41話
紺野真尋が眠るベッドに高島が近付いた。美琴は彼と距離を置き、その場に立ち尽くした。
「多分ね、起きないよ、彼女。」
高島が美琴に声を掛けた。
「美琴さんは見たんだよね?彼女の呪術を。」
美琴は高島を見つめた。
「どんな感じだった?失敗したんでしょ?彼女。」
「⋯。」
「そっか、美琴さん、声が出せないんだっけ?」
「⋯。」
「ん、でもさっき話してたよね?」
「⋯話せます。」
「そうなんだ。良くなったんだね。」
「⋯。」
「ねえ、美琴さん。本当に覚えてないの?」
美琴は高島を見たまま硬直した。
「あんな事があったのに。本当に覚えていないんだね。人間の脳って不思議だなあ。」
そう言うと高島は紺野の顔を優しく撫でた。
「先生が⋯。」
「もう先生じゃないよ、僕は。」
「みんなを⋯誘拐⋯したんですか?」
美琴の拳に力が入る。
「あなたが⋯みんなを⋯何処かに⋯やったんですか?」
高島は美琴を見つめた。
「思い出せば全て分かるでしょ?」
その言葉を聞いて、美琴は涙を流し始めた。
「私、本当に思い出せないんです。思い出したいのに、無理なんです⋯。」
「そう。」
「教えて下さい。みんなを、何処にやったんですか?」
「会いたい?皆に。」
「会いたいです⋯!」
「じゃあ⋯僕の家においでよ。」
「それは⋯。」
「怖い?」
高島の瞳の中に、美琴は飲み込まれそうになる。
「家に、みんながいるんですか?」
「それはどうかな。」
高島はそう言うと、美琴の前まで近付いた。
「僕の事、怖がりすぎじゃない?美琴さん。」
「松下さんは、あなたに会いに行った。」
「ん?」
「そして今、連絡が取れない。この事を、警察に通報します。」
「そんな事はしない方がいい。」
高島はスマートフォンを取り出し、どこかへ電話を掛けた。耳にしばらくスマートフォンを当てると、それを美琴に差し出した。
「出てごらん。」
美琴に緊張が走り、鼓動が早くなる。恐る恐る手を伸ばし、高島からスマートフォンを受け取った。美琴はゆっくりと耳に近付けた。
『もしもし。』
聞き覚えのある声だった。
『美琴、彼の言う事を聞いて。』
美怜の声だった。
「⋯お姉ちゃん?」
美琴の声が震える。
『美琴、彼の言う事を聞いて。』
「今何処に、いるの?」
『美琴、彼の言う事を聞いて。』
「お姉ちゃん!」
『美琴、彼の言う事を聞いて。』
そして電話が切れた。高島が唖然とする美琴からスマートフォンをゆっくりと取り上げた。
「そういう事だから。分かったかな?」
「姉に何を、したの?」
「秘密。」
「何をしたの!?」
「おお凄い。そんな大きな声が出せるようになったんだね。でもここは病室だから。お静かに。」
泣きそうになりながらも、美琴は高島から目を離さなかった。
「姉は関係ない⋯!」
「だったら僕の家に1人で来てくれるかな。いい?」
「姉に何をしたの。」
「何も。少し暗示を掛けただけだよ。」
「いつ?」
「それは内緒。ただね。君の事をこれまで見てなかったと思う?」
美琴から冷や汗が溢れ出て来る。美琴は病室から飛び出した。
「あれ、行っちゃった。」
美琴は真っすぐ自宅へと向かった。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん⋯!
何も考えられなかった。ただ姉の無事を祈る事しか出来なかった。
『私は普通がいいの、美琴。』
もし姉に何かあったら⋯。美琴はそれしか頭に無かった。
「お姉ちゃん!」
美琴が家に駆け込んだ。
「何!?」
美怜は驚きの声を上げた。彼女はソファに座ってテレビを見ていた。
「お姉ちゃん⋯。」
「何、どうしたの!?」
「大丈夫?」
「こっちのセリフよ。」
美怜は何が何だか分からないといった面持ちだった。
「どうしたの?何かあったの?」
美怜が美琴に尋ねる。見た感じ、美怜に変わった様子は無さそうだった。
高島俊輔に幻聴を聞かされた?
「病院で会ったの。」
「誰に?」
「高島俊輔に。」
「えっ。大丈夫だったの!?」
「うん⋯。」
「何か言われたの!?松下さんは?」
「もう⋯いないって言われた。」
「いない⋯?」
美怜に戦慄が走った。
「いないって、何?」
「分からない。」
2人はその場に立ち尽くした。
「警察に連絡するって言ったら⋯。」
「それは駄目だって言ったよね?」
美怜が話したが、美怜の意思では無かった。美琴が美怜を見ると、美怜は笑っていた。そこにいるのは彼女ではない。間違いなく、彼だった。
「お姉ちゃん。」
「どうかな?上手く操れてる?」
美怜が両手をひらひらと動かす。
「もう、止めて⋯!」
「美琴さんが急に帰っちゃったから。」
「姉には何もしないで。」
「それは君次第だよ。」
美怜はソファに寝転がった。
「さっき言ったよね?家においでって。」
「行く。行くから、姉には何もしないで。」
「本当に?」
美怜は立ち上がると、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。
「何してるの、やめて⋯!」
「よく見て。」
美怜は下着姿になった。そして、美琴に近付いた。
「お願いだから、こんな事止めて。」
「お姉さんは僕の物だ。生かすも殺すも僕次第。」
美怜の顔で、高島は笑い掛けた。美怜は下着すらも脱ぎ始めた。
「止めて⋯!」
裸体となった美怜は、美琴の手を取り、自らの乳房に触らせた。
「住所は教える。いいね?」
美琴は泣きながら、必死に頷いた。
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