9話

松下は安田家の郵便受けに自分の名刺を入れると、その場を後にした。


はっきり言って、松下はこの間まで光星小学校で起こった失踪事件の事など気にもしていなかった。そう言えばそんな事件があったなという程度で、特に記事に書いたり、調べたりする気はさらさら無かった。


数日前、知り合いの編集者と話をしている時だった。


『あの事件、少し掘ってみてよ、松下さん。』


と失踪事件について聞かされた。未だに児童27名が発見されていないという点、事件に関して何の情報も無いという点、数日後に事件から10年が経過するという点、そして何より、発見された1人の少女が何も覚えていないという点が松下の興味を引いた。


特に記事にするネタも無く、くすぶっていた松下は、暇つぶしにとこの事件を自分なりに調べる事にした。


松下は〇〇市にある図書館に行き、当時の新聞記事を探った。前例の無い異常な集団失踪事件。児童達が28人も同時に消えるなんて事がありえるのか、当時の新聞も大いに盛り上がり、記事を掲載していた。


松下の目を引いたのは、事件発生から11日後の新聞記事だった。


【光星小学校 児童集団失踪事件に進展。児童1名発見。】


【昨日午前6時30分頃、〇〇市内にある〇〇市立光星小学校の校内にて、1人の児童が彷徨っている所を職員が発見。発見されたのは光星小学校4年2組に在籍する、安田美琴さん(10)。現在行方不明になっている児童らの1人だという事が分かりました。美琴さんは衰弱しているものの、目立った外傷は無く、命に別条は無いという事です。他の児童らについても、警察が総動員態勢で捜索を行っていますが、未だ発見には至っていません。警察は美琴さんの回復状況をみて、本人から詳しく話を聞くとの事です。】


見つかった1人の少女。見つかった、というより帰って来たと言うべきか。この少女に松下は何かを感じた。


何故彼女は帰って来れたのか。しかも、たった1人で。状況から見て、彼女は他の児童達と一緒に居たに違いない。


誘拐?こんな大人数の児童達を校内からどうやって?


集団で失踪?子供達にそんな事が出来るか?


真相は何にせよ、監視カメラには何も記録されておらず、目撃者も誰もいない。


誰にも見られずに、撮られずに、28人が消えた。


あり得ない。不可能だ。


松下は何故この事件に注目してこなかったのか、自分の事を不思議に思った。


【先日発見された光星小学校4年2組に在籍する安田美琴さん(10)。美琴さんには発声障害が見られるとの事ですが、意思疎通は取れるとの事で、警察は事情聴取を行いました。美琴さんは他の児童らと一緒だったという事ですが、それ以外に何も覚えていないと警察に伝えたという事です。美琴さんは事件の影響から、記憶障害を患っている可能性もあるという事で⋯。】


安田美琴は何も覚えていなかった。そんな事が果たしてあり得るのか?松下は失踪事件そのものより、この安田美琴に興味を持った。


もし何かを知っているなら、彼女は話すべきだ。他の児童のためにも、そのご家族のためにも。彼女とそのご家族だけが幸せになってはならない。


松下は彼女に、狙いを定めたのだった。




「大丈夫?」


舞子がリビングのソファに座る美琴に声を掛けた。


「美琴は何も悪くないから。気にしなくていいんだからね?」


「⋯。」


「お母さんの言う通りだよ。美琴は⋯被害者なんだから。」


美琴は俯いたまま動かない。舞子は美琴の横に腰掛け、彼女の手を握った。


「美琴がいるだけで、それだけでいいの。」


美琴は舞子の手を優しく握り返した。その反応に舞子は驚いた。


「⋯み⋯な⋯。」


「何?」


「美琴?」


「⋯みん⋯な⋯。」


「みんな?」


美怜が思わず美琴に近付く。


「みんなが何?」


「⋯⋯。」


美琴は立ち上がると、小走りで2階へと上がって行った。


「お母さん、大丈夫かな美琴。」


「大丈夫よ。初めてのことじゃないわ。きっと大丈夫。」


「でもさ。」


「うん。」


「何か思い出したかな、美琴。」


「どうして?」


「だって、何も覚えてないなんて⋯。声が出せるようになったって事は、少しは良くなったって事でしょ?もしかしたら、何か思い出すかもしれない。もう思い出したかも。」


「だとしてもゆっくり、徐々に聞いていかないと。いきなりは駄目。」


「そうだよね⋯。」


「私だって⋯他のお子さんの事を思わない訳ない。申し訳ないって⋯思わない訳ないわ⋯。」


「⋯お母さん。」




美琴は自室の窓から外を眺めていた。


「みんな⋯一緒⋯みんな⋯一緒⋯。」


美琴はそう呟きながら、ひたすらに外を見つめた。


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