第2話【ライブハウスとお嬢様】
「───彼女、ギタリストですのね」
『
何故か。
金糸雀は自分の左手の指先を触る。
───
◇◇◇
給食の後。昼休み。金糸雀の周りにはいつも人が寄ってくるが、この時間は金糸雀は好き好んで幼馴染である『ザハラ
「かな、どした?何かいい事でもあった?」
日花は淡々と落ち着いたトーンで話す。金糸雀のことは『かな』と呼んでおり、幼馴染らしくそこそこ近い距離で金糸雀と接する。
「なんでも。どうしてそう思いましたの?」
「かな、なんか少しだけ口角が上がってる」
「そうかしら」
「そう」
「あ、そういえば、
「うん。『
「ええ。それで合っていますわ」
「ん。かなとライブ見に行くの楽しみ」
「ええ。
ふたりで笑い合う。日花は表情があまり変わらないが、それでも、些細な違いではあるが、笑っていた。
「SKYSHIPSはドラムが凄いから。私には到底真似出来ないけど、カッコんだよね」
「そうですわね。それがSKYSHIPSならではの魅力だと、
───そんなふたりの会話を、私『
「……意外。
SKYSHIPSとは、東京で活動している4人組のガールズバンド。メンバー全員が中学3年生で、ジャンルはハードコアとパンクロック。特に、ドラムが強烈で、とても中学生とは思えない凄まじい演奏技術と、メンバーのビジュアルも相まって、今、確実に知名度を上げている期待の若手バンド。あまり詳しい訳ではなく、まともに聴いたこともないが、それでもその噂は乙女の耳にも入ってきている。
「……」
あの『お嬢様』の御目に適うバンドのライブ。少し気になってしまい、乙女は学校が終わったらすぐに調べてやろうと思った。
◇◇◇
「ただいま」
家に帰り、乙女はベッドの上に置きっぱなしのスマホを拾い上げ、『SKYSHIPS』を検索。SNSに飛ぶ。
「………」
バンドのSNSアカウントには、ライブ出演の告知とライブレポートが散りばめられていた。かなり精力的にライブ活動をしているようで、殆ど毎週、都内のどこかしらのライブハウスに姿を現している。
「中3……」
あまりにも活動がガチ過ぎて少し引く。
「…ううん。…それほど本気じゃないとダメということなのよね。バンドをやるって…」
スマホの画面から目を離した乙女は、自分のギターをちらりと見る。
「………」
───ES-335が、言っている気がした。見に行ってみろよ、と。
「……くらぶ…きゅー……」
SKYSHIPSのアカウントの、『下北沢CLUB 9』のスリーマンライブ出演告知ツイートにあるURLをタップ。チケットの予約サイトに飛ぶ。
『販売中』。
しかし、支払いはクレジットカードかコンビニ決済、もしくは店頭。
大人3000円、学生は2500円。に
「3000円……!?あったかしらそんなに……」
自分の財布を確認する。
乙女はスマホと財布を持って部屋を出て、靴を履き、家を出る。1番近いコンビニに入って、チケットを購入。
「……何してるんだか……」
自分以外に興味を持っていないはずの自分が、まさか、自分のお小遣いを全部叩いてインディーズバンドのライブのチケットを買ってしまうなんて。
「……まあ、買ってしまったものは仕方がないわ。いつか私が立つステージ。職場見学と思って行くわ」
◇◇◇
ライブの日の朝。
「
「──ありません。今日に限っては絶対にありません。貴方のようなお人に
金糸雀にとって乙女は『一切の穢れを知らない清楚な黒髪美少女』という印象だったので、あのこっ酷いフリ方は少し意外だった。しかしまあ、度重なる男性からのお声掛けには流石に腹も立つか、と納得する。そもそも彼女は、女子とも話をせず、基本的に一人でいる。人と関わること自体、あまり好きではないのかもしれない。
「……」
話しかけてみたいのが正直なところであるが、自分のような目立つ人物に話しかけられるのは迷惑だろうと思い、金糸雀はそっとしておくことを選択した。
◇◇◇
ライブハウス『下北沢
「リアルライブハウス…初めて行くけど……」
乙女は手に持ったスマホの地図アプリのナビに従って、飲食店が並ぶ狭めの路地へ入る。ラーメン屋の斜め向かいに、ナビが「ここだ」と言い放つビルがある。入口前の階段にはタバコを吸っている男性が3人おり少し怖い。
「………」
しかし、特に声をかけられたり襲われたりなんてことも無く、乙女は目的の看板を見つけることができた。今日の出演アーティストの中に、目的である『SKYSHIPS』の名前がある。
開け放たれたガラスの扉のその奥には、地下へと続く階段がある。
壁に貼り付けられた数多のポスターを横目に、乙女は足を踏み外さないように慎重に降りる。
階段を降りてすぐ右側、受付がある。受付は短い髭の生えた、『イケオジ』という言葉の似合う男性。エネルギーは感じないがやつれた感じもなく、人あたりの良さそうな人だ。
「いらっしゃいませ。前売りまたは電子チケットはお持ちですか?」
「はい」
乙女はスマホのウェブの所持チケットの画面を見せる。
…これで合っているだろうか。内心少し不安だったが、何事もなく受け付けは済んだ。
「…
500円玉を渡すと、今日のライブの紙のチケットと、ドリンクチケット2枚を渡される。
「2枚なのね」
「今回はツードリンクなので。楽しんで行ってください」
「あ、はい」
そして乙女は、開け放たれた分厚い扉の向こう側の暗い世界を覗く。
——凄くドキドキする。胸の高鳴り。昔から密かに憧れ続けている場所、しかし、今までは空想だった場所。そこへ、乙女は実際に足を踏み入れる。
「───!!」
やんわりとフロアを照らす白い照明。広いフロアは人でいっぱいに埋まっているという訳では無いが、それでも人が何十人もいる。
そして、少し寒い。まだ5月で、外で着る服は長袖で丁度いいくらいだというのに冷房が効いている。
「……!」
まばらに立っている何十人もの人を挟んで奥側には、物販コーナーが。フロアの後ろ側をそーっと通り、物販コーナーへと行く。
「…SKYSHIPS……」
木の卓上スタンドで立てられたプレートに、ラインナップが書かれていた。アクリルキーホルダーとステッカー。そしてTシャツが、4種類。
「4種類も?」
4人いるメンバーが各自でデザインしたオリジナルTシャツらしいが、1枚だけ物凄く絵心のない謎キャラクターが描かれたTシャツがある。
「これは……何…?犬…?猿…?」
「猫だよ……」
「…!」
声がしたのでラインナップのプレートから顔を上げると、そこには紫色のショートカットの少女の姿があった。髪は毛先が少しうねってふんわりとしており、キリッとした目元も相まって美男子のようにも見える。見る人が見れば王子様だろうが、トキメいたりはしなかった。…いや、ではなくて、彼女はこの物販コーナーのカウンターの向こう側にいる。つまりは、乙女のような“お客さん”ではないということ。
「あ………SKYSHIPSの」
彼女の特徴が、記憶の中のアー写の少女と一致する。
しかし、実物はかなり違って見える。もちろん良い意味で。
「え、私らのこと知っててくれてんのか!?」
乙女の呟きを聴いた彼女はぱぁっと表情を明るくしてグイっと顔を寄せてきた。
「はい。今日はSKYSHIPSを見に…」
「マジで!?嬉しい!ありがとう!おま、初めてだよな?名前は?」
「あっ、
「
「あ、はい」
カウンターの奥の扉の向こうに消えていく紫音を見送り、乙女はフロアに向き直る。人の数は、ざっと80人ほど。物販コーナーを少し覗いていた間にそこそこ増えていた。
「…覚えとく、って言われたけれど……」
毎回、ライブに来てくれているお客さんの顔と名前を覚えているのだろうか。この100人近い人の顔と名前を。もちろん、この場にいる人間全員がSKYSHIPSを目当てに来ているわけではないと思うが、それでも、今日来られていない人もいるだろうし、金欠で頻繁にはライブに来れない人も多いだろう。
「…適当なこと言うのがロックだとでも思っているのかしら」
なんて、どこか人に冷たく当たりたくなる気持ちをぐっと抑えて、乙女はドリンクカウンターに向かう。
「…えっと…ウーロン茶を」
「はぁい。しょしょお待ちを」
ドリンクカウンターにいるのは、丸いサングラスをかけ顎髭の長いダンディな感じの人。意外と人当たりが柔らかくて、少し安心した。
ドリンクチケット1枚目と引き換えたウーロン茶は思っていたよりもかなり大きな紙コップで手元に届く。
「大き……」
紙コップと同じく、氷も大きい。しかも、フロアは寒い。体が冷えて風邪を引きそうだと思いながら少しだけ口をつける。
少し失敗したと思った。なんとなく、何も考えずにドリンクを引き換えてしまったが、よくよく考えると、もうオープンからそこそこ時間が経ってしまっていることに気付く。SKYSHIPSの紫音がカウンターの奥、恐らく楽屋かステージ裏に消えていったのは、もうそろそろアクトが始まるからじゃないか。
「………」
乙女は周りを見渡してみる。ドリンクを片手に談笑する人はちらほら見受けられる。別に、失敗した訳でもないのかもしれないが、乙女の中のライブのイメージではやはり、手を上げたり、跳んだり、リフト、ダイブなんかが思い浮かべられる。ドリンク片手にそのようなことができるはずがない。最前列の所にいる人の姿はよく見えないが、恐らくそのあたりにいる人は手ぶらのはずだ。
「……まあいいわ」
乙女は音を楽しむことに決める。ワイワイはしゃぐのは別に好きではないし、今まで見てきたバンドのライブ映像やそれを元に想像するようなノリ方が自分にできるとは思えない。
このお茶をゆっくり飲みながら、映画でも見るような感覚で鑑賞しようと思う。
「……でもそれにしても。良いわね…この感じ……」
静かにしてはいるものの、この胸の高鳴りは今までに感じたことの無いもの。凄く緊張しているような、そんなドキドキにも似ている。
そして、せっかくのライブハウスの景色を見ておこうと、周りを見渡したところで。
「───あっ…」
「───あら?」
自分のすぐ右側にいた、金髪碧眼のお嬢様と目が合った。
……To be continued
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