第五話「氷の皇太子と運命の番」

 騒然とする会場を切り裂くように、低く、冷たい声が響いた。


「――騒々しい。何事だ」


 その声がした方へ、全ての視線が吸い寄せられる。

 そこに立っていたのは、一人の青年だった。夜の闇を溶かし込んだような黒髪に、見る者を射抜く鋭い金色の瞳。寸分の隙もなく着こなされた軍服が、彼の王者の風格を際立たせている。

 ヴァイスハイト帝国皇太子、ゼノン・ヴァイスハイト。

 冷酷無慈悲で、戦場では鬼神のごとき強さを誇ることから『氷の皇太子』と恐れられる、この夜会の主賓だ。


 ゼノンはゆっくりと周囲を見渡し、その金色の瞳を僕に向けた。

 その瞬間、彼の纏う氷のような空気が、ぴしりと音を立てて揺らいだように見えた。彼は僕から放たれる甘いフェロモンに、何かを確かめるように鼻をひくつかせ、迷いのない足取りで僕の方へと歩み寄ってくる。


 ざわめきが大きくなる。誰もが固唾を飲んで、皇太子の次の一挙手一投足を見守っていた。

 僕の目の前で立ち止まったゼノンは、僕の空色の瞳をじっと見つめた。その金色の瞳に、驚きと、そして燃えるような強い光が宿るのが見えた。


「……見つけた」


 そう呟くと、彼は僕を糾弾していたアレクシスたちを一瞥し、地を這うような声で言った。


「――私の番に、何をしている」


 その一言が、会場の全ての音を奪い去った。

 番? 運命の番、だと?

 僕が? この、氷の皇太子の?

 信じられない事実に、僕も、周りの人間も、思考が停止する。

 アレクシスが、信じられないという顔で口を開いた。


「で、殿下……? 何かの間違いでは……。そいつは、ただの出来損ないで……」


「黙れ」


 ゼノンの凍てつくような一瞥に、アレクシスの言葉が途切れる。

 ゼノンは周囲の混乱など意にも介さず、僕の前に跪くと、そっと僕の手を取った。今まで誰にも触れられたことのない、優しく、けれど力強い手つきだった。


「やっと、会えたな」


 そう言って僕に微笑んだ彼の顔は、氷の皇太子という異名が嘘のような、慈愛に満ちた表情をしていた。

 僕の心臓が、大きく、高鳴った。

 これが、僕の運命の転換点だった。

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