17話

谷口久は少し変わった人物だった。まさか本当に失踪事件を“神隠し”と言い切るとは。


松下は次なる取材ターゲットの元へと急いだ。今日は運良く、立て続けに取材アポイントを取ること事が出来ていた。


“この失踪事件を追え”と誰かから言われているかのようで、松下は身震いがした。




次の取材対象者はとあるアパートの3階に住んでいた。松下がインターホンを押すと、その人物はすぐに出て来た。


「はい。」


「こんにちは。ご連絡しました松下と申します。」


「岩崎さんからお聞きしてます。お待ちしてました。どうぞ。」


その男性は松下を自宅へと案内した。屋内はとても綺麗に片付けられていた。リビングの奥に案内されると、棚の上に置かれた家族写真が松下の目の中に入ってきた。女性と子供が男性と一緒に写っている。


「ご家族ですか?」


「ええ。今は別居中です。その写真も少し前の物です。」


「これは失礼しました。」


「いえ、良いんです。どうぞこちらへ。」


テレビ前に置かれたテーブルに松下は腰掛けた。


「今、お茶でも淹れますので。」


「お構いなく。」


男性はキッチンへと向かい、急須を用意すると、ポットのお湯を注ぎ始めた。


「もう誰かには会われたんですか?」


「はい。谷口久さんとお会いしました、元校長の。」


「ああ、谷口さんね。変わってたでしょう?」


「いえいえそんな事は。」


「いいんですよ。当時から変わってると皆が言っていましたから。私もその中の1人です。」


松下の前に茶碗が置かれた。


「ありがとうございます。」


「松下さんは、えっと、フリージャーナリストでしたっけ?」


「ええ。」


「今、記事を書いているという事ですか?失踪事件の件について。」


「そうです。」


「何故今更そんな事を?」


「色々思う事がありまして。10年経った今、何か出来ないか考えたんですよ。」


「そうですか。まあ、せいぜい頑張って下さい。」


トゲがある言い方に松下は引っ掛かったが、感情をぐっと堪えた。


「これから録音させて頂いてもよろしいですか?」


「録音ですか⋯。」


「難しいようなら結構ですが。」


「いえ、構いませんよ。大丈夫です。」


松下は録音機器を作動させた。


「それではお名前をお願い致します。」


「葛城聡太と言います。今50歳です。」


「ありがとうございます。葛城さんは今ご職業は?」


「今は教師を辞めて、事務の仕事をしています。」


「教職から離れられたんですね。」


「はい。もう嫌になってしまいました。」


「失踪事件があった当日の事について聞かせて下さい。」


「何が聞きたいですか?」


「では発生時、葛城さんは何をされていましたか?」


「5時間目の授業が終わって、職員室に戻って⋯自分の机に座っていたと思います。」


「葛城さんは当時、生活主任だったと伺っております。」


「そうですね。児童達からは多少怖がられていたと思います。まあそういうポジションですから、仕方ありません。私は6年1組の担任で、その時も次の授業の準備をしていました。で、少しすると職員室が騒がしくなりまして。『生徒達がいない』とか何だとか騒いでいました。」


「気にされなかったんですか?」


「その時はそうです。忙しかったので、あまり気に留めていませんでした。職員室には他にも先生方が沢山おられましたし、対応するだろうと。」


「それからどうなりました?」


「近くにいた他の先生に声を掛けられました。大変みたいですよ、って。それで私も校舎内を探し始めました。驚きましたね。確かにいなかったんですよ、どこを探しても。」


「具体的に何処を探されたか覚えていますか?」


「本当に全部ですね。全ての階層、教室、お手洗い、体育館、校庭⋯全部です全部。」


「で、居なかった訳ですね。4年2組の生徒達は。」


「そうです。」


「何か葛城さんが感じた違和感はありましたか?」


「ないです。急に生徒達が消えてしまった。それだけですよ。」


「谷口さんも仰っていました。まるで“神隠し”だと。」


「谷口さんの言う通りです。神隠しなんて言葉を使ったら『責任問題から逃げるな!』と叩かれてしまうので当時は言えませんでしたが。神隠しですよ、あれは。信じたくはありませんけどね。」


「私はこの失踪事件を“神隠し”と片付けたくはありません。」


「いやいや松下さん、もう10年ですよ。」


「だから何です?」


「まだ子供達が何処かで生きていると思うんですか?」


「少なくともそう思っている親御さんは大勢いらっしゃいます。発言には気を付けて下さい。これは取材ですから。」


「脅しですか?私はもう教員じゃありません。」


「では何故取材を受けたんですか。岩崎さんとも、まだ繋がりがあるじゃないですか。」


「繋がりじゃないです。あの方こそ脅しですよ。協力を拒めば何を言われるか、たまったもんじゃない。」


「どういう事です?」


「あなたが取材すべきは失踪事件じゃない。あの女ですよ。」


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