52話

美琴は朦朧とする意識の中で、目を覚ました。よく見えないが、赤黒い何かが、女性の上に乗っている。周りには同級生達が倒れている。何が起こったのか、まるで意味が分からなかった。


怖い。お母さん、お父さん、お姉ちゃん⋯。


動きたくても、美琴は体に力が入らなかった。男性の声が聞こえる。


「しっかりお食べ。全部お食べ。」


聞いた事がある声。でも誰の声か分からない。すぐそこにいるのに思い出せない。


美琴は力なく、そこに伏せる事しか出来なかった。




“それ”は増渕の全てを喰らい尽くした。血溜まりの真ん中にじっと立ち、振り返ると高島を見た。


「ママは美味しかったかい?」


高島はそう言うと、“それ”に歩み寄った。


「パパからの誕生祝い。ここにいる子供達と融合しなさい。もっともっと長生き出来るようになるし、もっともっと賢くなるよ。」


“それ”はすぐ側に倒れていた男児に近付いた。そして長い両手で男児の頭を掴んだ。


すると男児の体が、まるで布のように、ふにゃふにゃになった。


“それ”は両手からそんな男児を吸い込むように、飲み込んでいく。男児の体は、まるで麺をすすられるかのようにあっという間に無くなった。


「よく出来ました。あと27人あるからね。」




亮太君がいなくなった。何が起きたかは分からない。ただ、亮太君はもういない。


美琴は感じたことの無い恐怖を感じた。


小さな何かが、みんなを取り込んでいく。


みんなが、いなくなっていく。




「はあ⋯。」


高島はその場に倒れ込んだ。


「さすがに疲れたなあ。力が上手く入らない。はっはっはっはっはっはっ⋯。」


“それ”は次々に児童達と融合していく。


「大成功だ。僕の子だ。僕は父親になったんだ。わーい、わーい。」




美琴は家族の事を思い出していた。


嫌だ。嫌だ。嫌だ。


家に帰るんだ。絶対、家に帰るんだ。


体に力が入った。美琴はその場に立ち上がった。


倒れ込む高島は、立ち上がった美琴に気が付いていないようだった。


美琴は“それ”と目が合った。初めて赤黒い何かが、この世の物とは思えない異型の姿をしている事に気が付いた。


美琴に衝撃が走り、力無き声で叫んだ。そして全速力で走り出した。


開いた窓からリビングに入り、感覚を頼りに玄関を目指した。


鍵を開け、外に飛び出す。


美琴は無我夢中で走った。ここは何処で、今が何時なのかも分からない。


ただ、美琴の記憶はここまで歩いて来た感覚があった。道を思い出し、歩いて来た道を辿る。


確信は無かった。ただ美琴の体は自然と動いた。




どれくらい走り、歩いたのか。


どうやって門を通ったのか。


美琴は何も覚えていなかった。


気が付くと彼女は、校庭の真ん中に立っていた。


何故自分はここにいるのか。


自分の身に何が起きたのか。


美琴は何も覚えていなかった。


誰かが声を出しながら、美琴の元へ走って来る。


高島が児童達を誘拐して、10日目の朝の事だった。






「あなたは異常です。」


全てを思い出した美琴は涙を流し、高島を睨み付けた。


「異常か。そうだね。否定はしないよ。」


「あの女性も、みんなも、あなたのせいで⋯。」


「僕の子供のためさ。」


「そんな身勝手な理由のために⋯なんて事を⋯。」


「そう。ぜーんぶ、僕のせいだ。」


「何故、私を生かしたままにしたんですか?」


「頑張ったご褒美だよ。深い意味はない。しかも君は記憶喪失だと言うじゃないか。何だか面白くてね。それに君に何かしたら、逆に目立ってしまうかもしれないだろ?失踪事件唯一の生還者に何かあれば。しかも運が良い事に、姉さんが君の担当医になった。君のことなんかいつだって好きな様に出来たんだ。分かるかい?君はこれまでずっと、僕の手のひらの上にいたんだ。ずっと見てたんだよ。」


美琴の涙が止め処なく流れる。


「記憶が戻らないに越した事はないからね。紛らわすために色々手は打たせてもらったよ。気が散るようにね。」


「何を⋯。」


「お母様の突然死。あれは偶然だと思う?」


美琴に悪寒が走る。




その時、2階から音がした。まるで足音のような音だった。その音は、徐々に階段を下りる音へと変わった。


何かが近づいてくる。


「あら、勝手に出て来てしまったようだね。久し振りに美琴さんに会いたいのかも。ここ最近また大きくなってね。美琴さんも、それがきっかけで声が出せるようになったのかも。繋がりがあるのかもしれない。君と息子には。」


美琴はドアの方を見た。そこに何かが立っている。


音を立てながらゆっくりとドアが開いた。


「きゃああああああああああああぁぁぁぁっっ!」


美琴はイスから崩れ落ちた。


「紹介しよう。息子の“光星”だ。」


あの赤黒い幼子は、2メートル以上の大きさになっていた。手足は相変わらず長く、爪も長い。


「パパ、パパ。」


見た目に反して、声は子供のそれだった。


「おはよう、光星。」


美琴は震えて固まり、その場から動けなくなった。


「どう?大きくなったでしょう?」


光星が美琴の事を見下ろす。


「美琴さんをここに呼んだのは他でもない。光星にプレゼントしようと思ってね。」


「何⋯?」


「本来、君はあの時光星と融合するはずだったのに、運良く逃げられた。本当にあれは偶然だよ。僕の管理不足だ。だけど記憶が戻ったのなら、今度こそ光星と一緒になってもらおうと思ってね。」


「パパ。」


「光星。美琴さんの事を食べてもいいし、融合してもいいし、犯してもいい。好きにしていいよ。」


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