君に触れる、その前に~虐げられた騎士と恋を知らない私~
レクト
第1話 雪の愛
ここは星の光が一つ一つよく見える。
星座には詳しくないけど、こっちにも三角形に見える星座ってあるのね。
「アイ、冷えるだろう」
私の肩にそっと上着がかけられる。少し温い。着ていたものを貸してくれたのね。
「ありがとう、ラーハルト」
「星を見ていたのか?」
「ええ、私の居た国だとあまり見えないから」
ラーハルトが空を見上げる。その横顔に思わず見入ってしまう。
「星が見えない国なんて信じられないな。どこに居ても見えるものだろうに」
「不思議よね、街が明るすぎると見えなくなるんだとか」
「機会があればまた行ってみたいものだ。そろそろ部屋に戻ろう。ここは冷える」
「ええ……」
ラーハルトに連れられて部屋に戻る。一度振り返って夜空を見る。
「あの日もこんな星空だったな」
あの日――、私が日本からこの国――、フェルディナント王国に来た日。
ラーハルトと出会った日。
*
あの日、私は朝からその暑さに辟易していた。
雪野愛、23歳、職業現場監督。
雪野という涼し気な名前も夏の暑さには無力だった。
「あっついなぁ、熱中症警戒って言っても限界がある・・・・・・」
水のペットボトルを首に当てて、ハンディファンを顔に向ける。
生ぬるい風がへばりつくように当たるがそれでさえ心地よく感じた。
「朝からやることが多いなぁ、もう………………」
オフィスビルの建築現場、そこが私の職場。現場監督と言えば聞こえはいいが、やっていることは作業の監視だ。
作業が終わった箇所を確認したり、報告したり。
へルメットに安全靴、上下揃いの作業服。土埃の舞う現場なので化粧もできない。いい加減オフィス仕事に移りたい。冷房が恋しい、切実に。
タブレットを操作して作業の確認をしていると、ふと足元、現場のフェンスの側に花が咲いているのが見えた。
「なんの花だろう。見たことないけど綺麗ねー。こんな場所に咲くんだ」
私はちょっと関心してしまった。雑草根性というやつだろうか。逞しいものだ。手に持った水のペットボトルを見る。まだ買ったばかりで余裕のあるそれの蓋を開けて花にかける。
「お互い頑張りましょうね。今度鉢にでも移してあげるわ」
私も水を一口。よし頑張りましょう。
タブレットで作業が完了した場所の写真を撮り記録していく。
ゴンッ
ひときわ大きな音が現場に響く。頭上からだった。上を向くと大きな鉄骨が迫っているのが見えた。
私が覚えているのはそこまで。
*
ズンっと落ちた感覚。
真っ暗。
何にも見えない。
何が起こったのかしら?
不思議と落ち着いている自分にびっくりだ。
人間突然すぎることが起こると逆に落ち着くのかしらね。
鳥の鳴き声、虫の音が聞こえる。
土と木の香り、風は少し肌寒い。
周りを見る。暗い。足元を見る。暗い。上を見る。
「わぁ……」
星が見えた。夜空が見える。
真っ暗だと思った場所は星の明かりに照らされた場所だった。
「こんなの初めて見た」
私は星の光に圧倒される。アウトドアにハマるのってこういう気分なんだろうな。
感動している私の耳の側を虫の羽音が通り過ぎた。
「ひい!」
そういえば私はどこにいるんだろうか? 森?山?
星が綺麗に見えるような場所というのがさっきまでいた建築現場とは全く異なる場所だということを示していた。
「え? どこ? なんで私こんな場所に!?」
冷静になったのか少し自分が慌ててきたのがわかる。
星の明かりは頼りなく、夜の森を歩くには役に立たない。
この場から動くのは難しかった。
明るくなるまでここにいるしかない。
真っ暗な森の中に一人で。
泣きたくなる。
明間に耐えられずにもう一度屋を見る。
さっきまであんなに綺麗に見えていた品も今は頼りないものに見えた。
「はぁ……」
ため息をついて周りを見る。
するとさっきまでなかった明かりが見える。
地面が明るい場所がある。
私はよろよろと明かりに近づく。
花だ。現場で見たのと同じ花が光っている。
淡い光だけど地面が見える、それだけで安心できた。
「ありがとう、お水のお礼かしら」
私はお礼を言った。別に返事を期待しているわけじゃない。ただ寂しさを紛らわせたかっただけだ。
ただ、少しだけ光が強くなったような気もする。
私は腰を下ろし一息つく。
ようやく自分の姿を見ることができた。
ヘルメットに安全靴、上下揃いの作業着。手に持っていた物はない。
慌てていたからな、落としたかも。あとで明るくなったら探してみよう。
そんなことを考えていると他にも地面が光っている場所があることに気が付いた。
光っている場所があるのではない、光が連なってどこかに向かっている。
正直、夜の森を歩くのは危ない。このままここに居たほうがいい。
ただ今この光に従わないといけない、そう身体を突き動かす何かがあった。
私は花の光を頼りに森を歩く。
1つの花にたどり着くと次の光が見える。
1つ、1つと歩いていく。
いくつの花の明かりを見たかわからない。
最後の花に到着したとき、そこには山小屋があった。
中から明かりが漏れている。
人がいる……。
助けを求めるべきだろうか。
怖い、どんな人がいるのかわからない。
足元の花の光を見る。
私をここまで連れてきてくれた光。
この光を信じてみよう。
私は扉を叩く。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
沈黙が耳に痛い。
もう一度扉を叩く。
「いらっしゃいませんか?」
すると扉が開いた。
背の高い男の人、銀の髪が星の明かりを反射してキラキラと輝いて見える。鋭い目つきが私を貫く。大きな手でドアノブを掴み、腕の筋肉がうっすら見える。
「……こんな場所で何をしている?」
訝しむような低い声で私に語り掛ける。
「すみません、どうやら迷ってしまったようなので助けていただけませんか?」
「森の中を歩いてきたのか? この暗闇の中を」
「いえ、その花の光を頼りに」
私が振り返って花の方を見たがそこはただの暗闇だった。
「花の光?」
「さっきまで光ってたんですけど……」
「おとぎ話みたいだな……、俺に? 馬鹿な」
彼がそんなことを呟いた。
「とりあえず入るといい。朝になったら街まで送ろう」
「ありがとうございます」
彼は扉を開け、私に入るよう促した。
山小屋の中は暖炉の暖かな空気と木の香りがする場所だった。
「俺はラーハルト・グレイモアだ。君の名前は?」
「私は雪野愛といいます。」
「ユキノアイ? 変わった名前だな」
「アイと呼んでください」
「そうか、なら俺もラーハルトと呼んでくれ」
「わかりました。ラーハルト。よろしく」
私は自然と手をラーハルトに差し出した。それが当然のように。私は手の甲に花のような青い模様があるのに気が付いた。
(何かしらこれ?)
私がその模様について考えていると、ラーハルトはその手を見て目を伏せた。
「すまない、俺は君に触れられないんだ」
「え?」
「俺は婚約者を裏切った最低な男だ! そんな俺に君に触れる資格はない!」
暗い森の奥、星が輝く夜空の下、花の光に導かれ、これがラーハルトとの出会い。
手の甲にある花びらの一枚が淡く輝いて消えて行った。
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