54話

美琴と美怜の姿は、紺野の病室にあった。彼女は未だに意識不明の状態が続いていた。


「多分起きないって、あの人が言ってた。」


「高島が?」


「うん。」


「そっか。」


「紺野先生は、わざとこうなったんじゃないかな。私達に手を出せなくて。」


「でも、この人はお父さんを殺した。証拠も何もないけど、それは確かよ。」


「うん、そうだね。」


紺野の綺麗な寝顔に、美琴は見入った。


「結局、その化け物は何処に行ったの?」


「分からない。でも高島は家から出すつもりだったみたい。そんなような事を話してた。」


「家から出して、どうする気だったのかな。」


「呪いを世に公表したかったのかも。自分の子供を⋯自分の成果を。」


「そんな事になったら大ニュースね。」


「もう、今となっては何も分からない。ただ高島はみんなを犠牲にした。それだけは確か。松下さんの事も。」


「岩崎さんに⋯どう説明するの、美琴。」


「出来ない。話せないよ、こんな事。」


「⋯みんな永遠に、子供の帰りを待つことになるんだね。」


2人の間に長い沈黙が流れた。




「お姉ちゃんは、これからどうするの?」


街中を歩きながら、美琴は尋ねた。 


「仕事を辞めて、こっちに戻るよ。美琴と一緒にあの家に住む。」


「えっ。本当に?」


「うん。」


「でも仕事は⋯。」


「保育士はこっちでも出来るよ。あ、でも私に彼氏が出来たら分かんないよ?同棲するかもしんないから、出て行くかもしれないし。それは覚悟しといて。」


「分かった。」


「美琴は?どうするの、これから。」


「私は⋯取り敢えず、働いてみたい。アルバイトするよ。」


「大丈夫?」


「うん。少しずつでいいから、何かやってみたい。」


「それでいいよ、うん。それでいいと思う。少しずつ、少しずつでいいんだよ、美琴。」


「うん。ありがとう、お姉ちゃん。」


「あ、そういえばさ。」


「何?」


「スラスラ喋れるようになったね、美琴。」




高島俊輔が行方不明になった事は、特に大きな話題にはならず、世間からもスルーされた。自宅からは何も発見されなかったというが、呪術関連の書物等がどうなったのかは定かではない。


松下和之の行方不明に関しても同じだった。彼の足取りは全くつかめず、捜索もしようが無かった。




「こんにちは、岩崎さん。」


美琴が岩崎の元を訪れた。


「こんにちは、美琴ちゃん。」


「あの、伝えたい事があるんです。」


「何かしら。」


「松下さんが行方不明になりました。」


「そう⋯しばらく連絡が無いから気にはしてた。何か分からないの?」


「⋯分かりません。」


「そう。」


「あと、失踪事件の事なんですが。」


「何?何か分かったの?」


美琴は岩崎の目を見た。


「結局、何も分かりませんでした。すみません。」


「そう。それを言いに来たの?」


「はい⋯。」


岩崎は何かを感じ取った。


美琴はお辞儀をして、家に帰ろうとした。


「美琴ちゃん。」


「はい?」


「前に、進んでね。約束よ。」


「はい、約束します。」




とある日の夜。【家族の会】の会合がまた始まろうとしていた。子供を待つ多くの親達が、また集会所に集まっていた。


岩崎はそんな親達の姿を見ながら、どこか寂しい目をしていた。


「岩崎さん、どうかされました?」


岩崎は声を掛けられた。


「いえ、何でもありません。」




「皆さん、今晩もお集まりいただき、ありがとうございます。まずは少しお時間をいただいて、私の話をさせていただこうと思います。」


岩崎の元に視線が集まる。


「この間、安田美琴さんとお話をする機会がありました。彼女は⋯必死に⋯今を生きようとしていました。彼女の身内に不幸があった事をご存知の方もいるかと思います。彼女はもう、両親には永遠に会えません。彼女は確かに失踪事件から帰ってきました。でも、彼女には彼女なりの地獄があるのです。私は⋯私はその事を知りました。だから⋯。」


岩崎が言葉に詰まる。


「信じましょう。私達の地獄はきっと終わると。」




集会所のすぐ近くに、何かが立っていた。赤黒い“それ”は集会所を見上げると、呟いた。


「「「ぱぱ、まま。」」」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る