32話
紺野の“呪術”を見せられて、3人はその存在を信じるしかなかった。
「現実に、こんな事が。」
松下はジャーナリストとしての血か、何処か嬉しそうだった。美怜と美琴は驚きのあまり、その場で固まっていた。
「驚かせてしまってごめんなさい。見せた方が早いと思って。」
「高島家の人間は皆、こんな事が出来るのか?」
「知りません。個人差があるとは聞いています。」
「凄い。凄すぎる。高島俊輔も今のような事が⋯。」
「高島家は日本古来より存在する、過激呪術者集団の末裔。そして、その血や方法は現代にも語り継がれているのです。」
「呪術。今のは、呪術なんですか?」
美琴が尋ねた。
「グラスを割ることが、ですか?」
「そうです。」
「呪術の定義によります。そもそも“呪い”を美琴さんはどう捉えますか?」
「悪い事では、ないんですか?呪う、なんて。」
「私はそうは思いません。何かを降ろし、操ったり壊したりする事は、時には正義にもなります。問題はその使い方です。グラスに“呪い”を降ろし壊す事は、まあ悪い事ですね。すみませんでした。」
「まさかあなたは操る事が出来るのか。人を。」
松下のその質問に、場が静かになる。
「得意ではあります。私の特技です。」
「嘘よ。」
美怜は立ち上がった。
「お姉ちゃん。」
「私もう限界。美琴、もう無理だよ。この人の言ってる事が何一つ私は理解出来ない!松下さんも、何盛り上がってるんですか!」
「すまない。盛り上がっているつもりは⋯。」
「じゃあ何!?そのおかしな力で⋯おかしな力で⋯。」
美怜の声に力が抜けていく。
「⋯何をしたの、お父さんに。」
美怜が紺野を睨み付ける。紺野が僅かに微笑んだように見えた。
「何とかしてくれる?」
高島が紺野にお願いをしてきた。
「記憶はそうは簡単に戻らないはず。言葉を話し出したのが気になるの?」
「うん。回復してきたってことでしょ?ある拍子に一気に記憶が戻られたら、さすがに困るよ。」
「これまでの洗脳を考えれば、それはあり得ない。でも気になるなら手を打ちましょう。」
「ありがとう。彼女にもっとトラウマを与えてくれる?」
「どんなトラウマを?」
「家族が減ればいいんじゃないかな。」
「信之さん、私の事をよく見てくれますか?」
「はい?」
診察室のテーブルに両手を置いた紺野は、何かを唱え始めた。信之は彼女の方を見た。
「魂縛鎖、体縛鎖、魂縛鎖、体縛鎖⋯。」
「あの、先生?」
目を見開き、紺野は信之の瞳の中から彼の中に“侵入”した。信之は座ったまま無表情になり、固まった。部屋の電気が一瞬点滅する。紺野は右手を上げ、自分の口へと近付けた。またも何か唱える。
「魂縛鎖、体縛鎖、罪縛鎖、魂縛鎖、体縛鎖、罪縛鎖⋯。」
紺野の瞳が真っ黒になっていく。信之の瞳から黒目が消え、白目のような瞳になった。
「お父様。」
「はい。」
「美琴さんは、記憶を思い出さない方が良いです。」
「分かりました。」
「奥様を失って、辛いですね。」
「辛いです。」
「彼女に会いたいですね?」
「会いたいです。」
「では会われた方がよろしいのでは?」
「そうですね。」
「会われますか?」
「そうします。」
「では、明日の朝なんかいかがでしょう。」
「分かりました。明日の朝にします。」
「美琴さんの前で、奥様に会いに行きましょう。」
「美琴の前で会いに行きます。」
「美琴さんの事を驚かせましょう。」
「美琴の事を驚かせます。」
「頑張って下さい。“火”なんかいいかもしれません。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。私のこの手を見て下さい。」
「はい。」
紺野は右手を出した。
「Execute。」
紺野が指を鳴らした。信之の瞳が元に戻った。
「それではお父様、本日はどうもありがとうございました。」
「先生、こちらこそありがとうございました。今後も美琴の事を、よろしくお願い致します。」
「答えて。父に何をしたんですか?」
「トラウマを作り出して貰ったんです。美琴さんへ。」
「私に?」
「そうです。トラウマにはトラウマを重ねる。そうすれば、埋もれていったトラウマは見えてきません。」
「洗脳したのか?」
松下が紺野に詰め寄る。
「洗脳して、殺したのか?彼女達の父親を⋯!」
「殺してません。お願いしただけです。」
「こいつ⋯!」
美怜が我を忘れて紺野に飛び掛かろうとした。美琴は美怜を何とか抑えた。
「嘘だ!嘘だよ!こんな話!この人頭おかしいんだよ!」
「お願いした通りに、信之さんは動いたんですね。」
「ううっうっうううぁあうう⋯⋯!」
美怜がその場に倒れ込んだ。
「お姉ちゃん⋯。」
「何という事を⋯何故、高島俊輔に従うんだ?弟だからか?」
「いいえ。」
「ではどうして?」
「別に。私達は呪術と共に生きてきた。そしてこれからも生きていく。呪いこそが生きる道なのです。」
「だからってここまでするなんて!」
「呪術は身体に変化を引き起こす様々な要因となります。洗脳は呪術の内の1つに過ぎません。呪いに対しての個人差はありますが、信之さんはとっても洗脳が楽でした。」
「紺野先生⋯!」
美琴も怒りを露わにする。
「私にも、ずっと洗脳を?」
「はい。」
「どんな洗脳ですか?」
「長い期間、ゆるく洗脳をかけてきました。人と接する事が苦手になるように。より言葉が出なくなるように。何より⋯事件の事を思い出さないように。」
美琴は涙を流し始めた。
「美琴さん。本当に可哀想に。これまでの事、同情します。」
「あなたは高島幸一郎の事をクズだと言ったな。」
「はい。」
「あなたの方が、よっぽどクズだ。」
「それは無知ですね。あの男がこれまで何をしてきたか。あなたは何も知らない。知ったらきっと、恐怖で腰を抜かしますよ。」
「何をしたって言うんだ?」
「秘密です。」
「答えろ。」
「そろそろいいでしょう。私は帰ります。」
「帰る?帰れると思っているのか?まだ聞きたい事が山程ある。」
「あなた方は、私が何の保険もなしにペラペラと話しをしていると思うんですか?」
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