追放された無能錬金術師ですが、感情ポーションで氷の騎士様に拾われ、執着されています
藤宮かすみ
第1話:無能の烙印と絶望の追放
しんと静まり返った研究室に、ガラス器具がカチャリと触れ合う音だけが響く。
宮廷錬金術師であるエリアスは、目の前のフラスコを凝視していた。揺らめく液体がゆっくりと淡い緑色に変わっていく。今回も、結果は同じだった。
「……また、回復薬か」
溜め息と共に漏れた声は、誰に聞かれることもなく空気に溶ける。
彼の仕事は、より強力で、より特殊な効果を持つポーションを錬成すること。しかし、ここ数年というもの、エリアスが完成させられるのは、街の薬屋でも手に入るようなごくありふれた回復薬だけだった。
机の上には、しなびた『月の雫草』が山積みになっている。夜明け前のわずかな時間、月の光を浴びて咲くという希少な薬草だ。これを大量に使いながら成果がこれでは、話にならない。
その時だった。背後で重い扉がきしみ、冷たい声が投げかけられた。
「エリアス、またガラクタ作りか。貴様のせいで、国庫からどれだけの金が消えたと思っている」
振り返ると、豪華な装飾の服に身を包んだ宰相が、苦々しい表情で立っていた。その細められた目には、エリアスに対する侮蔑の色がはっきりと浮かんでいる。
「宰相閣下……これは、その、研究の過程でして」
「過程、過程と、貴様はいつもそればかりだな。これだけ国の資源を使いながら、成果はありきたりな回復薬とは。お前はもはや宮廷のお荷物だ」
冷たく突き放す言葉が、エリアスの胸に突き刺さる。
何か言い返したくても、もともと口下手な彼には、宰相の巧みな弁舌に対抗する術などなかった。研究に没頭するあまり人付き合いを疎かにしてきたツケが、今になって回ってきている。
エリアスが反論できずに唇を噛んでいると、宰相は決定的な言葉を言い放った。
「陛下もご決断された。これ以上、無能なお前を宮廷に置いておくわけにはいかん、とな」
「……え?」
「本日付で、貴様を宮廷錬金術師の任から解く。その研究室もろとも、王都から追放だ」
追放。
その一言が、エリアスの頭の中で何度も反響した。長年、国の役に立ちたいと一心に研究に打ち込んできた。寝る間も惜しみ、全てを錬金術に捧げてきた。その結果が、これなのか。
「そ、そんな……。私は、ずっとこの国のために……」
「黙れ。成果を出せぬ者に価値はない。それがこの世界の理だ」
宰相は吐き捨てるように言うと、背を向けた。
扉が閉まる冷酷な音が、エリアスの未来が閉ざされた音のように聞こえた。
がらんとした研究室に一人取り残され、エリアスはその場にへたり込んだ。床に転がったフラスコから淡い緑色の液体がこぼれ、石の床に染みを作っていく。それはまるで、彼のこれまでの努力が無に帰したことを象徴しているかのようだった。
荷物をまとめるよう言われたが、彼の私物などほとんどない。研究資料と使い古した錬金器具、そして着の身着のままの衣服だけだ。
兵士に急かされ、慣れ親しんだ研究室を後にする。すれ違う宮廷の人間は、誰も彼に声をかけなかった。哀れむ者、見下す者、無関心な者。その視線が、その視線が、無数の針となってエリアスを苛む。
王都の巨大な門をくぐり、振り返る。幼い頃から憧れ、青春の全てを捧げた場所。もう二度と、ここに戻ることはないのだろう。
「無能……か」
誰にも必要とされず、積み上げてきたもの全てを否定された。あまりにも無慈悲な仕打ちに、胸が張り裂けそうだった。
深い絶望と行く当てのない孤独感を抱え、エリアスは力なく歩き出した。乾いた風が、彼の頬を伝う一筋の涙をさらっていった。
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