第7話【対向車線に】

「……何あいつ。感じ悪くない?」

「っ……」

 先輩、寄辺よるべすうが零した言葉は、金糸雀の心をギュッと握り潰した。

わたくしは……何を……したんですの……」

「………」

 日花は電子ドラムセットを片付け始める。

「ねえ、ザハラ…」

「今日はもう解散。こんな空気で練習なんて無理」

「……それもうか…」

 すうもヴァイオリンをケースにしまう。

「…かな」

「…分かっていますわ……」

 金糸雀もベースをケースにしまい、アンプをバッグに入れる。

「………あ…」

 アンプがもうひとつ。乙女おとめの使っていたものだ。

「………っ…」

 それを手に取ろうとした時、乙女に拒絶された時のことが、金糸雀の脳裏をよぎる。

「………」

「……。かなが持たないなら私が持つ」

「あ……」

 日花が乙女の携帯アンプを持ち上げる。

「帰ろう。かな」

「……ええ。そうですわね」




◇◇◇




 月曜日。乙女は、学校にはあまり行きたい気分ではなかった。休み明けだからとか、そんな理由ではない。

 顔を合わせたくない人間がいる。ただそれだけの理由。

 学校の無駄に広い玄関の先、進行方向右、1-Bのプレートの下、1番廊下に近い1番上。出席番号1『暁乃乙女』の名前が書かれたシールの貼られた下駄箱に手を伸ばす。

 億劫だ。どうしてこんな気分になるのかも分からない。

 今の今まで、誰を傷付けたとしても、なんとも思わなかったはずなのに。…いや、なんとも思わなくなってしまっていたはずなのに。

「……」

 ───下駄箱の中に、手紙。

「…花葉さん……?」

 何故か彼女の事を思い、そして彼女からだったら嫌だなと思いながら手紙を手に取る。が、違う。彼女の優しくて温かいものを、この質素な手紙からは感じない。

 手紙の内容は、テンプレートをなぞったような恋文。綺麗と言うにはほんの少しだけ違和感の残る微妙な汚さの字で、薄っぺらい言葉が綴られている。

「……また何も学んでないじゃない…」

 今までに散っていった男共から、過去の犠牲から、何も学ばず、玉砕しに来る。戦争でもしているのか。彼らは。

 クシャクシャに丸めるのはなんとなく無礼な気がするのでそのまま折り目に沿って折り直し、人差し指と中指で挟んで、教室へ向かう。


「───暁乃あけの乙女おとめ

「っ…!」

 1年B組教室の前で乙女を待っていたのはザハラ日花ひか。日花は壁に背を預け、腕を組んだ状態で、相変わらず硬い表情のまま乙女を見る。


「ちょっと来て」

「……」

 断れるような雰囲気でもなく、乙女は校舎裏にまで連れていかれた。


「土曜日。何で逃げたの」

「…………知らないわ」

「……。かなのこと、嫌いなの?」

 嫌いなわけない。しかし、今の今までずっと人を拒絶し続けてきた乙女は本能的にその自らの生き方のテンプレートに倣った態度を取り始めてしまった。

「っ………だったら何よ」

「なら、もうかなに近付かないで」

「……っ…!」

「私…貴女のこと誤解してた」

「……」

「かなは…バンドメンバー全員大切にしたいって思ってたのに。“”はその気持ちを踏み躙った。…かなは繊細なんだよ。誰に対しても丁寧で、優しくしてるのは、誰かを傷つけること、誰かに傷つけられることを何よりも恐れているから。…暁乃乙女。私はお前を絶対に許さない」

「………別に。許してもらおうなんて思わないわ…。私ももう関わらない。それでいいでしょ…」

「………!ッ!!…謝れよ!!!!」

「っ…!」

 ────ザハラ日花。ずっと淡々と言葉を並べていた彼女は、鬼の形相で乙女の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「謝れよ!!!許してくださいって!!!マジで何考えてんだよお前ェ!!!」


 ───日花の怒鳴り声は良く響いた。なんとなくついてきて陰から覗き見していたクラスメイトもビビるくらいには。


「何…?」

「ザハラさんが怒ってる…」

「暁乃さん…?」

「何したの……?」


「………離して……」

「………ッ」

 日花は乙女を突き飛ばす。

「………何、これ」

「……」

 日花は、乙女が落としてしまったラブレターを拾い上げる。

「………最ッ低だね、貴女」

「っ……なによ……」

「この人もさ。きっと貴女の何かに惹かれてこれを書いたんだと思うよ。たとえテンプレートをなぞった文章だとしても。気持ちを伝えようと頑張った結果それに辿り着いたはずなんだよ。暁乃乙女。貴女───



 ────人をなんだと思ってんの?」



「……人……?」

「………またノータイムでフるんでしょ。相手がどんな人なのかも知らないまま」

「…………」

「『まずは友達から』とか。そんな言葉も出てこない」

「………うるさい……」

「自分のことしか考えてない人に、かなと話す資格は無い。もう二度とかなに近付かないで。分かった?」

「……うるさい…」

「分かった?」

「うるさい」

「分かったかって聞いてんだよ」

「静かにして……」

「…ッ………反省しろよカス…ッ!!!」

 バン、と凄い音がしたと思ったら、乙女は廊下に倒れていた。


「!!!」


 人のどよめきが聞こえた時、乙女は自分が日花によって蹴り飛ばされたのだと分かった。


「二度とかなに近づくなクソ女」


 そう言って、日花は乙女に背を向けて歩き去る。


「ザハラさん…?」

 野次馬の一人が日花に声をかける。

「………こいつクズだから。こいつのせいでかなは傷ついたんだ」

「花葉さんが…?」

「そんなこと…」




 ──もう知らない。


 私には関係ない。


 誰が何を思おうが、知ったことではない。


 私の人生は私のためにあるものだから。


 現に、ほら。


 誰も私を見ようとしない。


 みんなザハラさんについて、この場から離れていく。


 どうせ、人のことを考えていい子ぶってる自分に気持ちよくなってるだけの小さい人間なんだろう。


 そんな薄っぺらい見方侍らせて。花葉金糸雀。良いご身分だこと――——。






……To be continued

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