愛されかたを知らない君と

鳴宮琥珀

リエルとフィエル

第1話  本当にかわいいと思ってるよ

 人に愛されるって何? 愛して愛されて…それで何になるって言うんだ。そんなものどうせ、いつか消えてなくなるのに———











「—————はぁ…」



 僕は真っ白な空間を見つめてため息をもらした。天界であるこの場所は、どこもかしこも真っ白で、それが時々怖いと思ったりする。



「どうしたの?」



 見上げた僕の視界に入ってきたのは、何気なく僕を見下ろすルビーの瞳。



「ミュエラ…」



 四大天使の一人である、ミュエラだった。彼女は僕の隣の椅子をひいて座り、頬杖をついてこちらをじっと見つめた。



「ミュエルは?」


「向こうでフィエルのことを観察してる。クール目指してるんだって」



 ミュエラがそう言って愛おしそうな表情をした。本当にブラコンだよな。


 以前、ミュエルがフィエルを真似して無口キャラになったことがあったが、まだ懲りていなかったのだろうか。ミュエルには向いていないし、彼はあの性格だからかわいいというのに。


 まあ、ミュエルがここにいないのは都合がいいのかもしれない。話を聞いてもらうなら、ミュエラが適任だ。ミュエルがいたら話が進まないだろうし、ことあるごとに敵意を向けてくるから僕もつい構いたくなってしまう。



「それで? リエルはどうしてため息ついてたの?」



 僕に視線を戻したミュエラが、再度問いかけてきた。



「………面白がってるよね?」



 訝しげに彼女を見つめると、ミュエラはさぞ当たり前だとでも言うみたいに、ふっと微笑んだ。



「そりゃあ、もちろん」


「……———」


「噂話とか揉め事を傍観するのが大好きなリエルが何だか悩んでいるみたいだから、そんなの気になっちゃうってもんだよね」


「——ミュエラって、結構いい性格してるよね」


「ふふ、君には敵わないな」



 嫌味をこめて言ったのに、さらっと倍にして返されて、僕はこれ以上はやめようと小さく息を吐いた。そして、ついに本題を切り出し始めた。



「——…フィエルってさ、僕のこと好きじゃん?」


「まあ…そうだね」



 この反応をするということは、ミュエラもフィエルの気持ちには気づいていた、というわけか。

 僕だって、気づいていなかったわけじゃない。人の好意には敏感だから、フィエルが僕をどう想っているかなんて分かりきっていた。それでも、彼は僕に伝える素振りは見せなかったし、しつこい愛情表現みたいなのをしてくることも、僕に何かを求めてくることもなかった。だから………



「フィエルが、僕を自分だけのものにしたいんだって」


「へぇ……」



 ミュエラが興味深そうに、そうこぼした。


 フィエルにそう言われた時、心底驚いた。そんなふうに僕を想っていたということも。



「それでリエルは、恋人になるかどうか悩んでる、ってこと?」


「——まあ、そんなとこ」


「恋愛に関しては、僕の専門外だからなぁ…(笑)」


「ミュエラでも分からないこと、あるんだねぇ」


「本の知識ならあるけど、残念ながら経験はリエルの方が上だろうね」


「まあ僕は経験豊富ではあるけど…恋愛に関しては全然だよ」


「アハハ」


「おい、笑うなよ」



 楽しそうに僕の話を聞くもんだから、思わずむっとなる。ミュエラと話すのは何というか…ムズムズする。いつも相手に一枚とられているみたいな…。



「リエルは、フィエルのことどう思ってるの?」


「——え? うーん……分かんない。好き、ではあると思う…」



 少し考えて、曖昧な答えを出してしまった。



「——じゃあ、僕は?」


「は? ミュエラのこと?」


「そうそう」



 ミュエラは自分の顔を指さし、にっこりと微笑んだ。嫌な笑顔。



「まあ、好きでも嫌いでもないんじゃない?」


「ああ、そうなんだ。思ったより好かれてて安心したよ」


「好いてはない。………ミュエルのことは、好きだけどね」


「ミュエルも何だかんだ、リエルのことが好きだからね。まあ僕ほどじゃないけど」


(いちいち余計なんだよなぁ…)



 ミュエルのことはかわいいと思う。自分に弟がいたら、こんな風にちょっと意地悪しながらかわいがっていたのかな…なんて。


 フィエルは……弟とは違うけど、恋愛として好きかは、よく分からないままだ。いっそ、弟みたいに思っていればよかったのかもしれない。



「ミュエラとミュエルはいいよね…」



 思わず本音が漏れた。ミュエラが不思議そうに首を傾げる。



「———ん、なぜ?」


「だって、姉弟じゃん」


「そうだけど。————?」


「はぁ…。だから、血が繋がっていればそれは絶対でしょ」


「うーん、ごめん。もう少しはっきり言ってくれると助かる」



 いつもは察しがいいのに、どうしてこういう時に限って、ハテナを浮かべるんだ…。



「—————恋人になっても、いつか終わりがくるかもしれないじゃん。だったら、わざわざそういう関係にならなくてもよくない?」


「…………。

(つまり、これは……リエルはフィエルのことがめちゃくちゃ好きってことだろうか。フィエルとまだ付き合ってもいないのに、別れることを考えて怖くなってる…とか? さっき、恋人になるかどうか悩んでるって言ってたけど——これは………)」


「さっきから、僕の顔をじっと見て何も言わないけど————なに?」


「あぁ……アハハ」



 僕の言葉を聞いたミュエラが渇いた笑いを漏らす。それにむっときた僕は、ちょっとだけ睨みつけるように彼女を見つめる。



「なにわらってんの」


「え、アハハ。かわいいなぁって」



 ミュエラの言葉に、カチンとくる。



「そんなこと、思ってもないくせによく言うよ」



 ミュエラがかわいいと思うのなんて、ミュエルくらいだろうが。近くにいれば、そんなことくらいは分かる。



「冷たいこと言わないで。本当にかわいいと思ってるよ」



 言い方に声色、視線や微笑み方、どれをとってもずるい。ミュエラは、どちらかと言うと同性に好かれそうだなぁとぼんやり思った。ミュエルは毎日、こんな感じで愛を伝えられているのかと思うと、ちょっとため息が出た。



「ミュエラ、あんまりリエルをからかうな」



 聞きなれた低い声が、僕の鼓膜を揺さぶった。自分の身体が少しだけ熱くなったのを感じたが、気づかないふりをして後ろを振り向く。



「フィエル」



 いつも通りの笑顔を彼に向ける。フィエルの後ろから、ひょっこりとミュエルが顔を覗かせた。



「ミュエル…!」



 なぜか彼の顔を見て、すごく安心してしまって、声色が明るくなる。それにともなって、自然と口角が上がってしまった。



「え、なに…キモ……」



 そんな僕の様子を見たミュエルは、心底嫌そうな顔をして、再びフィエルの後ろへと隠れた。怪訝そうな顔でこちらの様子を伺っている。そんな顔もかわいい。



「ミュエル、もう観察はいいのかい?」



 ミュエラも愛おしそうな顔で、ミュエルを見ながらそう言って微笑んだ。



「姉さん……僕は気づいてしまった!!」


「………と、いうと?」


「僕……僕は、クールキャラに向いていないということに…!」



 ミュエルの口から出たかわいらしい気づきに、すごく癒された。何だ、このかわいい天使みたいな存在は。あ、天使だった。



「うーん、まぁ…そうだね。でもミュエルにはミュエルの魅力があるんだからさ。僕はそのままの君が一番好きだって、いつも言っているだろう?」



 ミュエラは立ち上がると、フィエルの後ろに隠れたミュエルの元に近づき、その頬に触れた。



「姉さんがそう言うならいいけど…。でも前に、フィエルのこと褒めてたから……あーいうのが好きなのかなって…」


「もちろん、フィエルのこともかっこいいと思うよ。でも僕にとって、一番大切なのはミュエルだよ。いつもこれでもかってくらい伝えてるつもりなんだけどな。僕の言葉って信じられない…?」


「そんなことない!! 僕も、姉さんが一番…た、大切…だから」


「嬉しいよ、ミュエル」



 などと言った二人の会話をぼんやりと聞きながら、やっぱり血の繋がりが最強なんだなと思った。お互いに唯一無二、絶対的存在っていいなと思う。



「リエル、暇なら部屋で一緒にゆっくりしよう」



 声のした方に目を向けると、僕のすぐ後ろにフィエルが立って、僕を見下ろしていた。相変わらずあまり変わらない表情を向けながら。



「え、どうしたの? お誘い…?」


「ちがっ! 別に……そういうわけじゃ、ない」



 珍しく声を大きくして目を見開いたフィエルだが、すぐにいつも通りに戻った。そんな一瞬の珍しい彼の様子に、僕も驚いて固まってしまった。半分くらい冗談だったんだけど…。



「ミュエラとミュエルの邪魔をするのも、どうかなって」



 フィエルって、かなり気遣いができる人だと思う。顔だってきりっとしてて、クールでかっこいいし、身体の相性だって……ゴホンゴホン!



「えっと……じゃあ、いこっか」



 僕がそう答えると、わずかに嬉しそうなオーラを纏わせたフィエルが、コクリと頷いた。

 これは…あれだ、大型犬だ…! 見えないしっぽを振っているのが分かる。

 なんてことを考えながら僕は席を立ち、彼と共にいつもの場所へと向かうのであった。

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