 ◇



 岩場の陰からスクラッチモンキー三匹がぬるりと姿を現し、こちらを見つけるや否や甲高い声を上げて一斉に走り寄ってくる。

 砂混じりの足音がだんだん早くなる。体毛の間から土埃のにおいがする。


 サルを持ち上げるほどの出力は、今の俺にはまだない。

 俺はちらりと隣のダイを見た。両腕には凶悪な籠手、手には一メートルはある金棒。前衛くらいならできるだろう。


「おい、ダイ行け」


 手で合図して前に出させる。


 先頭のサルの額にサイコキネシスを集中させる。見えない手で強く押されたようにサルがつんのめり、後ろにすっ転んだ。


 ざまあみろ脳タリンサル。

 残り二匹の腰が引け、さっきまでの勢いが鈍る。


 よし、加速がなければこっちのもんだ。


「うおおおおっ!」


 ダイが叫びながら戦闘中のサルに突撃し、金棒を振り上げる。サルも反撃に出ようと爪を構えた。

 俺はすかさずサルの右足首をサイコキネシスで引っ張り、体勢を思い切り崩してやる。


 ゴッ、と鈍い音。ダイの金棒がサルの頭にめり込み、骨が砕ける音が響いた。脳漿の匂いが空気に混じる。

 ダイは不思議そうにこちらを振り向いたが、その目にはすでに戦闘の興奮が宿っている。


「俺がサル共をサンドバッグにしてやる」

「あ、アニキ。わ、わがった」


 その時、バサバサと羽音が響いた。戦闘音につられてクイックバットが寄ってきたらしい。


 さっきの記憶がよみがえったのか、ダイの肩がびくりとこわばる。


「おおおい、ダイ。お前の後ろにいるのが誰だと思ってんだ」


 俺は一瞬でコウモリをサイコキネシスで捕まえ、空気を裂くように地面へ叩き落とした。翼が折れる感触が伝わってくる。力の抜けたコウモリをそのままサルの顔面にぶつけてやる。


『ギャッ』


 ダイは我に返ったように、コウモリごとサルを殴り潰した。金棒が唸り、骨の砕ける音が重なる。


『ギャアオオ』


 残ったサルが背後からダイに飛びかかり、その自慢の爪を突き立てようとしている。俺は反射的にサル全身の動きを止めようとサイコキネシスを放つ。


 だが出力がまだ足りない。一瞬びくりと引っ張られただけで、すぐにバチンと拘束を解かれた。

 あ、やっべ。


 だがその一瞬で十分だったようで、振り向いたダイはサルを一撃で叩き潰した。

 砂煙の中に崩れるサルの体。


「よ、よーし。やっぱり俺の見立て通り、使える奴だな。すげえパワーだ、最低限動きを止めてやれば一撃必殺じゃねえか」

「あ、アニキ。ありが、ありがと」


「俺は人を見る目があるんだ。お前、強くなるぜ。俺についてきな」

「う、う、うん。ほんとに、い、いいの?」


 よし、誤魔化せたな。ふー、危ない危ない。かっこ付かない所だったぜ。


「当たり前だろ、ほら次行くぞ」


 ◇


 それから追加で三時間ほど、俺とダイはサルとコウモリを狩りまくった。


 コウモリはもう完全にカモだ。見つけた瞬間、念じるだけで空中からもぎ取れる。

 パシッと掴んで地面に叩きつける。羽音が止むより早く、俺の手元にはエネルギー結晶が転がってくる。


 サルの方はちょっと面倒だが、やりようはある。サイコキネシスで足を引っかけたり、攻撃する手を無理やり振り回したりして隙を作る。


「うらうらうら!おらやっちまえダイ!」


 俺の合図と同時にダイが吠える。


「ふうん!」


 筋肉ごとぶつかるような突進、金棒を振り下ろす動きが岩盤を砕くみたいに重い。

 俺はその隙にサルの足指に意識を一点集中させ、唐突に折ってやった。骨がパキンと折れる音が脳裏に響く。


 サルがひるんだ瞬間、ダイが頭を叩き潰す。脳漿が飛び散り、地面に赤い飛沫が散った。


「はっはっは!足先がお留守だぜ!」

「シネ!ゴラッ」


 足場を奪えば、あとは一撃必殺。金棒がサルの頭を容赦なくへこませるたび、地響きのような音がダンジョンにこだまする。

 俺たちは完全にテンポをつかんでいた。


 サルが飛びかかってくる→俺が念力で崩す→ダイがぶち抜く。まるで連携の練習でもしているみたいだ。


「おおいダイ!絶好調だな!いててててて」

「ぜ、ぜ、絶好調!うぐぐ」


 進化深度が上がった進化痛で全身が痛い。サルを十一匹ほど倒したところで二人とも痛みに身をよじっている。

 二十秒ほどで痛みは引いた。


 俺はアルマ型?能力特化だが、手をにぎにぎすると力が強くなっている気もする。洞窟状のダンジョンの石を拾って、


「ふんっ」


 握ってみるが、特に割れたりはしない。ちっ、いきなりスーパーマンにはなれないか。


「おいダイ。思いっきり握ってみろよ」


 石を放り投げる。


「わ、わかった。ふんっ」


 ダイが握ると石がバキバキとひびが入った。

 ひ、ひえ。思ってたより凄い握力だ。腕の筋肉の盛り上がり方が格闘漫画みたいなんだ。


「お、おお。やるじゃねえか。俺が見込んだだけのことはあるな」


 やっべ、どんだけ脳筋方向に進化してんだよ。でもまあ、舎弟だしな!俺の力みたいなもんだろ!


 そこにコウモリが、俺の遥か上空を滑空している。先ほどまでは届かなかった八メートル程の距離だが……いけるか?

 サイコキネシスで、自分の手が大きくなって伸びるようなイメージ。コウモリの進行方向にイメージの手を置く。

 勝手にコウモリが飛び込んできた。ぎゅっと握りしめる。


「おらっ!」


 そのまま勢いよく地面に叩きつけ、壁に叩きつける。明らかに先ほどよりパワーが上がっており、振り回す速度も上がった。

 落ちたエネルギー結晶もそのまま念力で手元に。

 へっへっへ、このまま行けばサルを振り回せる日も近いか?


「おおお!す、す、すごい!」

「まあこんなもんよ。俺についてきたら、良い目見せてやるからなダイ」

「う、うん!あ、あ、アニキ!」


 入り口からまあまあ進んできたが、ここら辺もモンスターが疎らになるくらいには戦った。

 戦闘音に寄ってきたモンスターも狩り尽くしたしな。ダイが大声で攻撃するから効率が良かったな。


「よーし。もう今日は上がりだ。帰るぞダイ」


「う、うん」


 ◇


 入り口ゲートが見えた。青白い光がぼんやり揺れてる。


「はい帰還―!」


 ゲートを抜けると協会内に出た。戦いの熱気が抜け、ひんやりした空気が肌を刺す。


 くーっ、気持ちいー!やっぱ文明の力よ、クーラー効いた室内最高ー!


「ア、アニ、キ……つ、疲れた」


 ダイが金棒に体重かけている。

 まあ仕方ないな。俺は念力振り回してるだけだけど、ダイはずっと金棒振り回してるわけだし。


「おう、よくやったな」


 いやー、ダイを拾ったのは大正解だったな!

 俺にあんな肉体労働は向いてない!


「に、肉……」


 ダイがか細くつぶやいた。やっぱ肉か。俺も同じこと思ってたわ。


「決まりだな、焼肉行くぞ、ダイ」

「え、う、うん!焼肉い、いく!」

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